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第三六話 姫vsマムシ……そしてヤツが来た

 ◆天文十五年(一五四六年)二月中旬 尾張国 正徳寺(しょうとくじ)


 選抜した那古野勢精鋭の八〇〇を率いて、斎藤道三との会見場所の正徳寺に昼過ぎに到着した。

 史実の信長と同様だが今日は信長ちゃんも、狩衣(かりぎぬ)長袴(ながばかま)という男子の正装に着替え、会見に臨む。

 ポニテで男子正装の信長ちゃんは、凛々しい若武者の風体(ふうてい)だ。


 眼光の鋭い目の前の痩せた老人が鋭い声を掛けてきた。美濃の(まむし)こと斎藤道三(どうさん)である。

「斎藤山城(やましろ)である!」

 さすが、戦国屈指の梟雄(きょうゆう)。かなりの迫力だが、信長ちゃんの対応はどうだろう。           

「で、あるか! 織田三郎じゃ。此度(こたび)はご足労(そくろう)(かたじけな)い」左の上座に座る信長ちゃんが、堂々と答える。


「お見事な武者ぶり、やはり新九郎(斎藤義龍)では、物足りぬのか」

 探るような視線の道三は、信長ちゃんの器量を推し量るつもりなのかもしれない。正念場だぞ。

「美濃には、遠からぬうち変がございますゆえ、ワシの嫁入りの儀は、危ういのでお断り致しました」

 マムシに対して我が信長ちゃんは、あっさりと悪びれず返答する。


 よし、いいぞ! さすがのマムシも虚をつかれた様子。

「変が起きて危いじゃと?」

「いずれ新九郎殿を立てて、美濃で変が起こるのは必定(ひつじょう)かと。その際に蝮殿は、この義姉(あね)の元に逃げられるのじゃ」

 信長ちゃんの妹の桜姫を、美濃に嫁がせる縁談について、既に道三からは了承の旨の返信が届いている。

 そこで信長ちゃんは『美濃で政変が起きたら、お前を支援するぞ。逃げてこい』と言ってるわけ。道三は五五歳で美濃国主。対する信長ちゃんは、数え十三歳だ。なんて凄まじい度胸なんだろう。


「なるほど、よく見える目を持っているな。気に入ったわ。義姉(あね)よ、よろしく頼む」

「ワハハ。ふつつかな義姉(あね)であるが、桜ともどもよしなに頼むのじゃ」

 道三も心当たりがあるのか、失礼ともいえそうな信長ちゃんの物言いに、まったく怒らない。それどころか上機嫌の様子。この世界でもどうやら、道三と信長ちゃんの相性は抜群のようだ。


「ワシの奥の縁者に面白き男がいるので、尾張に連れて帰り鍛えてくれ。此度(こたび)の婚儀の引き出物代わりじゃ。

 ワシの秘蔵の明智十兵衛(じゅうべえ)である」


 えっ!? まさかのラスボス降臨なのか?

 ドクンドクンと心臓の鼓動が早くなって、心拍音が聞こえる気さえする。

 明智十兵衛といえば明智光秀。どう考えても人違いじゃない。


 もちろん明智光秀は、史実で本能寺の変の首謀者だ。それに、あの本能寺の悪夢の際にも謀反を起こしている。

 いつかヤツと、接点があるとは思っていた。だが、予想以上に早い光秀の登場に、寒い季節なのに、背中がじっとりと汗ばんでしまった。


 落ち着け落ち着け。

 美濃のマムシの前で、動揺を気取られるわけにはいかない。

 ふぅうっと、深く呼吸をひとつ。

 どう考えても本能寺の変の再来が、明日明後日に起こるわけじゃない。まずは監視を徹底して、様子を窺うぐらいしかない。


 斎藤道三は、三間半(六.三メートル)の長槍三〇〇、鉄砲三〇〇、弓二〇〇を率いた信長ちゃんに、先見性と頼もしさを覚えたのだろうか。

 いくらウマが合うとはいえ、まさか優秀な光秀を寄越すとは思わなかったぞ。


 史実の光秀は、息子の義龍に道三が滅ぼされた後は、長い間放浪生活を送ることになる。織田家への仕官は、現在から二〇年以上も後のできごと。どんどん史実との乖離が、大きくなっていき予想が全くできない。


 史実とのズレも気になるけれど、光秀をどのように信長ちゃんが評価するかも、とても気になってしまう。何といってもラスボスだからな。

 斎藤家からの客将という立場だし、難癖をつけて誅殺をするわけにもいかないぞ。とりあえずは、織田家で力を発揮してもらうしか道はない。きっと優秀な光秀は、期待に応えてくれるはずだ。


 光秀が現段階で信長ちゃん配下になると、史実で光秀が重要な役割を果たした足利義昭(あしかがよしあき)との伝手がなくなってしまう。

 天下統一のための上洛(じょうらく)の大義名分を、どのようにするか悩むけれど、現在はまだ十二代の足利義晴(よしはる)の時代だし、おいおい考えればいいだろう。


 マムシの横に座っていた光秀は、おれより少し歳下のようだ。涼し気な目元が印象的で、一言で言えばイケメンである。

「かの左近殿に、ご指導を(たわま)れるとは、感激の極みです」などと、爽やかな笑顔で挨拶をしてくる。

 人柄も良さそうで礼儀も欠かさぬ常識人だ。

 くっ。勝てる要素が見つからねえ。


◆天文十五年(一五四六年)二月中旬 尾張国 那古野城


 がたがたっ……だーんっ!


 正徳寺から那古野に戻って自宅でくつろいでいると、信長ちゃんが訪ねてきた。

 ちょうどいい。ラスボス光秀のことを聞いてみよう。信長ちゃんの人を見る目には、定評がある。


「さこん、ともにぽかぽかしようぞ」

 彼女は一瞬ニコッと微笑むと、小走りに駆け寄ってきて、左横にささっと座る。

 なんて可愛い動作なんだ。信頼され、愛されている実感があって嬉しい。

「姫、(まむし)相手に見事でしたぞッ!」

 会談を成功裏に終えた信長ちゃんを労う。

「で、あるか!」

 彼女はニンマと満足げな表情だ。


「明智十兵衛のこと、いかが思われる?」

 本題ともいえる気になることを尋ねてみた。

「男ぶりよく女子には人気が出ような」

 はい。不細工ではないけど、いたって普通顔のおれは勝てません。

 最初から白旗だな。


 しかし、光秀はきっとハゲるぞ。キンカン頭と言われたエピソードもあったはずだし。あ、いや。問題は髪の毛ではなく、光秀が本能寺の変の首謀者だってこと。


「十兵衛は使える御仁ではあると思う」

 ヤツは史実で大出世するんだ。きっと仕事もできるはず。間違いないだろう。

「誇り高き男かもしれぬな」

 確かに信長ちゃんのいうとおり、プライドが高いかもしれないぞ。


「追い込まれると、諦めて捨て鉢になり、思わぬ事をしでかす弱さがあるかもしれぬ」

 信長ちゃん、ザッツライト。ヤツは、本能寺の変を起こしちゃうんです。

 本当に、この姫の観察眼には恐れ入るな。

「おれは思わぬことで、十兵衛が姫の害にならぬか恐れております」

「ワシがいざというときは、さこんが守ってくれるのであろう?」

 上目遣いのすがるような目で見上げてくる。

 この目におれはまったく弱い。


「はっ! 必ずや姫を守ります」

「いかに追い詰められようと諦めずに、ワシを守ってほしいのじゃ。さこんは十兵衛と違うのじゃ。左様であろう? さこん」

 再び縋るような眼差しだ。


「任せてください。おれが、絶対に姫のことを守ります」

「左様に(したた)かで、頼もしい左近が好きじゃ」

 ド直球の告白がきたぞ! これが肉食系ってやつなのか?


「おれも姫の事が大好きです」

 素直にストレートに言うしかないよな。

「うふふ、嬉しいぞ。こうして好きなさこんといると楽しくて心が踊るのじゃ」

「おれも姫とこうしていると、楽しく心が踊ります。これをラブラブと申します」

「らぶらぶじゃな? この様子をらぶらぶというのじゃな?」といいながら、頭をおれの肩に寄せてくる。


 他人が見たら、もう言い訳の仕様がない状態だ。

 だけど十三歳の中学生で、姫であり上司であろうと、おれの素直な気持ちなのだからしょうがないだろ。


 ――だが。

 信長ちゃんと二人で最期を迎えた本能寺の悪夢が、段々と実現しつつあるのが恐ろしい。それこそ光秀を今のうちに始末すれば、本能寺の悪夢は回避できるんではないか、などと実現不可能な考えをしてしまった。


(第一部 鳳雛編 了)

第一部完結です。

ご読了まことにありがとうございます。

第二部以降も引き続きお楽しみいただけると感謝感激でございます。


読者の皆さまのブックマークと(最終話の広告の下部分で入力可能)が、創作活動のモチベーションの源になります。

どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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