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一色創の場合 下

「それで、結局阿久津優也はいったいどうなったんだい?」



あの茶番劇から二週間ほどたったある日の昼休み。

僕の幼馴染にして唯一の親友、神崎理人は缶コーヒーを飲みながら僕にそう尋ねてきた。


数週間前、御崎翔子の浮気写真を僕の下へと送ってきたのが、この神崎理人である。


理人には件の茶番劇の顛末や、御崎翔子の事情など諸々について教えてある。そして今は、つい先日突如として転校していった阿久津優也について興味があるようだ。



「詳しくは知らないよ。ただ、阿久津優也は東北の田舎町まで飛ばされて、暫くは自由に行動したりはできないんじゃないかな。なんでも、彼を預かってくれた方の実家が農家らしくて、農作業の手伝いをさせられるらしいよ。結構厳しい方らしくて、阿久津優也のしでかしたことも知ってるから、彼にとってはいい薬になるんじゃないかな」


「…いや君、すごい詳しいじゃないか」



呆れたような顔でこちらを見る神崎理人。

でも、最低限これくらいのことを知ってるのは当然じゃないか。だって阿久津優也が逆恨みから僕や御崎翔子のところに復讐に来ても困るし、彼の現状をある程度把握しておくのは、当たり前の対応だよ。


神崎理人は「ま、昔から君はそういう奴だったな」と、欠伸をしながら話を続けた。



「そういえば、阿久津優也が急に転校していったワケについて、いろいろと噂が出回っているよ」


「へぇ、例えば?」


「親の借金、女がらみ、犯罪に加担したとか。だいたいがロクなものじゃないね。阿久津優也がそれだけ他の男子から恨みを買っていた、というのもあるが、どうやら彼と最後に会った取り巻きの一人があることないこと吹聴して回っているみたいだ…まぁ、ある意味真実に近いものも含まれているのが笑えないけどね」


「そうなんだ、あっはっは」


「…君、そこは笑いどころでもなんでもないよ」



神崎理人はこういった噂話などを聞き集めることが趣味であり、僕も彼の話はとても重宝している。

主に御崎翔子の話とか、妹にぞっこんだったという阿久津優也の話とか。


暫く神崎理人と談笑をしていると、ふとその後ろで友達に囲まれている御崎翔子の姿が目に入った。


なんとなく気になって彼女の方に耳を傾ける。神崎理人もそれを察してくれたのか、話を止め、欠伸をすると、再びコーヒーを飲み始めた。



「ねぇねぇ、神崎さんは阿久津くんの転校のこと、どう思う?」


「えぇ、私?んー、別に阿久津くんとはそれほど親しくなかったから、私には分からないわ」


「そうなの?なんか一時期御崎さんと阿久津くんが付き合ているって噂が流れてたことがあったけど」


「ふふっ、噂は噂。たまたま町で会って話していたところを見られてただけよ。それに、私には、その…」


「あ、そうだね…御崎さんには一色がいるもんね。しかも御崎さんから告白したって公言するほどラブいもんねぇ」


「ちょっ、やめてよもう。恥ずかしいじゃない…」


「照れてる御崎さん超可愛い~!でも御崎さん、一色のどこがいいの?」


「そうねぇ、私のことをちゃんと見てくれているところかしら私がちょっと元気がなかったらすぐに気付いて気遣ってくれるし私が嬉しいことがあったときは一緒に笑ってくれるのよあと私が一緒にいたいなと思った時にはデートに誘ってくれるしとにかく私の表情一つで私の心まで察してくれるところが心から私のことを理解しようとしてくれているみたいで凄く愛されてるんだなって感じるわ他には私の」


「み、御崎さん?」


「……こほん、まぁ、その、要するに私と彼は順調に交際を続けさせてもらっているわ」


「う、羨ましいなぁ、一色。こんなに御崎さんに愛されてるなんて」



終盤、話を聞いている友達が若干引き気味ではあったけど、御崎翔子は特に周囲からの評判を落とすことなく生活を続けられているようだ。


阿久津優也と共に計画していた茶番のための下準備として自分たちで流していた噂も、結局は本来発揮するはずだった意味をなさず、本当にただの噂話となってしまったようだ。


…と、そんな風に考え事をしていた僕のことを、神崎理人がじっと見つめていた。


そして、先ほどよりも声のトーンを抑えて僕に話しかけてきた。



「君、あれから御崎翔子とは上手くやっているのかい?」


「それはまぁ、さっき翔子が言ってた通りさ。上手くやってるよ」


「人とのコミュニケーションに一切興味のない君が、他人のことを名前で呼ぶ日が来るなんて思わなかったよ。初めて聞いた時は驚いたね」



失礼な。

別に僕は人とのコミュニケーションに興味がないわけじゃない。

ただ、名前で呼び合うとかそんな気楽な関係を築く気が微塵もないだけなのに。


僕にとって、自分は自分。他人は他人。それ以上でもそれ以下でもない。

御崎翔子には興味があったが、名前で呼び合う仲になる必要性を感じていなかっただけだ。


けど…、



「あの時の翔子、めちゃくちゃ怖い顔してたんだ。それこそ簡単に人を刺し殺しそうなくらいに、ね。ほんとクレイジーだったよ。しょうがないからとっさに合わせただけさ」



あの時、「翔子って、呼んで?」と言った時の翔子の顔は、瞳には。僕でさえ恐怖を抱くくらいの狂気が感じられた。


そんな翔子の威圧に負けて、つい合わせてしまったのだ。

まぁ、それで翔子の狂ったような微笑みを拝むことができたからいいんだけどさ。



「君がそこまで言うなんて、御崎翔子という人間もよっぽどだね。あとクレイジーさでいえば君も十分イかれてるからね、本当。まだ、盗撮も続けているのかい?」


「僕はイかれているけどそんな自分でいいと思っているから問題ないよ。それについては今も続けているんだけどさ…」


「まだ、続けてるんだ。はぁ、君にカメラのことを教えたのは自分の人生最大の失敗だったと後悔しているよ」


「いやいや、カメラのことを教えてくれたのは感謝してるよ!おかげで僕の世界は大きく開けたわけだし。神崎理人にはいつもいろいろと教えてもらってるから、本当に助かってるよ」


「…自分は君の中にある開けてはいけないパンドラの箱を開けてしまった気分だよ」


「でもね、僕にも最近ちょっとした悩みがあるんだ」


「君が悩むなんて珍しい。何かあったら自力で解決、がモットーの君に悩みなんて」


「そんなモットー、僕も初めて聞いたよ…あのね、見てもらったら早いと思うんだけど…」



そういいながらスマートフォンのカメラを起動する。

そしてスマートフォンを弄るふりをしながら御崎翔子のほうへ視点を合わせると、



「……!…♡」



彼女は瞬時に僕の行為に気づき、あまつさえ僕だけに分かるように目線を送ってきた。


神崎理人もそれを理解したようで、御崎翔子に呆れていた。



「…なるほど。彼女もたいがい、おかしな子だと実感したよ。要するに、君がカメラを向けたらすぐに勘付く、ということを言いたいんだろう?」


「そうなんだ。一人でいる彼女隠れて撮ろうとした瞬間に、彼女は僕に気づくんだ。寝ている時でさえ一瞬で目を覚ますんだよ。そしてカメラに目線を向けてくる…僕のことを見てくれる写真は前よりも多く撮れるようになったけど、代わりに彼女の無防備な姿はなかなか撮れなくなっちゃってね。それが最近の僕の悩みさ」


「…やはり君もたいがいだよ。本当は隠し撮りを止めろ、と言いたいけど言ったところで君は聞かないだろうからね。それに、御崎翔子も分かっていて止めようとしないならある意味合意の上、ということになる、のかな?君の悩みについて真面目に考えていると頭が痛くなりそうだから遠慮させてもらうけど、一つだけ言わせてもらうなら、諦めたほうがいいんじゃないかい?寝てても目覚めるなんて、もう人間の感性を超越しているとしか思えないよ」



むー。やはり神崎理人に相談してもダメだったか。

茶番劇が起こる前に撮りためた彼女の姿は…たった一万枚程度しかないけど、それで我慢するしかないのかな。


神崎理人は大きな欠伸を一つ漏らした。



「そういえば、今日はよく欠伸をするね。コーヒーも飲んでるし…もしかして寝不足?」


「ん?あぁ、見苦しくて済まない。実はその通りなんだ。最近寝つきが悪くてね。ストレスなのかなんなのか…とにかく眠れないんだ」


「へぇ、何かストレスが溜まることでもあったの?」


「まぁ、色々とね。それにしても、昼間にこんなにも眠くなるなら睡眠導入剤の使用も検討するべきなのかな」


「睡眠導入剤…ね」



そう言って、彼はまた一つ欠伸を漏らす。


神崎理人も大変だ。

まぁ彼は繊細な性格をしているし、ストレスも貯まりやすいのだろう。


それにしても、神崎理人にはいつも沢山のことを教えてもらっているな。

労いの意味もかねて、今度、何か奢ってあげようかな。






それからさらに数日後の放課後。

僕は翔子と共に学校からの帰路についていた。


翔子は僕の腕にべったりと身体を寄せ、ニコニコしながら隣を歩いている。


これはこれで悪くないものだ。

言い方は悪いが、あの、学校一の美人である、皆の憧れの対象である御崎翔子を侍らせているのだ。気分はいいに決まっている。


ただ、やはり何か物足りない。


そんな気持ちも、確かに僕の心を巣食っていた。



僕らは帰る途中、いつか阿久津優也と翔子が密会を交わしていた公園に立ち寄っていた。



「ねぇ、翔子。今日は翔子のご両親が仕事で帰りが遅いんだよね」


「そうだけど、私、はじめにそんなこと教えたかしら?」


「それぐらい、教えられなくても把握してるに決まってるだろ」


「はじめ…素敵!」



そういって翔子は恍惚の表情で僕に抱き着いてくる。


おっと、話が脱線してしまった。本題に戻そう。



「それでさ、翔子。今日は翔子の家にお邪魔してもいいかな?」



そう伝えると、翔子は僕に抱き着いたままフリーズした。


そして暫くすると僕のもとから飛び退き、顔を真っ赤にしながら慌て始めた。可愛い。



「な、待っ、え、は、はじめが?今から?私の家に?」


「そうだよ。ダメ、かな?」


「ダメなわけがないわ!私のすべてはあなたのものだもの!…で、でも、私の心の準備がまだ、その…だって私たち、まだキスすらしてないのに、そんな、その…」



狼狽える翔子の表情を眺めているのも至福の一時ではあるが、このままだと話が進まない。


どうしたものかと考えていると、ふと、一つのアイデアが浮かんだ。



「翔子」



彼女の名前を呼び、彼女の肩に手を置き引き寄せる。

そして未だにあわあわしている翔子の顎を上げさせ、



「は、はじめ?……っん!?」



そのまま翔子の唇を奪った。


さっきキスもまだ…とか言っていたし、キスをすれば家にあげてくれるのではないか、と考えたのだ。


翔子は驚いて目を見開いていたが、やがて目を閉じ、僕に身体を預けながらキスにのめり込んでいった。


ちなみに僕はばっちり目を見開いている。

あぁ、キス顔の翔子、最高に魅力的だ。



一分ほどのキスの後、唇を離した。

そして、ぼーっと自分の唇をなぞっている翔子の耳元で語り掛けた。



「ねぇ、翔子。今から君の家に行っても、いいよね?」


「………はい」



熱に浮かされたかのように生返事をする翔子の肩を抱き、僕らは翔子の家へと向かった。


真っ赤になっている翔子の横で、僕はこみ上げる笑みを隠せなかった。






今日、僕のカバンの中には愛用のカメラと、白色の紙袋が入っていた。


――紙袋の表面には、『睡眠導入剤』の文字が刻まれていた。


これにて本編は終了です。

最後に蛇足のエピローグを投稿させていただいて、この物語の完結とさせていただきます。

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