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第七七話 佐和山の爺合戦

 ◆天文十六年(一五四七年)十月中旬 尾張国 那古野城


 予想通りに、六角旧臣の三雲(みくも)定持(さだもち)の三雲城にて、将軍親子が兵を集めている報せが入ったため、いよいよ出陣だ。


 近江には、尾張那古野と清洲から鉄砲一〇〇〇を含む七〇〇〇、美濃からは一〇〇〇〇が。伊勢方面には、尾張清洲から信パパが六〇〇〇と北伊勢神戸(かんべ)から四〇〇〇が出陣する。

 さらに京都二条城を守る五〇〇〇のうち三〇〇〇を率い森可成が、近江観音寺の柴田勝家が一二〇〇〇の兵を取りまとめて、出陣の予定だ。

 織田家の動員兵力はおよそ四二〇〇〇。さらには越前朝倉の援軍を含めれば五〇〇〇〇をゆうに超えるはずだ。当然ながら織田家史上最大の軍事作戦である。


「世のぉをを! 安寧ぉをを! 乱すぅう! 謀反者ぉおお! 足利ぁああ! 典厩ぉをを! 討つぅううーっ! 出陣っ!」

 信長ちゃんが寒空を吹き飛ばすように出陣式後に高らかに将兵を鼓舞して、いよいよ近江伊勢平定戦の開始だ。この戦に勝てば実質的な天下人だぞ。

 彼女はお気に入りの白い軽量鎧に紺色の陣羽織。髪は下していて額に白い鉢金鉢巻が映える。いつみても凛々しい姫武将ぶりで惚れ直してしまう。表情は幸いなことにいたって平穏な様子。

 そうだ、信長ちゃん。いつもどおりでいいぞ。


 建前上、今回の合戦は武家の頭領が謀反人を討つ戦。戦力差も相当にあるから、奇をてらわず横綱相に圧倒的な物量戦術で押し切るべき。

 兵の士気も高いし狙撃などの注意をすれば、負ける要素は考えにくい。淡々とオーソドックスな手を打っていけば問題ないだろう。


 ◆天文十六年(一五四七年)十月中旬 美濃国 岐阜城下


 ――那古野から出陣して二日目。

 岐阜城下で陣を構えて美濃の軍勢を待つ我が那古野勢のもとに、美濃のマムシこと斎藤道三がやってきた。


「おおっ! 義姉(あね)上、お久しゅうございます。竹中遠江(とおとうみ)重元(しげちか)=半兵衛の父)に代わりワシが出陣いたしますぞ」

「大儀であるのじゃ! 夜など(いささ)か冷えるゆえ、腰など痛めぬようにな」

 六十歳に手が届くかという斎藤道三が、中学二年相当の信長ちゃんを『あね』と呼ぶのもシュールで笑える。だが信長ちゃん妹の桜姫が道三に嫁いでいるので、信長ちゃんからみれば確かに蝮爺ちゃんが義弟にあたる。

 どうやらこの年上の義弟も信パパと同様に、大戦(おおいくさ)に血が騒いだのだろう。本来なら竹中重元(しげちか)が出陣する予定のところ、強引に役を代わったらしい。その素晴らしい意気込みと長年の経験によって、美濃兵一〇〇〇〇の大軍勢をの指揮をよろしく頼みますよ。


 信長ちゃんは爺キャラに好かれることが多い。きっと孫娘のような感覚でとても可愛いらしいのだろう。越前の朝倉宗滴爺ちゃんからも是非とも姫と一緒に戦いたい、と文が届いている。本人も長期にわたって平手政秀爺に教育されてきたせいか、爺キャラ好きなようだ。


 ◆天文十六年(一五四七年)十月下旬 近江国(おうみのくに) 佐和山(さわやま)


 こうして岐阜で合流した美濃勢を先行させて、大垣城・不破(ふわ)(関ヶ原付近)と宿泊しながら行軍してきた我が那古野勢。信長ちゃんは、浅井旧臣の磯野(いその)員昌(かずまさ)の居城だった、佐和山城にて四度目の宿泊をすることにした。越前(福井県)を出陣した朝倉宗滴の援軍を合流させるためでもある。


 浅井勢の先鋒を勤めることが多かった猛将の磯野員昌は、現在は柴田勝家の寄騎。観音寺城で待機中のはず。

 旧浅井家臣は数か月前に帰参したばかりなので、今回の戦で武功を立てて出世をする気満々。そもそも浅井勢は史実でも、劣勢を跳ね返して六角義賢(よしかた)に大勝したり、姉川の合戦では織田勢を押し込んだり、と非常に精強なのだ。今回の大一番でも、持ち前の戦闘力を活かして活躍してほしい。


 この佐和山城に到着前に行軍してきた関ヶ原周辺は、現代でも名神高速道路や東海道新幹線が、冬期に雪の影響で不通になるなど日本有数の豪雪地帯だ。関ヶ原付近にそびえる岐阜と滋賀県境の伊吹山(いぶきやま)には、積雪量世界一の一一八二センチという、とてつもない記録が残っているほど。

 旧暦で十月下旬の空気は肌に突き刺さるような冷たさだったが、雪に降られなくてよかった。


 近ごろ、小荷駄(こにだ)隊から名称が変更された補給隊の活躍によって、以前に比べて行軍食はグレードアップしている。野営の際にも温かい食事が充分に振舞われるようになった。とはいえ吹きざらしの野営より、城内に陣を構えたほうがやはり圧倒的に快適。

 行商人なども盛んにおかずのような惣菜を売りに来ている。


 こうして佐和山に陣を構えていたところに、越前の朝倉宗滴が率いる約一二〇〇〇の軍勢が到着した。

 前回の浅井攻めで着到が遅れたため、合戦に加われなかった失策を跳ね返すようなタイミングの良さだ。さすが歴戦の名将の宗滴じいちゃん、期待しています。


「姫様! お久しゅうございます。此度(こたび)は孫次郎(朝倉義景(よしかげ))も参陣しておりますぞ」

 相変わらず年齢を感じさせずに元気な宗滴爺ちゃん。前回見かけた浅井攻めの際は、カステーラを食べて帰っただけなので、華々しい軍功をあげる気満々だ。来たるべき織田政権での立ち場を有利にしたいのだろう。気力充分で素晴らしいぜ。

 孫の朝倉義景を連れて来ているとは意外だったが。


「うむ! 遠路、大義であるのじゃ。孫次郎殿、助力を感謝する!」

「ほ、ほら、孫次郎!」

 宗滴爺ちゃんにまるで引き回しの刑にあっているのは、名目上朝倉軍大将の十五歳の朝倉義景(よしかげ)らしい。史実では信長に一貫して対抗姿勢を取り続けた朝倉義景だが、この世界では宗滴爺ちゃんのおかげで友好勢力。素晴らしいぜ。


「わ、わ、わ、わしが、あああ朝倉ま、まま孫じ、じ次ろろろ郎です。こ、ここ此度(こたび)は、お、おおお織田う、う右だだ大将さささまま様のじょじょ助勢にまま参ったたゆゆえ、よよよしななななにた、たた頼みまます」

 ところが義景くんは、何やら酷く怯えていて、激しくキョドってしまっている。

 宗滴爺ちゃん、こんなのが次期当主で大丈夫なのかよ。しっかり教育を頼むぞ。


「うむっ! 孫次郎殿も日ノ本の安寧のため励むのじゃ」

 信長ちゃんもよく吹き出さないで、取り澄ました顔でいられるよな。おれは一瞬ぷっと音を立ててしまったぞ。

 我が未来のヨメちゃんのコミュニケーション能力は素晴らしい。

 朝倉義景は史実でも出陣することは少なかったし、会話の様子からどう考えても戦闘向きの武将ではない。


「はっ! そ、そそ宗滴とと、ともに、ははは励みみまます」

 戦が怖いのか信長ちゃんが怖いのか分からないけれど、怪我しないで頑張ってほしいな。内政面では義景も素晴らしい成果をあげているし、誰にでも得意不得意はあるさ。

「うむ。武家の頭領なれば戦に出ざるを得ぬこともあるゆえ、孫次郎殿にも此度の戦は良きことであるのじゃ」

 義景くんより年下ながら、実に頼もしい我が信長ちゃんはさらりと返答する。


 キョドっている義景くんを頷きながら温かい目で見守っていた宗滴爺ちゃんに、険しい声が掛かった。

「ほぉおーっ!? ヌシが宗滴か。戦場(いくさば)では幾度か相見(あいまみ)えておるが、斎藤山城(やましろ)である! わざわざ越前からご苦労であるな。だが先の戦と同じくヌシの働き場はないわ。戦は姫様とワシに任せ休んでおるがよいぞ?」

 おっと。蝮の斎藤道三爺ちゃんが、宗滴爺ちゃんにいきなりの先制攻撃だ。おいおい、いったい何をしにきたんだよ。


「わはははは。片腹痛いとはこの事じゃ。我が朝倉勢は常に戦場(いくさば)にあったのだ。岐阜の山でトグロを巻いて川を眺めておった美濃の(まむし)に遅れをとることなどあり得ぬ! 蝮殿こそ寒さで動きが悪くなろう。焚き火にでも当たっておるがよいぞ」

 宗滴爺ちゃんも負けてないけれど、何ですか? この血の気の多いジジイ達は?

「ワシの方が一回り歳下なのに年寄り扱いとは笑止! 年寄りは腰を痛めぬよう、我が美濃勢の種子島の武威を指を加えて見ておるがよいぞ?」

 確かに宗滴じいちゃんと道三爺ちゃんは戦、場で直接戦っているので微妙な心境なのは分かるけれど、まさに売り言葉に買い言葉で一触即発状態。勘弁してほしい。


「はあーっ。全く、最近の年寄りはけしからんのじゃ。味方同士争っていかにする。励むのは戦さ場においてのみじゃ」

 救いの神が血の気の多い爺ちゃんの仲裁に入る。

「ははあーっ!!」

 よかった。さすが信長ちゃん。爺の操作方法を心得ている。

 こうして後の世に言う佐和山の爺合戦が終わった。

 ――とはいっても、単なるジジイの口喧嘩だけどな。

 それにしても二人とも寒いのに異常に元気だな。特に宗滴爺ちゃんは七十歳だぞ。


次話、足利将軍との戦いに終止符。


3/8(日)1000ごろ 更新予定。


読者の皆さまのブックマークと★評価が、創作活動のモチベーションの源になります。


どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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