表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

31/130

第二七話 討ち取ったり

 ◆天文十四年(一五四五年)十月四日 三河国 安祥城付近


 安祥城に近づくにつれて、防戦状況が分かってきた。喚声や物音はするけれど、城攻めがされていない。おそらく、我が軍の反撃で、攻め寄せてきた岡崎勢を、押し返したのだろう。つまり、有利または勝ちってわけ。

 気分が楽になり、安堵の息が漏れた。きっと信長ちゃんも無事だろう。


 ふと、三騎の騎馬武者がこちらに駆けてきた。敗走してきた敵の将だろうか。いずれにしても、味方の将ではない。ならば逃しはしないぞ!

槍衾(やりぶすま)用意! 弓と鉄砲、射撃はじめェエ!」

 槍衾は騎馬の勢いを止めるため。槍の石突(いしづ)き(槍の柄の元部分の金具)を地面に突き刺して、槍の穂先を斜め前方に集団で突き出す戦法。槍衾によって騎馬の突進を防ぐんだ。


 鉄砲の照準を合わせようとしたとき、馬を矢で射られたため、落馬した一人の武者が目に付いた。鎧武者はよろよろと立ち上がろうとしている。牛一が馬を止めたのかもしれない。

 おれの獲物はお前だ。狙いを定めて引き金を落とす。

 ――射撃成功。ドウッと倒れる。

 弓隊と鉄砲隊の面々も散々に撃ちかけて、残り二人の騎馬武者も動かなくなった。

「よおし! 撃ち方やめぇえい!」


 伏兵に志願した甲斐があった。史実でも大勝だったし、松平勢が敗走するなら確実に名のある将を討ち取りたい。おれ自身の武功につながって織田家中での発言力も増すだろうし、松平勢の弱体化に繋がる。

 目論見通りの戦果に満足してガッツポーズをしたくなる。だが配下もある身。落ちついて討ち取った騎馬武者を検分しなくては。


 ゆっくりと歩みを進めて、仕留めた武者の様子を窺う。青白い顔で二十歳ぐらいのおれと同じ年回りの若武者。目に生気がないので、既に絶命しているようだ。見覚えのない顔だが、鎧に描かれた家紋は知ってるぞ。ドクンと心臓の音が聞こえた気がする。

 テレビで観た『水戸黄門』の印籠にあった『三つ葉(あおい)』の家紋。つまり、敵大将の松平次郎三郎(じろうさぶろう)広忠(ひろただ)だ。


「松平次郎三郎(じろうさぶろう)ォオ討ち取ったりィイイ!」

「オオオオオオオーッ!!」

 大声で吠えると、味方は大歓声で湧き上がる。

 よし! 大将の討死を浸透させれば勝ちだ。勝手に敵兵は四散するだろう。

「総員、叫べぇえ! 無抵抗な兵は逃してよい」

「松平次郎三郎をォ! 討ち取ったァア!」

「松平次郎三郎ォ! 討死にィイ!」

「敵大将を討ち取ったァア!」

 命令に、織田兵たちが叫び、さらに歓声があがる。


 正直なところ死体を扱うのが、気持ち悪かった。情けないことだが、鉄砲隊の兵に頼んで、松平広忠の首の切り取りと運搬をお願いする。いったん首を持ってみたけれど、ズシッと重いんだな。

 今回は大将を仕留めた勝ち戦だから、さほど問題にはならない。だけど、勝ちを収めるまでは、今後は首級(しゅきゅう)を打ち捨てた方がいいかもしれないな。重い首を持ち運ぶと、機動力は格段に落ちる。


「左近、敵大将とは大手柄ですな。さすが死神左近! うっふっふ」

 太田牛一が、ニコニコと声を掛けてくる。

「又助が馬を止めたんだろうが」

「さあ? 勝手に落ちたんではないですかな、うふ」

 牛一、お前はまったく気のいい奴だよ。信長公記になんて書くんだい?

 兵たちに叫ばせながらゆっくり安祥城に進軍していると、味方の騎馬武者の一団がやってきた。すでに、残敵は掃討したらしい。柴田勝家だ。


「ワッハッハ! 左近、ようやった。ワッハッハ!」

 勝家は大笑いしながら、バンバン肩を叩いてくる。

 満面の笑顔の信長ちゃんもやってきた。黒い鎧に、金色の織田(おだ)木瓜(もっこう)家紋の前立てに飾られた黒兜。鉄砲隊のマントを着ている信長ちゃんは、現代の『信長公』のイメージに近い。


「左近、天晴れなのじゃ。勝どきをあげる。エイ! エイ!」

「オオオオオオオーッ!!」

「エイ! エイ!」

「オオオオオオオーッ!!」

 ひとしきり勝どきをあげると、信長軍は高揚感とともに安祥城へ向かった。


 ◆天文十四年(一五四五年)十月四日 三河国 |安祥城


 安祥城の二の丸に間借りしている陣に戻ると、信長ちゃんはテキパキと工兵隊に死体を埋める指示をしたり、戦勝報告の文を書くなどの残務処理中だ。

 尾張の状況が不明なので、討ち取った敵将を確認する首実検(くびじっけん)はしない。急いで陣容をまとめて、那古野に戻ることが決定している。

 陣払いや、武具の手入れ、小荷駄隊の兵糧積み込みなどに、周囲も出発準備に慌ただしい。


 状況の整理をすると、一刻(二時間)ほどで今回の戦闘は終わっている。

 伏兵の森可成(よしなり)隊の突撃、城内からの信長ちゃんと織田信広勢、刈谷からの水野信元勢の三方からの攻撃がほぼ同時に行われた。そのため松平広忠の軍勢は、大混乱に陥ったようだ。


 広忠重臣の本多忠豊(ただとよ)(本多忠勝(ただかつ)の祖父)と忠高(ただたか)(忠勝の父)親子が、血路を開いて松平広忠を逃亡させることに成功。だが本多親子は囮となり、城門付近に留まったため奮戦のうえ討死する。

 そうして戦場を逃げ出した松平広忠が、ゆるゆる進軍していた伏兵のおれの前に現れたってわけだ。

 圧勝ではあったけれど、長槍隊に九名の戦死者が出たのは残念だった。


 史実で、桶狭間の戦いの後に結ばれた、信長と家康の清洲同盟はどうなるんだろうね? おれが、家康パパを討ち取っちゃったんだし。松平家の恨みを買うのは間違いないだろう。

 だが構わない。確かに家康は史実では天下人となったが、偶然の要素もかなり強いはず。尾張以東が安全なら、これから西に勢力を広げる織田家の戦略は、家康と同盟を結ばなくても可能だからだ。


 また後の徳川四天王で、戦場で無傷だったといわれる猛将本多忠勝(ただかつ)は、一五四八年生まれなのに、父親の本多忠高(ただたか)を討ち取ってしまったから生まれないことになる。だから忠勝の娘で現代日本の戦国ゲームで人気だった、後に真田信之(のぶゆき)の奥さんになる小松(こまつ)姫((いな)姫)も当然アウト。男勝りと伝わる姫は、見てみたかったけれど。


 他にも織田信広や水野信元が、松平方の将を討ち取っているようだし、史実の有名人が生まれないかもしれない。

 どんどん加速度的に、おれの知っている歴史とずれていく不安がある。もちろん情報が入ってきていない尾張情勢も不安だ。

 だけど、いまは信長ちゃんの初陣を、大成功に飾れたことを素直に祝おう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ