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第四八話 友との再会

 ◆天文十六年(一五四七年)三月上旬 三河国 安城


 那古野に飛んで帰りたい気持ちはあり過ぎるほどあったけれど、お金を一銭も持っていない軽装な男一人旅はいかにも不審だし、またもや暴徒に襲われたらひとたまりもない。

 軟禁されていた小屋から脱出してから、旅籠はたごに滞在し焦れること二日。那古野から待望の太田又助(牛一)がやってきた。


「おお、又助! お前自ら来てくれたのか。ありがたい!」

「左近が生きているとなれば、金子を送るだけでは申し訳ないよ。うっふっふ」

 親友の相変わらずの口ぶりに、懐かしくて嬉しくて涙が出そう。何はさておき信長ちゃんの様子が気になった。

 急かすように牛一に尋ねる。

「いやいや、本当に嬉しい。ありがとう。助かったぞ。で、那古野の様子はどうだ? 殿や大殿、それにみんなはどうしている?」


「左近がいなくなって、那古野は大騒ぎだったんですよ。大蛇に飲まれたのではないか、とはじめは噂されたんです」

「大蛇? ああ、比良(ひら)の蛇がえのあとだったからな」

 比良の大蛇騒動(第四三話参照)を思い出して苦笑する。

「それからすぐに、左近の刀と文が殿宛てに送られてきて、(かどわ)かされたことが分かったんです。うっふっふ」

「なんと! あの刀は無事であったか。望外の喜びだな。それで差出人は分からぬのか?」

 大事なプレゼントの大小の刀が、那古野に戻っているのは意外で嬉しい知らせだ。すっかり諦めていた。詳細は分からないけれど、かなり高価な刀なので、売り捌いてもかなりの値がつくはずだったしな。

 なのに、犯人が刀を売却していなかったのは、足がつくのを恐れたのだろうか。どうやら金には困っていないようだ。とはいえ未だに、犯人の目星が全くつかず落ち着かない。


「殿は左近がおらなくなってから、たいそう気落ちされましてな。多羅尾(たらお)(光俊)殿の手を使って、方々(ほうぼう)を探していたのですよ。うっふっふ」

 なるほど。甲賀衆の探索網に引っかかって、あの屋敷にお奈津が潜入してきたのか。軟禁場所はわかっているのに、信長ちゃんが救出作戦を実行してくれなかったのはなぜだろう。彼女の具合が悪かったのか、それとも大っぴらに犯人を暴くとまずい相手――もしや織田家の内部犯か?

 安祥城で見かけた信広兄の顔が脳裏によぎった。史実の信長は、弟の信行、兄信広を始めとした一族との争いに、孤軍奮闘で多大な犠牲を払ったことを思い出して暗澹たる気分になった。実力差は明らかなのだから、身内での争いは勘弁してくれよな。


 善後策は那古野で信長ちゃんと相談して決めるとして、現在の彼女の様子はどうなんだろう。

「して、殿の様子はいかがだろうか?」

「昨年十月に、気鬱(きうつ)が酷くなりましてな。しばらく、飛騨(岐阜県北部)へ湯治に行っておられたはずです。少し前に那古野に戻られましたが……。まったく、左近も罪な男ですな。うっふっふっ」

 気丈な信長ちゃんとはいえ、年齢は女子中学生相当。おれが長きに渡って失踪していたので、平常心ではいられないのは当然の話。

 まんまと、(とら)われの身になる不甲斐のない男でごめんなさい。

「茶化すな! 姫――いや殿の今の加減はいかがだ?」

「左近が安城にいると分かって、殿はようやく笑顔になりましたな。うふ」

「ならば良かった。ひとまずは安堵したよ。して、おれがいない間の戦などはいかがだろうか」

 信長ちゃんの無事がとりあえずは確認できた。となれば、気になってくるのは、周囲の状況。おれがいない間に、どこで何がどう動いたのか。


「昨年秋には、美濃(岐阜県)斎藤と戦いましたな。返す刀で、北伊勢(三重県北部)にも攻め込みましたよ。どちらも鮮やかな勝利でしてな。うっふっふっ。大殿も含めて、主たる者はみな健勝ですよ」


 伊勢への出兵は既定路線だったので、予想はしていたけれど、信長ちゃんが美濃にも出兵したのは意外だった。斎藤義龍(よしたつ)が、父道三を排除しようと決起したのだろうか。クーデーターの種は仕込んでいたけれど、彼女は好機とみて、臨機応変に出兵したのだろうか。さすが信長ちゃん、やるときはやる。

 織田家に主だった戦死者が出ていないのは実に幸いだ。見事な采配だったのだろうな。

「負ける戦はしていないと思っていたけれど、勝ち戦はなによりも嬉しい報せだぞ。美濃は斎藤新九郎が謀反を起こしたのか?」

「ええ。美濃は道三殿を助ける戦、北伊勢は降って参った神戸(かんべ)の後詰ですな」

 なるほど。美濃では史実と同様に斎藤義龍がクーデターを起こしたので、道三救援のための出兵。北伊勢では有力国人領主の神戸氏を臣従させて、その後救援出兵をしたのか。おれがいない間も、果敢に勢力拡大と維持に励んでいた信長ちゃんに舌を巻くほかない。


「さすが、殿である。おれがいない間も、見事な戦さばきであったな」

「殿も『左近が戻ったら我らの戦果を見せつけるのじゃ』と心待ちにしていましすよ。うふ」

「そうだな。早く那古野に帰ってゆっくり話を聞きたいぞ。権六(柴田勝家)や三左(森可成)にも会いたいしな」

「ええ。権六も三左も心配していましたからね。丹羽五郎左(長秀)殿も、左近がいないので仕事が難しくなる、とこぼしておりましたよ」

「五郎左が? 何ゆえおれがいないと、五郎左の仕事が難儀になるのだ?」

「もちろん、左近がいないと殿の機嫌が、悪くなることが多いからですよ。うっふっふ」

 なるほど。そういうことか。早く那古野に戻って、信長ちゃんにおれの無事な姿を見せて安心させなきゃな。

「確かに。殿の機嫌がいいと、ヤツの仕事も(はかど)るかもしれないな。戻ったら、存分に(ねぎら)おう」

「五郎左殿は、昨年夏に殿に献上したひつまぶしが好評だったので、織田屋食堂で売り出したのです。しばしば器量が良い女子とともに食べているようですよ。うっふっふっ」

 なんで牛一は、長秀のデートコースを知ってるんだよ。相変わらずの情報網で恐ろしいヤツだぜ。


「ひつまぶしかあ。アレはうまいな。織田屋食堂で売ってるのなら、戻ったら是非に食おう」

 昨年春に、長秀にひつまぶしのレシピを渡していたが、織田屋食堂で売り出すまでやっているとは思わなかった。さすが長秀、できる子だよ。

「織田屋食堂では、頼んだ食事を那古野の城に出前をしてくれますよ。うふ」

 おれがいない間に、長秀は出前システムまで作り上げていたのか。やるなあ。

 さすが史実のライバル。素晴らしい。

「出前とは便利で素晴らしい仕組みだな。那古野に戻ったら、権六、可成、五郎左もおれの屋敷に呼んで、ひつまぶしを振舞おう」

「皆さん久しぶりですから、きっと喜びますな。それに、左近の屋敷の湯殿も皆さん楽しみにしていますからね。うっふっふっ!」

 湯殿は快適だし贅沢な振る舞いだから、確かにみんな喜ぶだろうな。でも今回は、おれが第一に湯船にゆっくりと浸かりたい。

「おれも湯殿でさっぱりとしたいよ」

「ですな、うふ。皆さんには、明日に左近が那古野に戻る(よし)、伝えておきました。うっふっふっ」

「手際いいな。助かるぞ」


「なあに。あっ、と驚くお方も恐らくいらっしゃると思いますよ、うふ」

 あっ、と驚く人って誰のことだ? 信長ちゃんならば、牛一も仲のよさも知っているし、特に驚くほどではないだろう。もちろん、一番に会いたいのは信長ちゃんだけけど。

「珍客があるのか。それは楽しみだな」

 こうして牛一と二人で、およそ一年ぶりの那古野に帰ることになった。信長ちゃんや仲間とはもちろん会いたい。だがおれがこの時代に来て、やってきたことの(あかし)ともいえる那古野の町が、どのように一年で変わっているかが実に気になってしまう。

「しかし、これ以上帰りが遅くなって心配させるのもまずい。そろそろ那古野に戻ろうか」那古野の様子が早く知りたくて牛一を急かす。

「ええ、急いで帰るとしましょうか。うっふっふ」

「よしっ! 馬を借りて、急ぎ戻ろうぞ!」

「ええ。ただし慌てていると、また何者かに(かどわ)かされてしまいますよ、うふ」


「冗談でも勘弁してくれっ!」

 軟禁中は時間が有り余っていた。商品や料理の研究・開発計画も含め、政治・戦略についても、充分に検討する時間があったのは僥倖(ぎょうこう)ともいえる。きっとこれからの動きにプラスになる、いや絶対プラスにしてみせる。

 けれど、二度と虜囚(りょしゅう)の身は勘弁願いたい。


 あの気丈な信長ちゃんが、気鬱で湯治が必要だなんて、思いきり心配してくれたんだろう。おれの身を心配させるような思いを、二度とさせてはなるものか。そう強く決意して那古野へ急いだ。

次話、那古野に戻った左近。懐かしい面々との久しぶりの再会。ところが驚愕の事実が。


2/11(月)00:00ごろ 更新予定。


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どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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