act-10
「ねえ、イヴさん。逝聖者を見たことはある?」
お昼の時間。沢山の生徒が詰め掛ける食堂の奥、2人用のテーブルでそれぞれのランチを食べていると、アリシアはヒレ肉を優雅に切り分けながらイヴにそう問いかけてきた。
「……急にどうしたの?」
「いえ。あるかなと思いまして」
「ない、けれど。アリシアはあるの?」
イヴは少しの焦りを悟られないように、白身魚を小さく切って口に運ぶ。
思い出すのは数日前。
月明かりの中、シトシトと雪が降る静かな夜の出来事。
「私は無いですが、先日、隣のクラスの方がお会いしたと騒いでらしたので」
「……っ」
確かにイヴが彼らに会ってから少し経った後にも逝聖者が現れる条件が整った夜があった。
「その人は、願いを叶えて貰ったの?」
「ああ。騒いでらしたのはご友人で。そのお会いした方は今入院中で良く分からないのです」
「入院?」
彼らは願いを叶えるかわりに大事なものを貰うと言っていた。
願いの重さに比例していると言うその大事なもの。入院は願いを叶えた代償と言うことなのだろう。
「騒いでいたご友人いわく、その願いを叶えて貰った方、利き手の親指が使えなくなった、と」
アリシアの話によると入院したのはニック・アルフォード。
アルフォード家の嫡男である。
アルフォード家は代々王騎士を輩出している名家だ。
王騎士とは、王族の住まう王城、そして王都、隣国と接している都市や要所を守る騎士団のことであり、アルフォード家現当主は王騎士団の騎士長をしている。
「親指が使えないと剣は握れないわね」
ニック・アルフォードと言えば学園内では右に出る者は居ないほどに剣術と体術に秀でていたはずだ。毎年年度始めに行われるテストでは2年連続で剣術・体術部門で1位だったと記憶している。
「……ええ。騎士団でも将来有望と期待されていたと聞いていますが、今回のことで騎士団は諦めるしか無いとか」
親の七光りと言われがちな貴族社会の中で、自身の力で認められるのは難しい。そんな難しいことを彼はやっていた。
しかし、逝聖者に願いを叶えて貰ったが故に、その努力が水の泡となった。
(自分の1番大切なものを犠牲に)
ニック・アルフォードにとって、剣を握ることが1番大切なことだったのだろう。
だから彼らはそれを貰った。
(ニック・アルフォードがそれほどに叶えたかった願いとは何だったのかしら)
それはきっと、イヴには理解出来ないことのような気がした。