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第五九話 邯鄲(かんたん)の夢

 ◆天文十六年(一五四七年)六月下旬 駿河国(するがのくに) 駿府館(すんぷやかた)


「ホウ! 織田の今士元が面白き話を、マロに聞かせてくれるでおじゃるな」

 行きがかり上、おれの前に座る目つきの悪いマロと、さらに目つきの悪い坊主を面白がらせなくてはいけない。まさか一発芸とかではまずいので、上司の信長ちゃん譲りの強かな交渉術を見せつけるしかないぞ。

「ええ。ご期待に沿うように励みます」

「よい。始めよ」

 くっ。なかなかのプレッシャーだな。面白くなければただで済まさんぞ感がビリビリしいてる。負けるか!


(それがし)は、先日『邯鄲(かんたん)の夢』を見たのです。某は織田の軍師にて、治部(じぶ)殿率いる軍勢二五〇〇〇と相見(あいみ)えることになり申した」

「邯鄲の夢とは、一生分の夢を(うつつ)が如く見る話でおじゃるな? なれど、マロが二五〇〇〇の軍勢を率いるとは、(いささ)か多すぎでおじゃる」

 一種の賭けだったけれど、第二関門突破だ。乗ってきたぜ。


「ええ。さすがは治部殿、博識でございますな。夢と(うつつ)は異なります。現の治部殿は、一五〇〇〇ないし一八〇〇〇の軍勢が限界でしょう。されど、夢の中の治部殿は三河を掌握したうえに、治部殿の父御(ちちご)(今川氏親(うじちか))が定めたる『仮名(かな)目録(もくろく)』に守護使(しゅごし)不入地(ふにゅうち)を廃する条を加え、検地を行うなどの(まつりごと)が功を奏しましたな。加えて雪斎殿の巧みな外交もございました。それゆえ、治部殿は二五〇〇〇もの大軍勢を尾張に向かわせることができたのです」

 どうだ? 義元マロ。お前の考えを見透かされた気分は。

 史実でお前がこれからやろうとしている政策だぞ。


「なっ!? なにっ!? そちは、マロの何を知っておじゃるか?」

 マロはさすがに虚をつかれた様子。

 よしよし。そうでなくっちゃな。見透かされたからといって、いきなりズバッと切り捨てはナシだからな。頼むぞ。


「守護使不入地を廃した以外では、寄親(よりおや)寄子(よりこ)制の強化。さらには商いの奨励といったところでしょうか」

 史実で義元が推進し領国を確固たる基盤にした政策だ。マロの顔色から正解だと分かるぞ。よしよし。

「……では重ねて聞くが、雪斎の外交とはいかなるものでおじゃるか?」

 よし。ついでに、目つきの悪い坊主も驚かしてやろう。

「されば……治部(今川義元)殿の息女を武田太郎(義信(よしのぶ))殿へ輿入れ、武田大膳(だいぜん)(信玄)殿の息女を北条新九郎(氏政(うじまさ))殿へ輿入れます。そして北条左京(氏康)殿の息女を治部殿が息の五郎(氏真(うじざね))殿が娶ります。これにて甲斐・相模・駿河三国の和を整える策かとッ!」

 史実で行われた今川=武田=北条の三国同盟のための婚姻政策だ。

 太原雪斎よ。お前はこれを実現させたいんだろ? どうだ!

 ほら、狼狽しているのが見え見えじゃないか。


「雪斎、士元殿の策はいかがでおじゃるか?」

「はっ。面白き策ではありますが……この御仁、些か危のうございますな。斬りますか?」

 キャーッ! 何てこと言い出すんですか。このクソ坊主が。

 おれを斬ったら大変なことになっちゃうぞ。そもそも今川家は外交使者を斬るような家風じゃないでしょ。

 ドキッとしたけれど冷静に考えて、おれを斬れるはずがない。おそらく脅しに過ぎないはず……。

 とはいうものの、背中が汗でじっとりする。

「雪斎よ。そちも策士を気取るなら、策で士元を驚かせよ」

 マロの咎めるような口調に「はっ! (かたじけ)なし。不作法を致しまして失礼つかまつった」と、即座に雪斎が平伏する。

 おっ! マロ、いいこと言ったな。首が繋がったよ。

 おれはマロにかなりの好感を持った気がする。


「して、そちの知る戦の仕儀はいかがであったかの?」

 義元マロは邯鄲の夢の話に興味津々の様子だから、話を始めるのでちゃんと面白がってほしいぞ。

「某の夢の織田は今と些か異なります。昨年、織田三郎(信長)は松平次郎三郎(広忠)を討ち取りましたが、某の知る松平次郎三郎は織田備後に追い払われるものの、命を拾いました。そして、松平は治部殿の助力を得るため、嫡子の竹千代(家康)を質として、この駿府に送ろうとしました」

 もちろん、これは史実の流れだ。

「おほほほほ。松平次郎三郎が生きておればさもありなん。おほほほほ」

 マロが北条氏との戦いに手こずっているうちに、一気に松平本家を滅ぼしたのが効いている。

 松平家は今川家と近しい関係なので、松平家が弱くなれば今川家は保護の名目で、三河を併呑するのが既定路線ともいえた。だが、その策を摘み取ってしまったから、マロは内心では織田にしてやられた、と考えているだろう。


「織田備後は戸田(とだ)弾正(だんじょう)康光(やすみつ))をして、駿府に送られる松平竹千代を奪いました」

「おほほほ。なるほど。織田備後殿は強かでおじゃるからな、さもありなん」

「その後、織田備後(信秀)は三河の小豆坂で、松平次郎三郎および雪斎殿に大敗いたします。その後雪斎殿は安祥城を攻め落とし、織田三郎五郎(信広)を生け捕りにし、松平竹千代と織田三郎五郎の交換がなされます」

「おほほほほ。我が今川は圧倒的でおじゃるな。続けよ」

 架空の話とはいえ、今川の圧勝なのでご機嫌。いい味出してるマロだなあ。


「やがて織田備後は病にて死去し、織田三郎が督を継ぎますが、家中がなかなか纏まりません。ようやく家中をまとめ尾張を平らげますが、その頃には、三河は治部殿の手中にありました。織田弾正忠家の勢いが弱ったため、鳴海の山口(なにがし)は治部殿に随身します」

「おほほほ。そちの知るマロは強いでおじゃるな。おほほほほ」

 強い今川にご機嫌なマロ。なんか可愛いやつだな。

 だが、これが本来の歴史なんだよ。


「はっ。全くもって、治部殿は強敵でございました。成長した松平竹千代を先鋒に、治部殿は二五〇〇〇もの大軍で三河を越え尾張に来襲しました。おそらく、熱田、那古野を狙ったのでしょう」

 もちろん、史実の桶狭間の合戦のこと。

「尾張の地は豊かでおじゃるから、駿遠三(すんえんさん)(駿河・遠江・三河)が落ち着けば次は尾張でおじゃるな」

 やはりマロの反応からも、史実の桶狭間の戦いは尾張の領土獲得戦だと分かる。

「ええ。定石ですな。織田三郎(信長)は、なんとか五〇〇〇の兵をまとめ上げました。なれど、治部殿の大軍勢を恐れ兵を出さなかった国衆もございました」

「兵力差は明らかでおじゃるからな。さもありなん。さもありなん。おほほほほほ」

 マロは非常にご機嫌の様子。架空の世界でもマロが圧倒的だからだろう。

 しかしこのマロは、目つきは悪いが妙に憎めない。おれはマロのことがかなり好きになったみたいだ。


「治部殿は一気呵成(いっきかせい)に尾張に攻め込みます。されど悪化した天気の影響と織田三郎が本陣のみを攻撃したため、桶狭間にて討ち取られてしまうのです」

「なっ!? なっ!? なっ!? マロが討ち取られてしまうのでおじゃるか?」

 そんな悲しい顔をしないでくれよ。邯鄲の夢だと言ってるじゃないか。

 まったく憎めないマロだ。


「織田にしては僥倖(ぎょうこう)ですが、その後の今川家はいかになったと、(おぼ)し召しか?」

 さあ、乗ってこい。乗ってこい。

 おれの知ってる強かな政治家の今川義元なら、このシミュレーションに乗ってくるぞ。

「マロが死んだ場合でおじゃるな?」

「ええ。今川家は五郎(氏真)殿がまとめました。が……まずは岡崎にて、松平竹千代が起ちました」

「おほほほ。あの松平どもなら、マロがおらねば、さもありなん」

 優れた政治家のマロでも、ごちゃごちゃとした松平家には手を焼いていたんだな。苦虫を噛み潰したような顔をしているよ。やっぱり、家康くんをお星様にして正解だったみたい。


「その後、松平竹千代とともに、この駿府を攻めた軍勢がありました」

「マロが討ち取られた後に駿府を攻めるとすれば……」

 やっと、マロもシミュレーションを楽しむ気になってくれたか。桶狭間でのマロ討死の場面では半泣きだったから、やりにくいことこの上なかったぞ。

 だが、ここからが本題だ。気合を入れろ。

「ええ、豊かで湊のある駿河を狙うとすれば……」

「た、武田大膳(信玄)でおじゃるな?」

 流石だぜ、マロ。史実では信長にあっけなく討ち取られただけに誤解されがちだが、どう考えてもマロは優秀な名君だ。

「さすがでございます。治部殿が富ませた駿州(すんしゅう)(駿河)と海を狙い、盟を破って武田が攻め込みこの駿府を蹂躙します」

「まことに武田大膳は、腹を空かせた虎が如しでおじゃるな。おほほほ」

「全くもって。駿河攻めに反対した治部殿の婿でもある武田太郎(義信)殿を自害せしめた(よし)

「おほほほほ。武田大膳ならさもありなん。おほほほほ」

「武田大膳が腹を空かせれば、盟など関係ありません。今川が弱れば、邯鄲の夢が夢ではなくなります」

「あの武田大膳でおじゃるからな」

「我が織田は今川と北条の(まつりごと)は受け容れられますが、武田とは相容(あいい)れません」

 おれが駿河に来た本来の狙いだ。今川と和議を結ぶと同時に、マロに武田信玄を警戒させて、今川・武田・北条の三国同盟を阻止する。


「おほほほほ。確かに織田の女傑はなかなかのものでおじゃるな」

「先日送りましたる木綿ふとんは、三河木綿で作ったものですよ」

「三河木綿であのふとんを作ったのでおじゃるか?」

 マロも木綿ふとんは気に入ってくれたようだ。プレゼント作戦の効果ありだな。

「ええ、長らく戦にて疲弊した三河を復興させるため、木綿栽培の奨励と買取を行なっています」


「そちの邯鄲の夢につい入れ込んでしまったな。おほほほ。してそちの願いは、腹を空かせた虎に食われぬように、今川・北条・織田の駿相尾(すんそうび)(駿河・相模・尾張)で和を結ぶことでおじゃるか?」

 やはりだ。優れた政治家のマロは、おれの意思を的確に見抜いている。

「はっ! さすが治部殿。ご明察でございます」

「マロの奥は武田大膳の姉ゆえ、すぐに武田と事を構えることはなかろうが、今川が隙を見せれば、駿河が危ないと言うことでおじゃるな?」

「ええ。治部殿のお考えのとおりでございます」


「雪斎! 今士元の言はいかがでおじる?」

 ここで、義元マロが雪斎におれの外交プランを(はか)る。

「我が策を見透かされたゆえ、薄気味悪いのですが、なかなかの策かと思います」

「そちの邯鄲の夢、マロは楽しめたでおじゃる。駿府で三日ほど逗留せよ。そのうちに決を下すでおじゃる」

「はっ!」

 ここでおれは平伏した。大いにマロは話に乗ってきたし、なかなかの手ごたえだ。

次話、左近がマロにダメ押し。未来知識を大いに利用します。


2/19(水)16:00ごろ 更新予定。


読者の皆さまのブックマークと(最終話の広告の下部分で入力可能)が、創作活動のモチベーションの源になります。


どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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