第六四話 電光石火の近江攻め
◆天文十六年(一五四七年)七月中旬 近江国 観音寺城付近
二条城の勝利から一夜明けると、信長ちゃんは昨夜の甘いムードを忘れたかのように、既にお仕事モード。後奈良天皇あてに二条城の合戦の顛末と勝利の報告の文を認める。そしてすぐに、前将軍の足利義晴と新将軍の足利義藤(義輝)を呼び出すと、語気荒く言い放った。
「武家の頭領たるヌシらが何という様であるのかぁあ! 細川右京(晴元)や六角弾正(定頼)はヌシらの盟友ではなかったのかっ!? ヌシらの仕儀が戦乱を招いているのじゃ!」
我が信長ちゃんの糾弾は手厳しい。全くもって為政者としては怠慢以外の何ものでもない。
「日向(明智光秀)殿がおらねば、まことに恐ろしきことになっていた。礼をいう」
前将軍の足利義晴はこの期に及んで、なんという高飛車な上から目線なんだろう。
「礼は要らぬッ!」
信長ちゃんは、珍しく不機嫌な表情を隠しもしない。
この時期の室町幕府の将軍は、政争以外にいったい何をやっていたんだろうか。おれも大学生の時代から納得がいかなかった。信長ちゃんは、ずばっとよく言ってくれたよ。拍手喝采だ。
「よ、余はいかなる仕儀を致せば?」
糾弾された新将軍義藤と義晴親子は、借りてきた猫のようにうなだれている。
「六角弾正(定頼)から、近江守護職を剥奪せよ。そして武衛(斯波義統)様を近江守護職に、ワシを近江守護代とせよ。すぐに観音寺城を落としに行くのじゃ。二人ともついて参れッ!」
あっさりと室町幕府将軍を顎で使う我が信長ちゃん。最高だぜ。
二条城救援のために集めた軍勢を、返す刀で近江に向かわせて、六角氏の本拠地の観音寺城を電光石火で落とすプランだ。もちろん信長ちゃんと打ち合わせ済み。この時代では常識破りの用兵のはずだ。
「今から出陣であるのか?」
「当たり前だ。武家の頭領たるヌシらへ弓引くのは、国を揺るがす一大事なのじゃ。不届きの輩である。それが分からぬのかッ!」
信長ちゃんは強く言い放つと、ドカドカと足音をたてて退席してしまった。
◇◇◇
おれを含めた信長ちゃん一行は、往路と同じく再び少数で近江へと向かう。行軍途中に、二条城に増援として派遣していた、森可成、太田牛一、橋本一巴の鉄砲五〇〇を含む兵三〇〇〇に観音寺への出陣を命令するように、あい変わらずの神速ぶりである。
さらに、京二条城へ援軍に向かおうとしていた柴田勝家の率いる岐阜勢の四〇〇〇。加えて、美濃・近江国境の関ヶ原に着陣していた稲葉良通ら西美濃五人衆の軍勢七五〇〇にも、早馬を遣わし命を下す。
――観音寺城下へ集合せよと。
こうして慌ただしい一泊二日の行程で、観音寺城下に将兵一四〇〇〇余りの軍勢を信長ちゃんは集合させた。
足利義晴・義藤親子も、最低限の従者を引き連れて、なんとか信長ちゃんの強行軍についてきていたので、一応は武士の誇りがあるものだ、と感心した。
本陣で、諸将を集めた信長ちゃんは、強く宣言する。
「近江の守護職また管領代たる重責にあるのに、近江と京を揺るがせたる六角弾正(定頼)の罪は大きい。今日明日で観音寺城を落すぞ! 皆のものよいなっ!」
「オオオオオオオオーッ!!」
大軍勢が檄に応える。
よし。相変わらず士気は素晴らしい。さすがに、歴戦で鍛え上げられた尾張兵中心の軍勢だ。
現代では銭で雇われているため、戦国時代の尾張兵は弱兵との指摘がある。確かに土地に執着を示した半農の兵に比べて、忠誠心に欠けるといった面もあるだろう。
だが、一年中厳しい訓練を行なう専業の兵は、いわばプロフェッショナル。装備も揃っているし、戦闘技術は高く頼もしい。
史実の織田家の観音寺城攻めは、信長が十五代将軍の足利義昭を擁立して上洛する際に、当時の六角当主の六角義賢が、織田の軍勢の通過を許可しなかったので生起した。現在より二〇年以上後の一五六八年のことである。
木下秀吉を中心とした軍勢が、一晩で支城の箕作城を夜襲で落とし、同じく支城の和田山城が戦わずに落ちる。それら支城の落城に、戦意を喪失した本城の観音寺城も、六角義賢が逃亡し落城する、という経過を辿った。
六角氏の本城の観音寺城は、規模の割には守りの固い城ではないので、今回の攻城戦も短期決戦を挑むつもりだ。
予め信長ちゃんが将軍足利義藤に、六角氏に対して糾弾と降服勧告をさせているため、史実以上に観音寺城の戦意は乏しいだろう。無理に観音寺城を力攻めをする愚は避けたい。
やはり、史実どおりに支城を攻め落としていくぞ。
「姫! 話があります」
「さこんか。話とはなんじゃ?」
「城攻めの策についてです」
「ふむ……さこんの策とは楽しみであるのじゃ」
将軍親子の不甲斐なさに、二条城にいるときから終始不機嫌だった信長ちゃんが、ようやくニコと表情を和らげる。
「はっ! 城を落とす良き策がございます」
「うむ。 しかし、なんというかな……」
信長ちゃんの歯切れがどうにも悪い。戦を前にした総大将がこのような調子では、将兵の士気もあがらず困ったことになるだろう。何より原因が気になった。
「姫、いかがされた?」
「二条ではワシ自らあのような仕儀であったので、さこんの顔を見ると些か照れるのじゃ」
二条城での大胆なプロポーズを思い出したのだろう。頬を真っ赤に染めてはにかんでいる。まったくこのギャップがたまらない。反則だろう。
「あの夜おれは、益々姫のことが好きになりましたよ」
「で、あるか! ならば安堵したのじゃ」
信長ちゃんは、ぱっと満面の笑顔に変わる。やっぱり彼女には笑っていてほしい。
「とまれ、まずは今夜これから。おれが夜襲で箕作の枝城(支城)を焼き落として参ります」
史実に則った、観音寺城攻めの策を披露し始める。箕作城にはナパームもどきを使おう。夜に燃え盛る炎は守備兵の恐怖感を倍増させるに違いない。
「ほー!? 今夜、夜襲で城を焼き落すのか」
信長ちゃんは、キッと表情を引き締めた仕事モードの顔となる。
これはこれで、たまらない。
「ええ、着いたばかりの今夜だからよいのです。箕作城が落ちれば、三左(森可成)、修理(柴田勝家)らが囲めば、和田山城も今夜のうちにも落ちるでしょう」
「ふむ。確かに和田山も落ちるだろうな」
「さすれば、明日早々には、士気の上がらぬ観音寺城も開城するでしょう」
「で、あるか。しからばその策でいこうかの。だが……」
「だが? だが、何でしょう?」
はて。信長ちゃんは何を言いたいのだろう。
「左様に面白き夜襲をワシが楽しめぬとは許さぬ。さこん、夜襲にはワシも連れて行くのじゃ。よいな?」
大きな目をキラキラさせたいたずらっ子のワクワク顔だ。
まずい。信長ちゃんの好奇心を、めちゃくちゃに刺激してしまったみたいだ。
未来のヨメちゃんがこの状態になったら、おれに『否』の返事はないのは、経験上知っている。
こうして織田家近江平定戦第一弾――観音寺城攻めが始まった。
次話、久しぶりに左近と信長ちゃんが揃っての出陣。
2/24(月)1800ごろ 更新予定。
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里見つばさ




