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第七九話 安土の大盤振舞い

 ◆天文十六年(一五四七年)十月下旬 近江国 安土城


 今回の近江・伊勢平定戦に参加した将兵が引き上げてきた安土城では、一兵卒に至るまでが酒や温かい食事、そしてお約束のぜんざいの食べ放題でもてなされた。まさに大盤振る舞いともあって賑やかな(うたげ)がそこかしこで繰り広げられている。


 さすがに湯殿の振る舞いはスペースや燃料の制約もあって、侍大将以上の将に限られてはいた。だが戦場での疲労を癒せたうえに、気温がかなり冷え込んでいたこともあって入浴した諸将には大好評。きっと上級武士を中心に湯殿が流行するのが、ほぼ確定的なはずだ。


 振る舞いの費用はもちろん莫大なものである。だが諸国から出陣した織田勢四二〇〇〇に加えて、朝倉の援軍一二〇〇〇の合計五六〇〇〇名に対する戦勝祝いの振る舞いは、後に『安土の大盤振る舞い』と呼ばれることになる。建築途中の安土城の石垣の壮大さとあわせて、織田家の財力や武力を誇示するのに大きく役立つことだろう。


 我が尾張勢は謀略が主の攻城戦となったため、武勲にはさほど恵まれなかった。だが宗滴爺ちゃんが率いた朝倉勢は、二条城から出陣した森可成の軍勢と共同して、敵の援軍を挟撃して大戦果をあげる。主だった首級(しゅきゅう)は、元管領の細川晴元・同じく元管領の細川氏綱、三好一族の三好政康・岩成友通(いわなりともみち)である。


 また蝮爺ちゃんなど美濃勢と信パパの軍勢によって、挟撃される形となった伊勢方面からの敵援軍との野戦も大勝だった。美濃勢に撃破された後に、本拠地の伊勢へと退却しようとした敵軍の北畠勢を信パパが攻撃した結果、北畠(きたばたけ)晴具(はるとも)具教(とものり)親子の首級をあげる大金星。こちらも年寄りパワーを見せつけた合戦となった。

 信長ちゃんも「朝倉の爺の武功は比類なし。さすが父上である」などと、手放しの賞賛で大好きな爺ちゃん達の活躍にすこぶる上機嫌である。


 宴会では上に立つ者は早々にいなくなった方が盛り上がるはず。おれと信長ちゃんはそれぞれ適当な頃合で切り上げる。

「さこんもともにぽかぽかしようぞ」

「ええ。もちろん」

 二人ともそれぞれ湯殿で身体を温めさっぱりした後は、気の利く長秀の計らいで既に二の丸屋敷に設置されているこたつに直行だ。信長ちゃんの誘いに応じて久しぶりのぽかぽかライフだ。


「やはり寒い時期のぽかぽかは魔物じゃ。もはや動けぬ」

 信長ちゃんも重たい鎧に疲れたのだろう。おれにもたれかかって、すっかり腑抜けた顔つきだ。

「おれも、魔物に取り込まれて動けません」

 こうして二人でこたつをゆっくり堪能していたのだが、この小さな安寧を破ったのも年寄りパワーだった。


(きつ)に左近よ、ワシの武勲に恐れ入ったか!」

 信長ちゃんとスキンシップを楽しんでいたら、振る舞い酒に上機嫌の信パパが乱入するや自慢げな顔つき。さすがに娘といちゃいちゃしていると少々気まずいので、おれも信長ちゃんもささっと姿勢を正す。

「さすが父上、尾張の虎は伊達じゃないのじゃ」

「若い二人のみぽかぽかなぞ許せぬわ。中務(平手政秀)! ともに楽しもうぞ」

 信パパだけでなくさらには平手の爺が乱入してきた。勘弁してほしいぞ。

「大殿に平手様、よくぞ参られました。大殿の戦さばき、さすがでございます」

「爺も冷えるゆえこたつで暖まるのじゃ」

 信パパも平手の爺も、形式上は既に信長ちゃんの直臣となっている。だからおれとは同格となる。席次を考えればおれの方が偉いのだけど、当然ながら二人に対して大きな態度など取れるわけがない。

 未来のヨメのパパと、元傳役(もりやく)という苦手コンビに、いっときの幸せは霧散してしまう。


「吉、安土はよいところであるな。ぽかぽかがあれば尾張に帰らずともよいわ」

 おそらく安土には関係なくこたつが気に入っているだけの信パパも、すっかり魔物の攻撃に陥落している。

「父上も伊勢では大活躍であったな。さすが我が父上なのじゃ」との娘の労いに、信パパも破顔する。

 悪い人たちじゃないのは分かっているものの、やっぱりおれにとってはまだまだ苦手な信パパと爺。祥姫との一件もあるし、まさに針のムシロだぜ。


「婿殿も若いのだから、吉をもっと可愛がって貰わねばな。子が養子の奇妙だけでは困るのオ!!」

「吉様ののお子の顔を見れねば、爺も冥土にいけませぬ」

「もしや婿殿は吉だけでは物足りぬのか!?」

 信パパもおれのことを信長ちゃんの婿と認めてくれているのは嬉しいのだけど、答えにくいクエッションの連続攻撃にどうしろというのだ。がんばって毎日致します、などと言えるわけがないだろう。


「姫は(それがし)にとっては最高の女子(おなご)です」とでもお茶を濁すしかない。

 この状況を打破できる唯一の存在の信長ちゃんの顔色を(うかが)うと、将軍や帝に百戦錬磨の武将と強かにやりあういつもの頼もしさとはうってかわってダメだ。顔を真っ赤にして照れて下を向いてしまっている。


「父上や爺に言われなくとも、左近とは仲良くしてるゆえ左様に案じなくてもよいのじゃ」

 そう答えるのがやっと。

 未来のヨメちゃんは初心(うぶ)なのだから、この辺で許してください。

「孫が楽しみであるから、邪魔するのも無粋だ。ワシは退散するか」

「わしも姫のお子の夢を見ることとします。お二人の健闘を祈っております」

 嵐のような苦手コンビがようやく出て行ってくれた。しかしなんだよ、その捨て科白(ぜりふ)は。未来のヨメちゃんがさらに照れてしまうだろ。


「年寄りどもは味方にすると頼もしきことこのうえないが、相対(あいたい)すると難儀であるのじゃ。ふう」

 信長ちゃんも安堵の息を漏らしている。

 年寄りパワーをまざまざと見せつけられた近江・伊勢平定戦だった。


次話、冬はやっぱりこたつでしょ。


3/11(水)2000ごろ 更新予定。


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どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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