第六一話 反織田勢力の逆襲
◆天文十六年(一五四七年)七月上旬 尾張国 那古野城
今川義元マロとの同盟をめでたく締結した後に、一週間かけて那古野に戻ってきたら、まずはいつも通り湯殿でさっぱりと、旅の疲れや汚れを流し落とす。
その後は、旅の途中で思いついた案件を、総技研所長兼『姫のシェフ』の丹羽長秀くんに無茶振りをしていこう。
まずは、輸送用荷車の開発だ。物流効率が飛躍的に向上するだろう。本当はリヤカーを作りたいのだけれど、現在はタイヤやベアリングなど無理な技術が多そう。アイディアだけは後世に残し伝えるとして、現在の技術で開発するならば、大八車というんだっけ? 古い時代の映画で見た覚えがあるタイプの荷車が精一杯かな。とにかく、木製車輪を利用した人力荷車の開発が急務だ。車輪の製造スキルが向上していけば、馬車にも応用可能なはずだ。
それから軍需関連では、ナパームもどき用の効率の良い増粘剤の実験も頼んでおこう。ナパームもどきは、近々予定している近江攻めを始め、合戦で使う可能性も高い。
あとは、信長ちゃんの大好物のカステーラなどお菓子の製法の研究だ。カステーラには鶏卵が必要だが、肉食と鶏卵食はこの時代ではタブーになっている。織田屋食堂の料理で提供したり、肉や鶏卵の買取をしてしまえば徐々に広まっていくだろうか。
きっと栄養状態が確実にアップして、幼児までの死亡率の低下につながるだろう。信長ちゃんにいずれ食べさせたい天ぷらやフライにも使いたいので、鶏卵の流通確保は厳命だ。
ただカステーラ製造となると、オーブンや釜などの高温で焼き上げる器具が必要だから、難易度が非常に高く南蛮人頼みかもな。釜が必要なカステーラ製造が難しいとすると、代わりのお菓子で今川焼き(大判焼き)はどうだろうか。小豆の餡が入るので、きっと信長ちゃんも気に入るはずだ。
今川焼きの生地は、小麦粉、卵、砂糖、重曹あたりで大丈夫かな? 重曹が手に入らないなら、アルカリ性の草木灰の灰汁で代用可能だろうか。あるいは温泉利用のアルカリ性の生成物利用か、卵白を泡立てたメレンゲでふわっとするのかも。この辺りは試行錯誤してもらうしかない。
他に信長ちゃん用に作れるお菓子といえば『安倍川もち』と、可能ならば黒糖でグレードアップした『信玄もち』だな。黒糖のためのサトウキビの入手もお願いしたい。
がたっがたっ……だーんっ!
おっと。信長ちゃんの来訪だ。相変わらず呆れるほどの所作の荒さだよな。また引き戸が外れてるし。
彼女が引き戸を外すほどおれの帰りを待ち望んでたと思えば、嬉しくもあるけれど何が起きたかと思うぞ。
「さこーん。よくぞ戻ったのじゃ」
「はいっ! 約束どおり急いで戻ってきましたよ」
おれが戻ったので、すこぶるご機嫌で駆け寄ってくる信長ちゃんの満面の笑みがくすぐったい。
「うむっ! 手紙に書いてあったお菓子が楽しみなのじゃ」
「ええ。今ちょうど五郎左に依頼していたところです」
「いかなる菓子じゃ?」
「『今川焼き』と安倍川もちでございます。今川焼きは粒あんを中に入れて香ばしく焼きあげた菓子です。安倍川もちはきな粉をまぶした餅です」
「今川焼きであるか……うむ。今後、織田焼きと呼ぶのじゃ。どちらも楽しみであるな。五郎左、頼むぞ」
たしか今川焼きの名前の由来は、丸い形が今川家紋の『二つ引き両』に似てるからだった気がするぞ。でも織田木瓜の家紋も丸いから、まあいいや。
「はっ! 必ずや殿の満足する織田焼きと、安倍川もちを作りあげますっ!」
できる子長秀は、今川焼きにも並々ならない意欲を見せる。
「五郎左、お前ならできるはずだぞ。おまえは米五郎左と呼ばれ、織田になくてはならぬ男になるのだからな」
次世代ホープの丹羽長秀くんに、料理やお菓子の仕事を頼むのは、気が引けることは気が引ける。だけど、主君のモチベーションを高めるのも、立派な仕事だからオッケーにしておこう。
何でもこなせて名人といわれた堀久太郎秀政あたりの後輩がモノになるまでは、シェフ仕事もがんばってもらいたい。
ただ長秀くんの様子から察するに、本人も料理に関しては大いに楽しんでいるフシがある。結果オーライだ。
お菓子を心待ちにする信長ちゃんには悪いが、留守中の諸国の動向が気になるのでで、強引に仕事モードになってもらおう。
「姫! 今川とは盟を結んだので、三河の東は安全になりましたが、近江など諸国の状況はいかがですか?」
「近江の前に京が危うい。近々二条が攻められる恐れがあるゆえ、十兵衛のもとに少し兵を送り込んでおいたのじゃ」
京の二条城が攻められる恐れというと、十三代将軍の足利義輝が暗殺された永禄の変や、十五代将軍の足利義昭が攻められた本圀寺の変のような事態が起きると言っているのか?
お菓子に目の色を変えているところや、ラブラブいちゃいちゃな甘い口調のときからは想像つかないが、全く信長ちゃんは有能だぜ。
織田家の京都での活動拠点で、足利将軍の執務場所もある二条城を攻める勢力を考える。前回の上洛の際の信長ちゃんと将軍足利義晴の会見で、足利将軍家の代替わりと織田傀儡の斯波義統が幕府ナンバーツーの管領への就任が決定した。この政治情勢の変化に不満な反織田勢力が二条城を攻めて、将軍を奪還する計画だろうか。
とすれば二条城を攻める勢力は、元管領の細川晴元やその家臣の実力者、三好長慶あたりに近い筋が最も可能性が高いはず。
「姫っ! 迅速な援軍手配はさすがです!」
「で、あるか!」
ニンマとドヤ顔の信長ちゃんである。あの有能なイケメン光秀が改修した二条城で、戦上手の光秀自身が守備を固めている。さらに信長ちゃんが増援軍を派遣しているのだから、攻められても落ちる心配はまずないだろう。
逆に、今回炙り出されて二条を攻めてきた輩が、反織田勢力ということ。また、二条城へ援軍をしなかった勢力があれば、攻め入る名分というか、ケンカをする言いがかりも立つわけ。
城を攻められたとしても、落城せず無事に防戦すれば逆に大チャンスとなる。信長ちゃんは、相変わらず外交センスが素晴らしい。ならばおれも、二条城を攻め入るだろう勢力に、多羅尾光俊の手を借りて謀略を仕掛けよう。
併せて、今回援軍を送らない勢力への対策も必要だ。どちらかといえば、こちらの対策を重視したい。新領土獲得の大チャンスになるからだ。
北近江の浅井は現状から察すると、まず援軍は送らないだろう。となると現在は数え三歳で、史実でお市の方が嫁入りする浅井長政くんは、久政パパと一緒にお星様コースかもしれない。
この世界に来る前なので記憶はないけれど、おれ滝川一益はお爺ちゃんの浅井亮政を射殺しているから、浅井三代の疫病神になるわけ。
だが、この世界ではお市ちゃんが嫁にいっているわけでもないから、浅井家を攻め滅ぼすのに躊躇はしないぞ。
北近江の浅井領を狙うなら、まずは支城の重臣を謀略で引き離すのがいいだろうか。浅井本拠の小谷城は、急峻な山にそびえ立つ非常に堅固な城。力攻めは大変だし、人的被害が大きくなるのは目に見えている。
現在は弱腰外交を不満に、当主久政に代えて幼少の長政くんを擁立したい勢力も、少なからずあるらしい。謀略の材料はいろいろ見つけられるはず。
南近江の六角も援軍するかは微妙なところ。足利将軍を傀儡化した織田の跳梁にいい気はしていないはずだ。六角定頼は楽市令や一国一城令を実施した名君だけれど、子の六角義賢については、史実の治世にも特に見どころはない。
もし、六角が二条城に援軍を出さなかったら、近江守護の剥奪と一部の領地割譲あたりだろうか。
――いずれにしても、現状の京都の情勢が知りたい。
そう考えていたときだった。
「左近殿、京二条が攻められています!」
諜報衆の多羅尾光俊の急報だ。
「敵の詳細は?」
「第一報です。第二報で詳細が分かるかと」
「義兄者、よろしく頼む!」
予め義兄の光俊とは、変事の際の情報伝達方法について、打ち合わせていた甲斐があったな。まずは攻められた事実だけを伝えてくれれば、対応がしやすいのだ。
二条城を守れば大チャンスだが、落とされたら元も子もない。ここは急ぎ、京へ急行して、指揮を取らなければ心許ない。
「姫!」
信長ちゃんに声をかける。
「うむ。ワシも自ら二条城へ出陣するのじゃ。それから岐阜への急使の支度じゃな」
信長ちゃんが小走りで屋敷から出ていく。彼女も重大さが分かっているため、素晴らしい反応をみせる。
那古野からは少人数だけで出陣して、岐阜城で集めた兵を援軍に回すつもりなのだろう。
慌ただしい出陣準備に、那古野城が騒然となった。
次話、二条城が攻められたため京都に急行します。
2/21(金)1800ごろ 更新予定。
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里見つばさ




