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第五二話 動物観察

 ◆天文十六年(一五四七年)三月上旬 尾張国 生駒屋敷


 信長ちゃんとおれは数名の馬廻りをお供に、尾張北部の美濃にも近い生駒屋敷(愛知県江南市)に来ている。史実で信長の死後に天下統一した男――ヤツを信長ちゃんに見せるため。屋敷の主は生駒(いこま)蔵人(くらんど)家宗(いえむね)。実名の家宗よりも生駒(るい)吉乃(きつの))の父親、と呼んだ方が通りが良いかもしれない。


 家宗は、先ごろ追放した犬山城の織田信清(のぶきよ)の庇護のもと、灰や油の商いによって財を成した豪商だ。史実の信長は、この生駒屋敷で情報を得るため通ううちに、初婚相手が戦死しため出戻っていた類を見初めて側室とする。

 類は結局、嫡男信忠(のぶただ)をはじめ、信雄(のぶかつ)、徳姫の三子を産むが、産後の肥立ちが悪く死んでしまう。信長は類を最も愛したともいわれており、嫡男の信忠を産んでいるため、実質上の正室扱いだったようだ。


「おうっ! 蔵人(くらんど)、調子はいかがじゃ?」

 信長ちゃんが家宗を目ざとく見つけ声を掛ける。

「いやあ、特に那古野の商いが好調で忙しく、まさに嬉しい悲鳴です。これも全て三郎様のおかげです」と家宗はほくほく顔。

 それはそうだ。那古野もまだまだ人手不足で人口が急増中だから、商売は好調でないと逆におかしい。


「あら……珍しい。三郎様ではありませんか。そちらの御仁(ごじん)は?」

 若い――おれよりも若干若い女性が声を掛けてきた。彼女がおそらく生駒類だろう。

 一言でいえば美人である。端正な顔つきで、すっとした切れ長の目をしていて、現代にも通用する美しさだ。

「はっ! 三郎様に仕えております、滝川左近と申します」

「この左近が、生駒屋敷に面白き動物がおるというでな。ともに参ったのじゃ。ワハハ」

 久方ぶりのデートと勘違いして、妙にご機嫌な様子の信長ちゃんだ。

 ごめんね、信長ちゃん。今日も仕事の一環なのです。


「まあ。左様でしたか。馬ぐらいはおりますが、珍しき動物など飼っておりませんよ。おほほ」類は上品な笑いを返す。

 いわゆる『織田顔』に近い端正な顔つきの女性だけど、活発な感じはしない。お嬢さん、といった雰囲気だな。

 普段はボーイッシュと呼ぶ以上に、男勝りな信長ちゃんが横にいるだけに、お嬢さま風の生駒類には新鮮な魅力がある。


「織田の姫様と、今をときめく滝川左近様がいらっしゃるとは、生駒屋敷は凄いところでござるなあ」

 いきなり声が掛かった。明るく話す貧相なガキ。こいつだ。ヤツに間違いない。

「ヌシは?」

 信長ちゃんの問いかけに、調子よく答えるこいつが実質的に織田家を滅ぼした男だ。

「いきなりご無礼(つかまつ)った。拙者、木下藤吉郎と申します。姫様、左近様、今後ともよろしゅうに」

 やはりだ。木下藤吉郎。後の豊臣秀吉である。


「類! 動物を飼っておらぬとの話だが、ここにサルがおるのじゃ」

「おほほ。藤吉と申しまして、(いささ)か目端が利くゆえ、先頃から下働きをしておりますのよ」

「で、あるか。サル、励めよ」

「はい! 拙者、侍になりたくて、生駒様の元で修行をしておりまする。アハハハハ」

 秀吉は屈託なく笑っている。確かに如才ない働きはできそうだ。初対面の信長ちゃんにも、いきなり距離をつめる感じといい、伝承どおり『人たらし』と言える魅力がある。


「ほーっ!? ほーっ!? 侍にのう」

 信長ちゃんが、いつもの相手を見定める時のように、秀吉の目や顔、身体つきなどをマジマジと観察している。彼女が秀吉に対して、どのような判断を下すかに興味があった。


「蔵人! 類! またな。――さこん、でえとは仕舞じゃな。那古野に戻ろうぞ」

 こうして秀吉目当ての動物観察は終了した。

 現代で信長ちゃんと動物園デートをしたら、好奇心の塊だからきっと面白くて飽きないだろう、と妄想してしまう。

 この時代の日本には、存在しないライオンやパンダやゾウ。比良では見つからなかった大蛇も、現代の動物園なら見れるはず。ニシキヘビやアナコンダなど一〇メートルにもなる大蛇を見せたら、信長ちゃんはどんな反応をするんだろう。叶わない夢だけれども、動物園に連れて行きたい。


 ◆天文十六年(一五四七年)三月上旬 尾張国 那古野城


 秀吉観察を終えて那古野城に戻った後は、湯殿で外出した際の埃をさっぱり落とし、屋敷の居間で寛ぐ。

 横にちょこんと座る信長ちゃんも、おれの後に風呂に入って、ほのかな色気を醸し出している。彼女は外出後の入浴がすっかり気に入っているのだ。


 秀吉と会って話した結果、おれの結論は決まっている。秀吉は人当たりよく仕事も抜群にできるため、特に目上には気に入られるだろう。だが、同格や格下相手とは軋轢を生む懸念がある。上昇志向が強すぎるのも気になるうえ、生来の性格の酷薄さ(第三七.五話参照)。

 そこで、秀吉には織田家の御用商人になってもらいたい。


 将としての実力だったら、冷静に考えてイケメン光秀の方が上と見る。光秀以外にも、森可成や柴田勝家、丹羽長秀を始めとして、織田家の将の質と数は史実よりも遥かに有利。

 周囲に摩擦を発生させるであろう秀吉を、あえて雇うメリットは見つからないのがおれの見解。織田家にとっても、秀吉にとっても良い結果となる気がする。彼が成果を上げたなら高給で報いればいい。 

 それこそ、秀吉の妻のねね――後世の北政所(きたのまんどころ)を雇う方が、織田家のためになる気がする。


 湯上がりでリラックス中の信長ちゃん。申し訳ないけれど本日の外出の目的――秀吉のことが気になるので尋ねてみる。

「姫、生駒屋敷はいかがでしたか?」

「うむ! なかなか楽しめたな。だがやはり、さこんも類のような美形な女子を好むのではないか?」

 お嬢さん風の生駒類。確かに美形だけれども、何かが違う。古風な感じの美人よりも、現代風で目がクリっとしている信長ちゃんの方が断然好みだ。


「姫のほうが数段美形で、おれ好みですよ」

「巷では、類は美形だとの噂だが……ふうん。ワシのほうが好みであるとは嬉しいのじゃ」

 信長ちゃんはニコニコと満足そうに微笑んでいる。ほんとに可愛いところがあるんだよな。ちょっとしたジェラシーを、美人の類に感じたのだろうか。


「して、あのサルはいかがでしたか?」

 本題の秀吉についても訊いてみよう。

「おーっ。サル! 藤吉と言っておったな。ふむ。侍になりたがっていたあやつか……」

 信長ちゃんは思い出すように少し考え込む。

「すっと目上に取り入る様は見事ではあるな。だがおそらく力を与えれば、同輩や格下に災いを成すであろう。――しかし、如才なく仕事をこなすであろうから惜しいな」

 さすが信長ちゃん、よく見ている。

「で、では!?」

 結局信長ちゃんは秀吉をどうしたいのか。

「うむ! 織田屋の手代(てだい)(従業員)にして励んでもらうかな」

「はっ! さすが、姫。よきお考えかと思います」

「で、あるか!」

 信長ちゃんはニンマリ。図らずとも秀吉への対応が、おれと一致したのを感じとったのだろう。


 こうして秀吉くん(十一歳)の『藤吉郎立志伝』はジ・エンドだ。太閤コースは存在しない。諸国との通商や商品開発などで、織田家のためにしっかり稼いでくれ。

 秀吉くんが史実で築城した大阪城は、気が向いたら築城してあげるから安心していいよ。この世界では、秀吉くんは武士にならない方が、きっと幸せな人生を送れるはず。おれが断じて、織田家の簒奪など許さないからな。

 手を抜いちゃダメだぞ。よろしく頼むぜ。


 仮に他国に秀吉が仕官するようだったら、一思いに暗殺することも考えていたので内心ほっとした。悪辣な手段で史実の著名人を闇に葬るのは、さすがに気が引けてしまう。それに、いつも激務な多羅尾光俊以下の諜報衆の仕事を、増やさないで済んでよかったぞ。ハードワークで貴重な忍びが倒れても、いざというとき困ってしまうからな。

次話、久しぶりに美濃に向け信長・左近が揃って出陣します。


2/14(金)06:00ごろ 更新予定。


読者の皆さまのブックマークと(最終話の広告の下部分で入力可能)が、創作活動のモチベーションの源になります。

どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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