第一九話 勝利のぶい
◆天文十四年(一五四五年)八月上旬 尾張国 那古野近郊
「フハハハハハハーッ!! 戦さ場の血だまりになりたいのはどいつダァァアア!!」
横合いから飛び込んできたのは、攻めの三左こと森可成。
虚を突かれたうえに、可成の槍で左半身を痛撃されたので、信光叔父はたまらずドウっと落馬する。
「三左ァア! 恩に着るぞォオ!」
大ピンチに駆けつけてくれた盟友に感謝する。
「フハハハハハハーッ!! それとも、こいつかァァアア!! こいつかァァアア!?」
可成は倒れて動けない信光叔父を尻目に、すぐにもうひとりの武者を、槍でガンガンと連続して叩いている。鎧の防御力など構わない強撃。どう見ても一振り一振りが痛打だ。
騎士でなくて、狂戦士を召喚しちゃったみたいだけど、誤差の範囲だよね。助かったよ。
「与左衛門(佐々成政)、孫三郎殿の首取りをしておいて」と、指示を出す。
「えっ? おれっちの手柄でいいっすか?」
ちょっと無理だと思うけれど、どうしても手柄にしたければ、あのぶっ飛んでしまった狂戦士モードの可成に頼んでみるといい。今は普通の日本語では通じないと思うけど。
成政に後を任せると、残る四名で長槍隊の背後へと迂回していく。
「左近、準備はよいか?」
「はっ!」
馬廻り(親衛隊)を別命のために待機させて、信長ちゃんと敵長槍隊の背後を衝きにいくのだ。
「左近、右翼まで一気に通りすぎるのじゃ」
「お任せを!」
馬のスピードを最大限にあげる。信長ちゃんの様子はどうだ?
うん、大丈夫だ。ニヤリと不敵な笑顔のようにすら見える。
一気に長槍隊の背後に周って、撹乱のために煙玉を投下するのだ。
「不甲斐ない父上に変わって褒美なのじゃ!」
二人で甲賀秘伝の煙玉を、敵集団内に放り投げて一気に駆け抜ける。
背後を見れば、もうもうと煙幕が立ち込めはじめた。成功だ。うまくいったぞ。
「毒霧だあ!」
「死ぬぞお! 逃げろぉお!」
「毒霧だぁあ!」
目論見どおり馬廻り君たちが、騒動を起こしてくれているようだ。既に敵長槍隊が混乱して、崩れている部分すらある
「ワハハ! みごとなのじゃ」
イタズラに成功したような顔、高らかに笑う信長ちゃん。素で楽しんでるところがあるだろ。
緊張していたり、不安になってるよりはマシだけどな。
柴田勝家に声をかけ、右翼の弓・鉄砲隊の太田牛一と橋本一巴の方へ向かう。
敵は弓と鉄砲隊を編成せずに、騎馬と長槍のみの編成で熟練の兵揃いだったので、なかなか崩れない。しかも、こちらの放つ弓と鉄砲の当たり判定がシビアで、敵兵の戦死扱いが少ない。
長槍隊の数だけでみれば劣勢。幸いにも勝家と可成の奮戦で押し込まれてはいない。
『陣容を決める際に、弓と鉄砲の数を多くしすぎたか……』
予想していなかった苦戦がもどかしくて、思わず舌打ちしてしまう。とはいうものの、歯噛みをしても始まらない。現状の戦力でなんとか押し切るんだ。士気を下げる振る舞いは禁物。
それに煙玉の効果も充分だ。負けはないはず。
大将の信長ちゃんといえば、おれの焦燥感とは裏腹に、落ち着いた表情で各将に指示を出す。
「又助(太田牛一)と伊賀守(橋本一巴)は、このまま右翼を前進し、父上の退路を塞ぐのじゃ」
「はっ!」
「権六(柴田勝家)は三左(森可成)とともに、騎馬をけん制しつつ、長槍を崩せ。合図があったらアレなのじゃ」
「はっ!」
そうだ。それでいい。
あとは、鍛えた将兵を信じるしかない。
信長ちゃんは、指示を与えた後は真剣な表情で戦況に目を凝らす。
きっと一気に押し込むタイミングを計っているのだろう。
「さこん、ワシに教えて欲しいのじゃ」
「はっ! 何なりと」
「さこんはワシのことを好いとるか?」
へ? ナニコレ? この美少女姫武将は、戦況を見てたんではないの?
「もちろん。殿のことは好きですよ」
「で、あるか……勝てば、ワシのことを、もっと好きになるか?」
な? ちょっと、ちょっと。不安げな眼差し。反則だろ。この状況にその表情は。
ノーの選択肢はないぞ。
「はっ。勝てば、もっと殿のことを好きになります」
「で、あるか。勝とうな、さこん」
ニッコリと微笑むと、信長ちゃんは馬を再度左翼へと走らせていった。
急いで、おれも彼女を追って行く。
ピイイイイイーッ! ピイイイイイーッ! ピイイイイイイーッ!!
長音三声。突撃の合図。
犠牲は省みずに騎馬と長槍隊は、本陣の大将のみを目指すことになっている。一気に飽和攻撃で勝負に出るわけ。
「勝利は目前じゃああああ! 者ども! ワシに続けぇえええ!」
「うぉおおおおおおおーっ!!」
信長ちゃんは、銃剣を装着した火縄銃を右手に掲げて吠える。そして、那古野勢の先陣を切って馬を走らせていく。
長槍隊は接続式の柄を捨て、半分の長さの手槍にして、敵本陣めがけ走りだす。
騎馬隊も全員が本陣を目指す。
すると、横合いから敵の騎馬武者一騎が飛び出しきて進路を阻んだ。
「佐久間出羽助(信盛)じゃ。姫様お覚悟!」
くっ、邪魔な!
史実では、長らく信長の筆頭家老ともいえる重臣を務めた『退き佐久間』こと佐久間信盛だ。
「退きだけの佐久間に、『進むも退くも滝川』が負けるわけいかないんだよォオっ!」
甲賀秘伝の投げ目潰しを懐から取り出し、佐久間信盛目がけ投げつける。
狙い違わず信盛の顔面にクリーンヒット。信盛は槍を手放して両手を顔に当てて悶え苦しみ始めた。
ごめんな。今日は眠れないよ。
邪魔者を排除したので信長ちゃんは一気に敵本陣を目指す。次第に騎馬隊が脇を固め始め、大殿を目指す一つの矢となる。
「織田備後(信秀)の素っ首貰い受けるぅうう! 者どもかかれぇえええ!」
「オオオオオオーーーーッ!!」
エキサイトしすぎで、パパの首を落としちゃダメだからね。
本陣の信パパは、太田牛一や橋本一巴に退路を断たれている事を知って、動けずにいた。
「織田備後殿、降るのじゃ」
信長ちゃんが銃口を向けて声を掛けると、信パパは素直に両手を挙げた。
「吉は強いのォ。負けだ、負けだ」
信パパは疲れたようなホッとしたようなはにかんだような顔だった。
「ワシらの勝ちじゃ。者ども大儀じゃった。 えいっ! えいっ!」
「おおおおおおおおーっ!」
「えいっ! えいっ!」
「おおおおおおおおーっ!」
◇◇◇
試し戦に見事勝利を収め、奮闘した将兵に声をかけ労っていた信長ちゃん。おれに気づくと素早く駆け寄ってきた。
「さこん! 勝利のぶいじゃ!」
満面の笑みで人差し指と中指を立てて、右手を突き出してくる。
反則だろ。その笑顔。今日は反則が多すぎる。




