第七二話 名物献上!松永久秀の臣従
◆天文十六年(一五四七年)九月上旬 尾張国 那古野城
経済力を活かした大軍勢と考えられる限りの謀略を有効活用して、北近江の浅井家を降した我が那古野勢は、本拠に戻って次に控える伊勢攻略に向けて英気を養う計画だった。
だがしかし、予想外の有名人が那古野に来訪しているとのこと。
下剋上の代表として語られることも多い、戦国時代の梟雄として名高い松永弾正久秀その人である。
松永久秀は、実質的な天下人ともいえる三好長慶の重臣として、辣腕をふるっている時期のはずだが何を企んでいるんだろう。相手は稀代の策士だけに油断は禁物。心して対応しなければ命取りになるぞ。
しかも久秀は、おれや信長ちゃんが北近江に出陣している最中に那古野に到着して、三日ほども待っていたらしい。
何はさておき、史実の信長を二度も裏切った男だけに、言葉どおりに真に受けると足元をすくわれてしまいそうだ。
「さこーん!? 松永弾正が一緒にお茶を飲みましょう、と言ってきておるのじゃ。折角だからさこんも共にいただこうぞ」
松永久秀の来訪の目的がさっぱり分からないので、自宅で様々なシミュレーションをしていたら、既に久秀からお茶の誘いをうけた信長ちゃんが玄関先で声をかけてきた。
「はいっ! 今すぐ参りますのでお待ちを」
信長ちゃんは久秀との会見に、おれの同席を求めてきた。いい判断だ。
一緒に茶を飲みましょう、とはまさかナンパではないだろうが、久秀の目的が不明だし警戒するに越したことはない。
松永久秀は今年三十八歳。切れ者風で、一言で言えばやり手で仕事ができそうな男だ。切れ長な目をしているが、凶悪な悪党とはまったく思えず、どちらかといえば柔和なイケメン風。笑顔などはかなり人好きがする。
「松永弾正です。お初にお目にかかります」
「滝川左近だ。よろしく頼む」
「織田弾正じゃ」
こうして豪華キャストの弾正対決が始まった。
「織田の姫様の好物のかすていらが手に入りましたゆえ、かすていらを菓子に一杯、振舞いたいと思いましてな」
信長ちゃんの好物を把握しているとは、やはり久秀は抜け目ないぞ。
おれは茶道の嗜みがさほどあるといえないけれど、一応はこの時代に来てお茶の師匠に習っているため分かる。流れるような手馴れた手つきで久秀が茶を点てていく。
「いかがでしょう?」
「結構な手前であるのじゃ」
「結構なお手前でございます」
うん。甘いカステーラには絶対的にお茶が合う。実に美味い!
なにより、今まではお茶を美味しいと思ったことはなかったけれど、最高に美味いんだよ。松永弾正、恐るべしだな。
「かすていらとともに、楽しむ弾正の茶は見事であるのじゃ」
信長ちゃんも顔を綻ばして大喜び。
「恐縮にございます」
「うむ! して、かすていらと茶を振舞うだけではなかろう。何を企んでおる? 三好筑前(長慶)殿はワシと誼を通じる所存か?」
信長ちゃんがズバッと来訪の目的を尋ねてくれて助かった。
久秀の主君の三好長慶はいってみれば、天下を狙う信長ちゃんの政敵で、先日の二条合戦で長慶は二条城の攻め手に加わっている。政敵どころか敵なのだ。
「されば……お近づきのしるしに名物を献上したいと思いましてな」
ニヤリと笑った政秀は、端正な顔立ちのチョイ悪中年風。
九十九髪茄子がくるのか? 九十九髪茄子がくるのか?
歴史通がよく知る、天下に知られる名物茶入の九十九髪茄子を献上して、松永久秀が信長に臣従するイベントがあるが、時期的にこんなに早い訳がない。
何かが違うと思いつつ様子を窺うと、久秀は二個の箱を取り出した。あれれ二個とはどういうことだ?
「ほう。名物であるか。それはそれは……ありがたいことなのじゃ」
「九十九髪茄子と珠光小茄子でございます」
九十九髪茄子だけではなく、史実の滝川一益が上野(群馬県)の土地よりも欲しがったいわくつきの珠光小茄子が、こんなところで出てくるのか。
「ほー!? ほーっ!? まるっとした形といい、艶といい心踊るのじゃ。左近も見るか」
信長ちゃんは二つの茶入れをつくづく眺めて、大きな目をキラキラさせている。
「はっ!」
こげ茶色をしたやや小ぶりの茶器が実に琴線に触れる。歴史の必然なのか分からないけれど、珠光小茄子であろう茶入れが気になってしょうがないんだ。
そろりと受け取り、つくずく眺める。実にいい。心の底から不思議な感情が湧き上がる。
「この小茄子を見ておりますと、実に心が落ち着きますなあ」
なんともいえず愛着が非常に湧く。
「織田の姫様と今士元とも謳われる滝川左近殿に、気に入ってもらえるとは、尾張まで持ってきた甲斐がありましたわ。わはは」
久秀はしてやったりの顔つきだ。
「弾正! 名物を献じただけではあるまい。何を考えておるのじゃ?」
さすが信長ちゃん。曲者の松永久秀に釘を刺す。
「わしは戦のなき世を見たくて、天下人の筑前(三好長慶)様に仕えておりました。なれど先日、筑前様は二条の戦の鉄砲傷により身罷られましてな」
三好長慶が死んだだと?
史実で長慶が病死するのは、現在より二十年近く後のこと。信長ちゃんの目指す天下布武が、歴史の流れを速めているのだろうか。
「なんと! 筑前殿が……敵とはいえお悔やみ申し上げます」
「うむ。筑前殿は、敵になったとはいえ惜しい傑物であったのじゃ」
「わしは、次の天下人たる織田の姫様の近くにおれば、戦のなき世が見れるかと思い罷り越しました。わしを使ってくだされ」
長慶を思いだしたのか、久秀の顔に一瞬影が差したかと思ったが、振り切るような笑顔で言い切った。
やはり史実と同様に名物を献上して信長に臣従する流れだったんだ。
しかも、久秀は後世の評価とはかけ離れた殊勝な物言いをする。面白い。実に面白いぞ。
「ほーっ!? ほーっ!? 戦のなき世をのう」
信長ちゃんは九十九髪茄子を手元において、今度は久秀の顔をまじまじと見ている。いつもの人物観察をしている様子。信長ちゃんが松永弾正をどのように評価するのか実に楽しみでならない。
「ふむっ! 面白きやつ! では、ワシが畿内を掃除する際に尽力せよ。むろん弾正が掃除しておいてくれればもっと助かるのじゃ。ワハハ。
とまれ名物はありがたく頂戴する。また茶を飲もうな」
「はっ!」
松永久秀はしっかり深々と平伏する。わが信長ちゃんは、久秀のことをかなり気に入ったみたいで上機嫌。もちろん警戒は充分させてもらうけれど。
「しばし那古野に逗留し、町でも見て歩くがよいのじゃ」
こうして弾正対決が終わった。信長ちゃんは、松永久秀を実力を認めて気に入った様子だから、これから何らかの役目を果たさせるのだろう。
名物献上イベント後に、松永久秀を配下にするなど、歴史の流れは加速しているものの、史実に似通っている部分も相当多い。やはりこの世界も本能寺の変にリンクしていそうで、背筋が寒くなるような思いからは、まだまだ逃れれられないようだ。
史実の久秀は最終的には、信長を裏切ってしまうのだが、この世界ではどのようになるのだろうか。
次話、次の合戦まであとわずか。
3/3(火)1800ごろ 更新予定。
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里見つばさ




