続、アルマーレの魔女
土曜の夜
その日私はアルマーレというクラブにいた。
肩からずれたショールを羽織りなおし、
黒いドレスを身にまとって狭いカウンターの下で足を組み直すと
バーテンダーの作った岩塩入りのカクテルを飲み干す。
手元にはビロードの台座に鎮座した手のひらサイズの水晶がある。
私は占い師、人は私を「アルマーレの魔女」と呼ぶ。
「魔子さーん。また来てますよ。彼女」
「彼女って?」
「三番ボックスの彼女」
「ええ、知ってるわ」
眉根にしわが寄った。
彼女は私が一年前に助言を与えた女。
「やーね。ほんと鼻もちならない」
言われた方に顏を向けると、彼女はホスト系の男性数人と
機嫌よくドンペリを飲んでいる。
男達にかしずかれ、まるで女王のような振る舞いだ。
「一年前とはえらい違い」
「そうね。彼女には助言を与えるべきじゃなかったわ」
「あら、そんなこと言うなんて魔子さんらしくないですね」
「……ええ、後悔してるの」
一年前、出会った彼女は男に振られ人生に絶望していた。
請われて占いをし、たった一言『旅行に行きなさい』と助言した。
彼女は旅先で一人の青年と出会い結婚した。
しかし希代の浪費家だった。
カードでローンを組んで高級な服や宝石を買いあさり
連日、ホスト遊びに興じるという。
真面目で実直な彼は、彼女と出会ってからどんどんと不幸になっていく。
「私の占いで不幸な人間を作ってしまった。落とし前はつけなければね」
私はそう呟くと見入っていた水晶から目を放し、彼女のボックスに行った。
「あらっ、魔子さんごきげんよう。見てちょうだい。
あなたのおかげでこんなに楽しく人生を過ごしているのよ」
下品に笑う彼女。
「そのようね。でも遊びに使うそのお金はすべて旦那様のものでしょう?」
「そうよ」
「少しは旦那様に献身的に仕えようという気にはならないの?」
「ふふ、つまらない人よ。真面目だけが取り柄の。彼、私にぞっこんなの。
私に貢ぐのがちょうどお似合いなのよ」
「……そう……ならないのね」
私はため息をつくとスッと彼女の横に座った。
そして彼女の耳朶に呪詛の言葉をささやいた。
「えっ、なに、何なのよ。しっちょう?失調って栄養失調ですか?
あはは、おっかしー。私に意見するなんて百年早いわよ」
「後悔なさい。その意味に気づいた時にはもう遅いけどね」
それだけ言うと元のカウンター席に戻った。
数か月後、閉店前のアルマーレから出てきた所で彼女に出会った。
「あっ、魔子さん。魔子さんよね。私に助言を頂戴。お願いよ。
今度こそ、私、幸せになりたいの。お願いだから。魔子さん」
「あらっ、お久しぶり。私が意見するのは百年はやかったのではないの?」
押しのけて先に進もうとすると再び彼女が追いすがってきた。
「魔子さん、お願いだから」
隣に立っていたバーテンダーが追いすがっていた彼女を引きはがした。
あれから、程なく彼女は旦那様に離婚された。
カードで作った借金は六百万をこえ、自己破産の申請をしたらしい。
「アーア、魔子さんの言葉を無視するから。魔子さん。あの日何って言ったんですか?」
「失寵。寵愛を失うっていう意味よ。私が言わなくてもいずれそうなったんでしょうけど」
あの日、囁いたあの言葉は確実に具現化するための呪詛。
文字通り彼女は旦那様の寵愛を失った。
私は魔子。
人は私を「アルマーレの魔女」と呼ぶ。