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第三〇話 信長ちゃんの妹

 ◆天文十四年(一五四五年)十月七日 尾張国 那古野城


 どんっどんっどんっ! どんっどんっどんっ!


 おや。こんなに朝早くから信長ちゃんのお出ましとは珍しい。

 どすりと座卓に座った信長ちゃんはあのうす緑色の髪飾り。今日は、ポニーテールをオレンジ色の平紐で仕上げている。

 やっぱり、昨日は『ノー』と答えてよかったな。好みの信長ちゃんを、見ているだけで幸せになれる。


「さこん! 美濃の(まむし)であるが、ワシらの勝利を知って嫁を求めているのじゃ」

 美濃のマムシこと斎藤道三(どうさん)は、尾張守護の斯波(しば)義統(よしむね)を手中に収めた織田弾正忠(だんじょうのじょう)家を、脅威と感じたのだろう。耳が早く(したた)かな男だな。

「なるほど。マムシならそういう事もあるかと」

「元々はワシの嫁入りの話があったのだが、左近のおかげもあって流れたのじゃ」

 何やら照れ臭そうな笑顔をしている。おれも嬉しくなってしまうぞ。

 夏におれがこの時代にやってきた時には、信長ちゃんが道三長男の義龍に嫁入りする話が持ち上がっていた。


「ええ」

「そこで代わりにワシの妹でどうか、という話になったのじゃ」

 信長の妹……。あ! そういえば、史実の信長は道三の娘の帰蝶(きちょう)濃姫(のうひめ))と結婚したときに、斎藤家と重縁(じゅうえん)にしたんだっけ。

 あまり知られてない話だが、斎藤家から帰蝶が嫁入りすると同時に、織田家からは信長の姉か妹を斎藤道三に嫁入りさせたのだ。つまり、信長は道三の義理の息子であり、義理の兄弟でもあるわけ。冷静に考えるとすごい年の差婚だよな。


 史実で道三の嫁に行ったのは確か信パパの三女で、側室の娘だったかな。名前も生没年も分からない女性だ。

 この世界では、信長ちゃんが三女だから辻褄が合うな。

「なるほど」

「さこんも尾張の策で、父上に知略を認められた。ゆえに、美濃との婚儀につき思うところを述べよ、とのことなのじゃ」


 あれ? 待てよ。昨日、信長ちゃんの妹をおれが嫁にするか、という提案をぶつけられた。そこで、おれがノーと断ったから妹がマムシの嫁に行くことになるのか?

 責任を重く感じてしまうぞ。夫として、マムシがいい夫かもしれないけれど、しばらくすればマムシもクーデーターで死ぬはずだ。


「結婚の相手は、道三でしょうか? 新九郎(義龍)でしょうか?」

「どちらでも構わぬそうじゃ」

 結婚相手が、道三の息子の斎藤義龍だとしても早くに病死してしまう。

 それに、おれとしては美濃を攻める大義名分がほしい。


 尾張を統一して、今川の脅威を取り除いた次の手は美濃を獲りたい。なんといっても、美濃は豊かな国だ。一気に国力を強化できる。

 史実よりも織田家は強くなったので、結婚話を蹴るという選択肢もアリかもしれないぞ。


「なるほど」

「ワシと同じ歳だが、ずっと父上の側で育てられたので、よくは知らぬ妹なのじゃ」

 信パパの子どもは二五人いたんだっけかな? 素性がよく分からない妹がいてもおかしくない。


(くだん)の妹は(さち)という。しばらく那古野に置くゆえ、妹の性格なども含め判断せよ、とのことじゃ」

「はっ!」

 しかし、信長ちゃんの妹に会ってしまうと、斎藤家との政略結婚を賛成しにくくなるよな。

「ワシはすでに祥には会ったのだが……」

 信長ちゃんが珍しく歯切れが悪くて、困惑しているような顔だ。


「何か不都合でも?」

「どうにも判断がつかぬ。しばし待っておれ。今連れてくるのじゃ」

 信長ちゃんの妹なら、やはり美少女なのかな。母親が違うとはいえ、ある程度は期待できるだろう。


 ――しばらくして。


 どんっどんっどんっ! どんっどんっどんっ!


 信長ちゃんの足音しか聞こえないぞ。まあ、普通の女の子ならな。クスっと笑いがこぼれてしまった。

「さこん、祥なのじゃ」

「左近殿、お初にお目にかかります。祥でございます」


 丁寧に挨拶する妹ちゃんに視線を向けると、

「えっ!?」

 呆気にとられてしまった。双子じゃないのか?

 似ている。祥姫は、姉の信長ちゃんと非常に似ているのだ。よくよく見れば、目力が違うというか。信長ちゃんより優しい印象があるが。

 陽と陰。いや、剛と柔といった感じだな。


 たしか双子は縁起が悪いとされて『()み子』とされていたはず。親戚に預けられる場合や、ひどい場合は捨てられてしまった場合もあったとか。

 それで、祥姫が信パパの元でひっそり育てられたのかも。辻褄が合うな。


「滝川左近です。お初にお目にかかります。そ、その……似てますよね?」

「ワハハ。さこんの斯様(かよう)な顔は初めて見るのじゃ。判断つかぬというのもわかるじゃろ?」

「わたしも驚きました。ねえ、姉上?」

「で、あるな!」


 イタズラっ子顔の信長ちゃんと、優しく微笑む妹ちゃん。どちらも美少女だ。ある程度、ふたりは既に打ち解けている様子。

 妹ちゃんは『姫』の着物に『姫』の髪型だから、簡単に見分けはつくが。

「さこん、ワシは参るぞ」

「左近殿、またいずれ……」

「はっ!」


 美少女姉妹は行ってしまった。

 あの妹ちゃんが、おれが断ったばかりに政略結婚だと? 信長ちゃんとそっくりなだけに、他人とは思えないんだ。

 祥姫が政略結婚をしないで済む方法はあるのか?

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