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第五七話 対決! 姫vs後奈良天皇

 ◆天文十六年(一五四七年)六月上旬 京 清涼殿(せいりょうでん)


 さて、室町幕府将軍の足利義晴との交渉を、当初の目的以上の成果をあげて大成功に収めた信長ちゃん。次のスケジュールは、天皇に拝謁(はいえつ)すること。現在の(みかど)は、後奈良天皇。

 後奈良天皇は諸国の戦乱を憂い、直筆の般若心経を諸国の一宮に奉納し、災厄を祈禳(きじょう)(祈ること)したと伝えられている。

 その後奈良天皇が、今回信長ちゃんを呼び出して話をしたいとのことだが、目的はいったいなんだろう。


 普通に考えたら、献金のお礼と今後もよろしく頼むね、といったところだろうか。

 他に何の話があるのか全く想像つかない。

 外交力・交渉力が高い信長ちゃんだから、帝から何を言われても今までどおり何とかしてくれるはず。

 とは思っているけれど、天皇の目的がイマイチ(つか)めないので少々不安が残る。事前の打ち合わせもできないので、ぶっつけ本番。彼女の実力しだいだ。


 ともあれ、清涼殿(せいりょうでん)という場所で、後奈良天皇に拝謁( はいえつ)することになった。

 大名の信長ちゃんはまだしも、つい二年前までは一介の大学生だったおれは、恐れ多くも天皇に拝謁する事実だけでも、緊張してしまうのは仕方ないよな。

 後奈良帝は、清廉(せいれん)な性格だったと伝わっている。だから、普通の対応で大丈夫だろう、と自分に言い聞かせておくしかない。


 それこそ、意外とかなりの親馬鹿な信パパに、祥姫との浮気のことがバレた後に対面するのを考えたら、ずっとずっと今回の帝の方が気が楽だし、生命の危機もない。

 うわあ。信パパに浮気がばれた事を考えたら、すごく胃が痛くなってきたぞ。今はきっとバレていないはずだし、余計なことは考えないようにしよう。


 飛鳥井爺ちゃんの先導によって、拝謁場所に来たところだが、思わずため息が出てしまった。清涼殿は、元々は美麗で荘厳な外観だったんだろうけれど、現状はといえばはっきりいえばボロい。朱塗りの柱の塗装が殆ど剥げていたりと、元々は多額の費用を掛けた建築なだけに、かえって惨めたらしい。この時期の朝廷の財政はかなり悪化していたと伝わっているし、建物のメンテナンス費用がないのだろう。国の顔ともいえる御殿だから何とかしてあげたいぞ。

 信パパがかつて四千貫(四億円)もの大金を、朝廷に献金した事があるが、名目は確か皇居の修築費用だった覚えがある。


 ともあれ、信長ちゃんとおれは、後奈良帝の前に進み拝謁する。御簾( みす)と呼ぶすだれの向こうに帝がお座りらしい。もちろん、簾越しなので帝の顔は見えない。

 予めイケメン光秀に教わった挨拶などの礼儀作法を何とかこなしていく。

 ふと、信長ちゃんの顔を覗えば、まったく緊張の色は見えず澄ました穏やかな顔。

 場数を踏んでるのもあるだろうが、この美少女中学生の姫は本番に強く、非常に頼りになる。


 後奈良天皇からは、社交辞令的な献金のお礼と今後の忠勤を頼む、との言葉をいただき、信長ちゃんも先日の叙位任官についてお礼をする。

 さて、ここからが本番だぞ。後奈良帝は何を言い出すのか。


「織田従五位(じゅごい)殿は女子の身なれど、戦場に身を任せていると聞く。いかなる所存か?」

 なるほど。こういうことを聞いてきたか。

『信長ちゃんは、女子なのになぜ戦争をしているのか?』ということ。

 もっともといえば、もっともな質問だ。


 質問自体は全く問題ないけれど、何よりおれがすっかり頭にきてしまったのは、周りにいる公家の数名が「まことに恐ろしきおなごよの。オホホホ」などと笑っていること。

 お前ら、ろくでもないことで笑うよりも、しっかりしろよ。だから皇居だってボロボロで、修理できないほどお金がないんだぞ。

 信長ちゃんが嘲笑されているので、とても悔しい。直答(じきとう)を許す旨が伝えられたので、信長ちゃんはいつもの調子で質問に答えても大丈夫。帝はともかくガツンと公家どもに言ってやってくれ。


(おそ)れ多くも気長足姫尊おきながたらしひめみこと神功皇后(じんぐうこうごう))が、夫である足仲彦天皇たらしなかつひこのすめらみこと仲哀(ちゅうあい)天皇)が(みまか)られたおり、他に武をもって治める者がおらなかったため、戦場を駆けたと聞く。ワシ以外に武をもって治める者がおらぬため、ワシが戦地に赴いているのじゃ」

 素晴らしいぞ。信長ちゃん。がんばれ。


「なるほど。尾張・三河・美濃を平らにしたさま、まこと気長足姫尊がごとくの勇であるな。見事じゃ」

 いいぞいいぞ。言葉遣いが正しいかどうかは、どうでもいい話だ。帝には伝わっているぞ。

「は。過分の称賛(かたじけな)し」

「して、織田従五位殿は、なにゆえ治めるのに武を用いるのか?」

 後奈良帝が核心を衝いてきたな。

『信長ちゃんが戦争をしている目的は?』ってこと。我が信長ちゃんはどう答えるのだろう。非常に大事な答えだぞ。


「衣食足りて礼節を知る、と申します。民の腹が膨れておらぬから、世が乱れます。民の腹が膨れれば世は(おの)ずと治まります。応仁の世より、世の道理に逆らって、武により民の腹を減らそうとする輩が日ノ本中に数多(あまた)おりますれば、道理に逆らう武をもちたる輩を討つために、ワシは武を用いるのじゃ」

 よしよし。その調子だ。

「民の腹を満たすために武をもって、道理を正すということじゃな?」

「はっ!」

 信長ちゃんとおれは平伏する。

 うまい! 信長ちゃんの真意は帝に伝わってるはずだ。

「織田従五位殿の志や見事である! 見事であるが……可能か?」

 ここが正念場だ。信長ちゃん、がんばれ!


「絶対にやり遂げる! ワシは二年前は那古野一万貫(二万石)を治め、兵は五〇〇足らずを率いてた。じゃが、今は尾張・三河・美濃・伊勢の八十万貫(一六〇万石)を平らにしたのじゃ」

「二年で八十万貫か。見事であるな」

 信長ちゃんのこれまでの統治実績だ。いいぞ。後は決意表明かな。

「ワシは、日ノ本の道理が正されぬうちは、幾夜戦地で鎧を枕にしようとも悔いはなしッ!」

 さすが信長ちゃん、言ってやったな。素晴らしい決意表明だ。


「織田従五位殿の高き志や天晴れである。日ノ本の道理を正してくれ。余も微力ながら助太刀しようぞ」

 おー! 帝に真意が充分伝わって、褒められてるうえに、協力してくれるって。最高の結果だ。

「はっ! ありがたき幸せなのじゃ」

「ときに……滝川左近殿とやらは、織田従五位殿の龐士元(龐統)と聞くが」

 あれれ? 意外なことに、おれにまで話がまわってきたぞ。どういうことだ? それにしても今士元の話が、帝まで届いてるとはな。京の公家たちは、まったくもって噂好きだ。

「はっ。我が主がため、誠意仕えております」と答えて平伏するしかない。

 くっ。帝は何が言いたいんだろう。おれにお鉢が回ってくるとは予想外の攻撃だぞ。

「龐士元だからといって、落鳳坡(らくほうは)(三国志の名軍師の龐統が若くして戦死した場所)で討たれることがあってはならぬぞ。しかと、織田従五位殿を支えるのだ。よいか!?」

 なんですか? この展開は。もちろん、彼女を支え続けるつもりだけれど、帝にまで命令されたら、もうやれるところまでやるしかないぞ。

「はっ! 有難きお言葉でございます。必ずや日ノ本の道理を正すまで、主を支えまする」

 ふう。めちゃくちゃ緊張したけれど、問題なく受け答えできたかな。


 こうして後奈良天皇との会見も、大成功に終わった。緊張してしまうので、このようなかしこまった場面は、今後あってほしくないな、とも思う。

 だが、信長ちゃんの交渉力の素晴らしさと凄さを改めて実感したぞ。

 それが、プライベートモードになると、ぜんざいやカステーラを愛してやまない美少女になる落差が、たまらないんだよな。

次話、上洛の目的を果たしたので新展開になります。


2/17(月)00:00ごろ 更新予定。


読者の皆さまのブックマークと(最終話の広告の下部分で入力可能)が、創作活動のモチベーションの源になります。


どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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