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一色創の場合 中

「ひっ……!」



手に取った写真を放り、恐怖に染まった顔を晒しながら御崎翔子は尻もちをついた。

隣にいる阿久津優也は未だ硬直したまま…情けない男だな。


それにしても…あぁ、怯えたような目でこちらを見る御崎翔子の顔もまた、美しい。

僕はもう、今まで我慢していた笑いをこらえることができなかった。

今日は今まで見たことのない御崎翔子の新しい顔を、こんなにもたくさん見ることができたのだ。笑いをこらえろというほうが、無理な話だ。


こんなに新しい収穫があるのなら、こんな茶番に付き合ってあげたかいもあったってものだ。



「な、なん、なんなの、この写真、は…?」



ガクガクと肩を震わせながら、上手く回らない呂律で、それでも僕に話しかけてくる御崎翔子。

怯える彼女の姿も素敵だけど、これだと話がなかなか進まないな。

僕は彼女を怖がらせないよう、精いっぱいの笑顔を向けながら、



「何って、それは君が部屋でくつろいでる様子を隠し撮りした写真だよ。たしか…それはちょうど二週間前の22時ごろに、君の家の向かいから撮ったものかな?」



と、懇切丁寧に説明してあげた。

…あれ?余計に怖がってしまったみたいだ。だらしなく口を開いたまま、目はこれでもかというほど見開いている。素敵だ。


そこで彼女は、ふと気づいたように僕の足元に散らばる写真に目を向ける。

今日持ってきた写真は僕のコレクションのほんの一部でしかないけれど、彼女は喜んでくれるだろうか?


それは、朝、欠伸を噛み殺しながら登校している御崎翔子。

それは、自室で机に向かい、勉強をしている御崎翔子。

それは、休日に書店で買い物をしている御崎翔子。

それは、リビングでだらしない恰好をしながらテレビを見ている御崎翔子。

それは、ベッドの上ですやすやと眠る御崎翔子。

それは、



「もうやめて!!」



頭を抱えながら、羞恥と、恐怖が入り混じった表情で叫ぶ御崎翔子。

せっかく一枚一枚解説してあげていたのに、何が気に食わなかったのだろうか。

彼女はさらに続ける。



「もうやめて、やめてよ!あ、あなたおかしいわよ!それ、全部全部全部、私の盗撮写真なんでしょ?どうして私を、自分の彼女のことをストーキングしてるのよ?あなたはなにがしたいの?なにをしているの?」



興奮しているのか、早口でまくし立てるように問いかける御崎翔子。

けど、おかしな話だ。僕が何をしたいのかなんて。

そんなのちょっと考えればすぐわかることじゃないか。



「決まっているよ、君を、御崎翔子を愛しているからさ」

「愛しているから、君のすべてを愛しているからこそ、君のすべてが知りたいだけ」

「自分の好きな、愛している相手のことを知りたいと思うのは、当然のことだろ?」

「君が普段何をして過ごしているのか、君が僕と一緒にいないときにどんなことをしているのか、君が一人でいるときはどんな表情をしているのか、君がどんな寝顔をしているのか」

「君のすべてが知りたいんだ。学校にいる間の、僕と一緒にいる間の君だけじゃない、24時間365日どの瞬間に生きる君のことも見逃したくないんだ」

「君のすべてを愛しているんだ。君の顔も、君の髪も、君の身体も、君の性格も、君の愛想笑いも、君の発する言葉も、君のその薄汚い本性も、君のつまらなさも、君の歪みも、愛しいているんだ。」



御崎翔子は未だ立ち上がらず、肩を震わせ、俯いたまま僕の話を聞いている。

阿久津優也は相変わらずぼさっと突っ立ったまま、「狂ってる」と、戯言のように繰り返していた。自慢のイケメン面が泣いているよ、まったく。


刹那の沈黙ののち、御崎翔子は再び口を開いた。



「…私たちの計画のことも、知っていたの?」



計画?…あぁ、この茶番劇のことか。



「もちろん。僕と付き合った後の君のことは、全て知っているよ」



そう言いながら、制服のポケットから新たに取り出した写真を彼女に投げ渡す。

そこに映っているのは僕と彼女が付き合った日の、夕方の光景。

阿久津優也と二人で談笑をしている御崎翔子の姿だった。



「あのときはちょっとだけショックを受けたかな。あの日、僕は帰りに別れた君を追って、つけていたんだ。もちろん、付き合ったばかりの彼女のことをもっと知るためさ。そうしたらそこの阿久津優也と密会しているんだもの。それも、僕のことは遊びですらない、ゲームの駒くらいにしか見ていないっていうじゃないか。流石の僕も、少しだけ傷ついたよ」



一息。



「でもさ、すぐに気づいたんだ…そんな些細なこと、僕には関係ない、どうでもいいことだったんだ。君に裏切られていたところで、僕には何の問題もないんだってね」



さらに一息。



「だって、僕が御崎翔子を愛していることに変わりはないんだから。君がたとえ僕のことを愛していなかろうと、謀ろうとしていようと、浮気をしていようと、嫌っていようと同じことだ。僕から君への愛は揺らがない。僕が君を、御崎翔子を愛することになんの支障もきたさないのだから」



僕は二か月間ずっと秘めていた彼女への愛を叫ぶ。

本当は、こんなことを言うつもりなんてなかった。

彼女と今まで通り付き合っていけるのなら、別に彼女にこの気持ちを伝える必要はなかった。


だって分かっている。僕の愛はきっと歪んでいる。

一方通行で、自分勝手で、狂信的で、ズレていて、重く、粘着質な、そんな愛だ。

世間一般的なカップルがお互いに対して抱くそれとは、絶対的に乖離している。

僕自身はそんな身勝手な愛の形を肯定しているけれど、別に彼女にそれを押し付けたいわけではない。

今まで通り、僕が勝手に彼女のことを追いかけ続けることができるのならば、それでよかったんだ。


でも、彼女は元々こんな茶番劇をする予定で僕と付き合い始めたのだから、きっとどんな道筋を通ったところで僕の気持ちは彼女に露見していたんだろうな。



御崎翔子は、未だ立ち上がらない。

自らの肩を抱き、息を荒げ、決して顔を上げない。

一方、今までだんまりを決め込んでいた阿久津優也が久しぶりに口を開いた。



「お前、頭おかしいんじゃねぇの?」



阿久津優也は僕のことを、まるで異常者を見るような目で睨む。



「お前の言ってることなんか全然わかんねぇよ!意味わかんねぇんだよ!なんだよそれ、そんなのただのストーカーじゃねぇかよ!彼女が浮気してても構わねぇだ?ふざけんじゃねぇよ!そんなの愛でもなんでもねぇ、ただの自己満足じゃねぇかよ!」


「阿久津優也。君は僕の恋心を弄ぼうとしていた分際で、よくもまぁそんなことが言えたもんだね」


「うるせぇよ!とにかく、お前の言ってるそれは愛なんかじゃねぇ、愛ってのはお互いが好き合って初めて生まれるもんだろうが!きめぇんだよ、このキモストーカー野郎!!」



…再三になるが、こいつはいったいどの口で愛を語っているのだろうか。寒気がしてくる。

きっと彼は、愛というものに彼なりのこだわりを持っているのだろう。流石の兄妹愛だ。

それにしても自らの行いを棚に上げた上でこの言いよう。彼も相当歪んだ人間みたいだ。

知ってたけど。



「お前のそのキモい行動も言動も、全部学校中の人間にバラしてやる!この犯罪者め、もう二度と学校に来れなくさせてやるよ!ぎゃははははは!!」



果たして、これが本当にイケメンハイスペックの人気ナンバーワン男子なのだろうか?

台詞から溢れんばかりの小者臭がひどすぎる。

彼の取り巻きの女子がこんな阿久津優也の姿を見たら、いったいどう思うのだろう。


それに、彼は一つ間違えている。いや、僕の言い方の問題かな。



「あぁ、僕の言い方が悪かったから誤解させてしまったようだね。訂正するよ。僕は御崎翔子のすべてを愛しているといったけれど、たった一つだけ、特に必要ないものがあるんだ」

「それは、御崎翔子の心だ」

「僕は御崎翔子の心は要らない。そんなものあろうがなかろうが、僕から彼女への愛は確かにそこにあるんだから。だから、好き合ってなくたってそこに愛は生じるものなんだよ?」



丁寧に間違いを指摘してあげたのにも関わらず、阿久津優也は歯ぎしりをしながら僕のことをよりいっそう睨みつける。

が、やがて諦めたように、呆れたようにため息を一つつくと、御崎翔子の腕を引こうとした。



「お前、やっぱり話の通じない狂人だよ。お前と話してるとこっちまで頭がおかしくなりそうだ…行こうぜ、翔子」



しかし、彼女は阿久津優也の手を振り払い、自らの意思立ち上がった。



「翔子?」



彼の呼びかけに対しても、御崎翔子は答えない。

そこで彼女は、ようやく立ち上がり、伏せていた顔を上げた。


そこに浮ぶ表情を一言で表すならば、狂気。

彼女がいつも友達や僕に向けていた愛想笑いとは違う、見たことのない満面の笑顔。

目は血走り、口はこれでもかというほどに大きく開き、額には大量の汗が伝う。

到底学校一の美少女とは思えないような、そんな狂気を孕んだ笑顔だった。

そんな彼女を見た阿久津優也はドン引きといった表情であったが、僕は狂気的な彼女の笑顔も素敵だと、そう感じた。



「一色君、いや、創」



御崎翔子は胸の前で手を組むと、静かに僕に話し始める。



「……好き、好き、あなたが、あなたのことが好き」



言葉を発しながら、彼女は僕のもとへと近づいてくる。



「あぁぁ、創、創、創はじめはじめはじめはじめ!!好き、好きなの、あなたのことが大好きなの!愛してるの!」



徐々に声量を増していく言葉を発する毎に、その笑顔は、徐々に徐々に狂気を増していく。



「あなたを騙してしまってごめんなさい、あなたを謀ってしまってごめんなさい、あなたの愛に気が付かなくてごめんなさい。あなたはこんなにも醜い、こんなにも最低な、こんなにも無価値な私のすべてを愛してくれていたのに!!」

「私が間違ってたの、私がおかしかったの、私が馬鹿だったの!」

「やっと気づけたの、こんな私を愛してくれるあなたがいたことに!!愚かな私を許して、下種の私があなたを好きになることを許して!!!」

「好き好きすき好き好き好きすきすき好きすき好キスキスキスキスキ愛してる愛してる愛してる愛しテルアイシテルアイシテルアイシテルアイシテル!!!」



もはやここに、学校一の美少女御崎翔子はいなかった。

ここにあるのは、狂ったように愛の言葉を吐き出し続ける、醜くも美しい、そんな一人の女の姿だった。



「お、おい翔子!お前、どうしちゃったんだよ!?」


僕の眼前に迫った御崎翔子を止めようと、我に返った阿久津優也が彼女の肩に手をかける。

しかし、



「触ルナ!!!!!」



彼女はそんな阿久津優也を、思い切り突き飛ばした。

何が起こったのか分からないというような顔をしながら、阿久津優也は勢いよく吹き飛び、倒れた。

そんな彼には一切の興味も示さないまま、御崎翔子は僕の首に手をまわし、ぴったりと抱き着いてきた。



「はじめ、私をはじめの、はじめだけの女にして。はじめの本当の彼女にして。私のすべてをはじめのものにして。」

「はじめが私の心は要らないというのなら、私の心以外のすべてを捧げるわ」

「私には、はじめを想うこの心だけあればいいから」



それは狭愛の目覚め。


御崎翔子は、元々歪んだ人間だった。

この二ヶ月ずっと彼女を見続けてきた僕は、そんなことはとっくに理解していた。

その歪みが、僕から彼女への愛に感化され、狂信的な愛へと変化したのだろう。

今の彼女は、僕が彼女へと向ける愛情と同じくらい、いや、元来歪んでいた分、僕以上に僕への愛情を膨らませているのではないだろうか。


とにかく、今は彼女の愛に応えよう。



「御崎翔子。君は――」


「そんな堅苦しい呼び方はいや!翔子って、呼んで?」


「――翔子、君は一つ思い違いをしているよ。二か月前から翔子は僕だけのものだし、今も、これからもそれは変わることはないよ」


「っはじめぇ!!」



さらに身体を密着させ、強く抱擁をしてくる翔子。

そんな僕らの光景を、面白い顔をしながら見つめる阿久津優也が目に入った。



「…狂ってる、お前ら狂ってやがるよ!きもちわりぃよお前ら!!」



僕らのことを見るその目に浮かんでいるのは恐怖のようだ。

彼は腰が抜けたようで、無様にも数度倒れながらもなんとか立ち上がり、屋上から逃げ出そうとする。

恐らく、腹いせに僕らのことを学校中で言いふらす気なのだろう。

僕自身は別に構わないのだが、学校の人気者、学校一の美少女であるという翔子の評価が崩れてしまうのは困る。

なんといったって、僕は翔子につけられたそんな評価さえも愛しているからだ。


僕は未だ抱き着いたまま離れない翔子はそのままにカバンから一つのボイスレコーダーを取り出し、阿久津優也にも聞こえるように再生ボタンを押した。



『――お、お兄ちゃん―――お願い、も――やめて――』


『う――さい。とっとと服を脱――』


『いや――あ、――んっ――――』



ところどころ聞き取りづらい部分はあるものの、はっきりと何が起こっていたのかを捉えた音声が、静寂に包まれた屋上に響く。


阿久津優也は、それはそれは青ざめたその顔を、ギギギと音が鳴りそうなほどゆっくりとこちらに向けた。



「お、前、それ、それは、なん、なん、で――」


「あー、なんか翔子に付きまとってる男を調べてるうちに偶然手に入っちゃたんだよねぇ、この音声データ。これが録音されていた時、実際にはいったいどんなやり取りがあったんだろうね?」


「な、そ、盗聴――」


「そういえば、君はさっき愛についてどや顔で語っていたよね。愛はお互いに好き合って初めて生まれるだとかなんとか。もしかして、あれだけ得意げに語ってたくせに自分は歪んだ愛情を妹に押し付けていたとか、そういうことなのかな?」


「――――」


「ねぇ、ゆうやお・に・い・ちゃ・ん?」



ぺたりと、力なくその場に崩れ落ちる阿久津優也と、そんな彼を心底気持ち悪いという表情で見下ろす翔子。



こうしてくだらない茶番劇は、僕にとってのハッピーエンドで幕を閉じることとなったのだった。


ご閲覧、ありがとうございます。

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