act-11
「イヴさんは、逝聖者に会えたら叶えたい願いってありますか?」
若干重たくなった空気を払拭するように明るい口調で問い掛けるアリシアに、イヴは少し考える素振りを見せて首を振った。
「今は思い浮かばないわね。アリシアは何かあるの?」
「……そうですねー」
イヴがアリシアに同じように問い掛けると、アリシアは顎に人差し指を添えながら、んーと唸る。
そんなアリシアの仕草を微笑ましく思いながら、イヴはかつての願いを思い出していた。
* * *
イヴの母は元々体が弱く、イヴを身籠った時に医者から諦めた方が良いと言われたらしい。父も母の身体を心配していたが、母は断固として子供をおろすという選択をしなかった。
「だって折角旦那様との宝物が私のもとに来てくれたのよ。貴方を諦めるなんて出来るはず無いじゃない」
ベッドの上。起き上がるのも困難な母が青白い手で頭を撫でてくれた温もりを、イヴは今でも忘れていない。
「大切な大切な、私の宝物よ。イヴ」
イヴを産んで暫く経った頃、母は倒れた。
イヴが3歳になる頃にはベッドから起き上がることも出来なくなっていた。
が、母はいつもイヴに沢山の話を聞かせてくれた。その中でもイヴが大好きだったのが魔法使いが出てくるお伽噺だった。
「私が魔法使いだったらお母様のご病気をすぐに治せるのに」
「ふふ。有難うイヴ。優しいのね」
「だってお母様が元気になったら、もっとたくさんお話出来るでしょう?」
「そうね。もっと沢山イヴとお話出来るわね」
だから、元気にならないとね。
そう力弱く笑った母。あの時は瞳の奥にある悲しみに気付くことが出来なかった。だって、治ると信じていたから。
だって、逝聖者が自身のもとに来て、母を治してくれると信じていたから。
* * *
「私の願いは、好きな人と結婚することです」
遠い昔に意識を飛ばしていると、目の前のアリシアが「あ!」と声を上げた後、恥ずかしそうに自分の願いを口にした。
「好きな人と結婚」
「はい。下級伯爵の娘である私は、卒業後、父の決めた相手と結婚するのだと思います。幼い頃から言われている事ですし仕方がないとは思っていますが、やはり、好きな人と結婚するのは夢ですね」
政略結婚が当たり前の世の中。
貴族に生まれたからには家のために結婚をする。そう幼い頃から教えられ育てられる。
その事を仕方がないと割りきることは出来ても、小さな願いを捨てることは出来ない。
「そうね。好きな相手と添い遂げられるなんて、とても幸せなことだものね」
決められた相手と好き同士になることもある。
でも、そうじゃない場合の方が圧倒的に多いのが現実だ。
「はい。まあでも、無理なのは分かってますけどね」
アリシアの願いは、どんな代償を払えば叶えられるのだろう。