第六六話 南近江平定
◆天文十六年(一五四七年)七月中旬 近江国 観音寺城付近
電撃的な夜襲で観音寺城の支城――箕作城と和田山城を鮮やかに落とした我が那古野勢は、美濃勢や将軍親子が待つ観音寺城下に凱旋してきた。史実では秀吉が大活躍した箕作城攻めだが、秀吉くんを商人にしてしまった責任をとった形になる。
こうして二つの支城を落としたため、まず確実に本城の観音寺城は落ちるはずだ。だが、問題は籠城している六角氏の後始末だ。
史実では二十年以上も後に、信長の観音寺城攻めが発生した。その際に当主の六角義賢と義治親子は落城の際に、甲賀方面に逃亡して以降は忍び衆とも連携して、反信長ゲリラ活動をすることになる。
六角義賢・善治親子は抜群の弓の名手で、政治力や名声も高く、忍耐力や実行力もあり、とにかくしぶとくて放置するのは非常に厄介。
史実で信長が狙撃された事件も、浅井・朝倉・武田など『信長包囲網』のセッティングも六角氏のゲリラ活動の一環ともいわれている。
未来のヨメの信長ちゃんの狙撃すなど、危険にさらすのは絶対に許せない。とりあえずは、六角一族が逃亡するならば、諜報衆の多羅尾光俊あてに生け捕り依頼をする。彼らをひと思いに闇にに葬ってしまおうかとも考えたけれど、信長ちゃんの意向も大事。彼女の不思議な勘は、大外れをしたためしがない。秀吉くんを商人にした件も、織田家を守る大英断だったと思う。
城攻めの翌早朝に、信長ちゃんが、前将軍足利義晴と新将軍義藤(義輝)の頼りない親子を呼び出した。
「前公方(義晴)殿、公方(義藤)殿は六角の始末は如何にする所存か?」
おっと! いきなり信長ちゃんは、将軍親子に対し『様』ではなく『殿』扱いだ。やるなあ。
『お前ら、六角の不手際の落とし前はどうするのさ』といった感じだな。まるでヤクザのようだが、戦国大名はかなりヤクザと似通っている部分はある。
「近江守護職の解官だけではいかぬかの?」
覇気のない中年義晴が、恐る恐るといった様子で返答する。
近江守護職の解官、つまりクビということ。これまで六角定頼は、近江国の守護に任じられていた。ところが、先ごろ織田傀儡の斯波義統が新たに近江守護になったので、結果的にクビになった六角を許してくれないか、ってわけ。
六角義賢は、二条城の寄せ手にも加わっているので、室町幕府将軍を否定するいわば国家反逆罪にも相当するし、そもそも自分たちを武力攻撃してきた輩を助命するのか。これでは諸大名に舐められても当然といえば当然かもしれない。
さて、我が信長ちゃんはどのような判断を下すのか。
「たわけッ! 二条を攻める行いは、国の政を揺るがす仕儀なのじゃ。そのうえ、畏れ多くも御所(皇居)の控えたる都に、戦乱を招く所業なのだぞ。それが分からぬのか! 分からぬから長きに渡り戦乱が続くのじゃ」
気持ちいいほど言ってくれたよ。拍手喝采。さすが信長ちゃんだぜ。
「ははっ!」と頼りない将軍親子が、借りてきた猫のようにうなだれる。
ところが、親子は平伏するものの、六角氏の処分についての発言はしない。
おいおい。この頼りないのが武家の頭領かよ。国家反逆罪に相当するんだぞ。全然分かっていない。
将軍親子の意向を踏まえた発言を待つため、しばし続いた信長ちゃんの沈黙に耐えきれなくなったかのように、前将軍義晴がおずおず切り出した。
「――三郎殿は、いかなる所存か?」
信長ちゃんに決めてくれというのだ。まったくどうしようもない。
「降服した家臣は全て助命。六角左京(義賢)は斬首し京に晒す。六角弾正(定頼)は隠居させて、左京が息(義治)とともに寺に放り込む、といったところか」
「はっ! よきお考えかと存じます」
厳しく言い放つ信長ちゃんに、将軍親子は即座に異口同音で同意した。
信長ちゃんとしては、珍しく厳しい罰といえる。この当時の『切腹を許さずに斬首』は、完璧に罪人扱いで不名誉な死なのだ。
本来ならば、六角氏のような将軍と親しい有力大名が戦乱を治めるべき。なのに、政治的混乱に拍車を掛けた事実を重くみたのだろうか。
特に義賢は二条城攻めをしている。苛烈ともいえるが、見せしめの意味もあるだろうな。当主の六角定頼については、一時期足利義晴を保護したりと前将軍の盟友だった。また観音寺城下に楽市令を出すなど、良政が見られるため助命したのだろう。
数え三歳の六角義治については、当然ながら責任は問えないから助命する。
「……して、六角を重用した前公方殿は如何するのじゃ?」
次に信長ちゃんは、足利義晴の責任を糾弾しているのだ。
『国家反逆罪の六角を重用していた、お前さんの責任はどうするんだい?』といった風。
『お前さんが下手なヤツを使うから、世の中が乱れてるんだろ? その落とし前はどうするんだよ?』
ヤクザ風に言えば、このような感じだろうか。
「余は官職を辞して、等持院にて戦乱の収束を祈ろうかと思う」
前将軍の義晴は、六角義賢の斬首に恐れをなしたのだろうか。足利氏菩提寺の等持院で仏門に入りたいと申し出る。
頼りない親子の親の方は、以前の会見のときから、今後の政治は義藤と信長ちゃんに任せたい、と逃げに入っていた。引退のタイミングを計っていたのかもしれない。
「で、あるか! ならば前公方殿は、六角弾正(定頼)と六角左京が息(義治)とともに、等持院で日ノ本の安寧を祈っておれ」
ここでようやく、信長ちゃんはニマっと微笑を浮かべる。
だが続いて、キッとしたきつい表情で、信長ちゃんは子の義藤に釘を刺す。
「公方殿もワシも武家の頭領じゃ。武家の頭領ならば、不都合あれば六角左京のごとく、首を晒される羽目になるのじゃ。戦や政に励まねばなっ!」
お前もしっかりやらないと、六角義賢のように斬首になるぞ、というきつい脅しだ。
美少女で未来のヨメの信長ちゃん、ちょっと怖いです。足利義藤も顔面蒼白になっているぞ。だがこの脅しが効いて、史実の足利義昭のようなろくでもない行動をしないでほしい。
足利義晴と義藤親子による再度の降服勧告を受けて、観音寺城は白旗を掲げてあっさりと開城した。
六角定頼は息子の義賢については、さほど高い評価をしていたわけではないようだ。定頼は特に命乞いをするわけでもなく「此度の息子の不手際、誠に申し訳ない」と、将軍親子と信長ちゃんに深々と平伏してきた。
そこまで分かっているなら、ちゃんと息子の暴走を止めてほしいよな。重臣たちにも、定頼派と義賢派の派閥争いがあったらしく、抑えきれない面があったのかもしれないけれど。
六角氏重臣の後藤賢豊、進藤賢盛、蒲生定秀については、織田配下になることを求めてきた。彼らはいずれも、史実でも著名で優秀な人物。今後は織田の旗のもとで活躍してほしい。
数え三歳の六角義治くんは、ゲリラにならずにすんでよかったね。お寺のほうがゲリラの潜伏生活よりも、きっと楽だとと思うんだ。史実でこの善治くんは、弓の極意を会得する名手に成長し、しかも逃げ足が速く異常にしぶといのだ。潜伏しながら長きに渡って反信長ゲリラ活動を続けて、驚くことに信長の死後には、弓の師匠として秀吉に召し出されるほどの強かさを見せつける。
こんな末恐ろしいガキは、寺に縛りつけておいた方がよっぽど安全だな。
信長ちゃんは、森可成と橋本一巴の軍勢には、再び京都の二条城防衛を。柴田勝家率いる岐阜の軍勢には、接収した観音寺城の守備を任せる。残る他の軍勢には、本拠地へ帰陣する旨の命令を下して、南近江は我が織田家の支配となった。
兵の損害も軽微。そして南近江の要の観音寺城も落として、優秀な重臣も確保できた。近江平定戦は、順調な滑り出しといっていいだろう。
南近江平定の目途がついたので、次の目標は北近江の浅井家になる。その前にしっかりと那古野で英気を養おう。
次話、新展開。左近のピンチ?
2/26(水)1800ごろ 更新予定。
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里見つばさ




