第一七話 いざ出陣
◆天文十四年(一五四五年)八月上旬 尾張国 那古野城
いよいよ、大殿信パパとの試し戦の日を迎えた。
控えや当たり判定を担当する者も含めた那古野勢の百数十名が、出陣式が開催される二の丸に既に集合している。
「左近、いよいよでござるなあ。姫のこと頼むぞ、ワッハッハッ」
柴田権六勝家が、バンバンと肩を叩いてくる。痛い、痛いってば。面倒見がよく、剛勇さと年長なこともあり、 信長軍のまとめ役にもなりつつある。
頼むよ、勝家。その破壊力は敵に向けてくれ。
「フハハハハハ! この関兼定の十文字槍が血に飢えてるわーッ」
怪しい気勢をあげているのは、森三左可成。普段は物腰丁寧だが、槍を持つと性格が変わるヤバいやつ。勝家・可成の両名が信長軍の猛将二枚看板だ。
可成、今日は試し戦だから、関兼定の槍じゃないでしょ?
「左近、いやはや盛り上がってきましたな。うふふ」
何やらつらつらと、帳面に書き付けているのは、太田又助信定(牛一)。きっと、出陣メンバーなどの記録をしているのだろう。
戦もちゃんと頼むよ。牛一は見かけによらず抜群の弓の腕前があるから、問題ないとは思うけど。
「左近殿! 一巴殿の足を引っ張らないよう励みます」
優等生な挨拶をしてくるのは、丹羽万千代(長秀)だ。大丈夫。長秀はデキる子だから、きっと大丈夫だよ。今日は鉄砲隊の一員。
「フフフ。鉄砲隊の指揮はお任せあれ」
不敵な笑みを浮かべてるのは、橋本伊賀守一巴。ちょいワル系とか言うんだっけ? 渋いイケメン中年スナイパー。こんな感じに歳を取りたいぞ。信長ちゃんの鉄砲の師匠だ。
女性にモテそうだけど、牛一情報によると、いわゆるガンマニアらしい。二刻(四時間)ほども、『お前は素晴らしい』、『お前が愛おしい』と、銃に語りかけていたという。
やはり、一芸に秀ですぎると怪しくなるんだな。
「左近殿! おれっち、兄者二人に毒を盛っておいたっす。なんなら、死んでもらったら、おれっちが家督を継げるんすが」
小豆坂七本槍の佐々隼人正(政次)、佐々孫介(成経)の弟。佐々与左衛門成政だ。
むちゃくちゃ言いだしたぞ。ダメだよ、織田家が弱くなってしまう。
今日は馬廻り(親衛隊)の一員だ。
「皆の者揃ったかぁあ!」
戦装束に身を固めた信長ちゃんに、おおおおおおーっと総勢で応える。
今日の信長ちゃんは、髪をおろして白い鉢金鉢巻。白い鎧に赤い鉄砲隊用のマントだ。姫武将の信長ちゃんは凛々しくていいなあ。似合ってる、似合ってるよ。
おや? 両耳の下に下ろした髪を、水色の蝶のような形の和紙でまとめているぞ。
髪飾りをつけてみたりと、だんだんと色気付いてきたのかな? お兄さんは嬉しいぞ。
「熱田神宮からの神託なのじゃ。ワシには気長足姫尊(神功皇后)の加護ありなのじゃあっ!」
「おおおおおおーっ!」
信長ちゃんの檄に、那古野勢総員が大喚声で応える。おそらく、意味を正確に分かっている人は、それほどはいないだろうけれど、こういうのはノリが大事だからな。士気があがれば、何を使っても構わないだろう。
史実の信長も桶狭間決戦の直前に、ヤラセの御神託を利用したようだし。
うまいうまい、信長ちゃん。打ち合わせ通りだ。
「姫様もご立派になられて……」
平手政秀爺も涙ぐんでいる。爺はおれに対して、気合をぶつけてくることがあるので、まだちょっと苦手。
信長ちゃんの味方なのは、間違いないんだけど。
各将の前に、打鮑・勝栗・昆布の三品が運ばれて、それぞれに酒が振舞われる。三献の儀と呼ぶそうだ。『敵に打ち勝ちよろこぶ』と言う意味がある。
もぐもぐ。うん、鮑と昆布はイケる味だな。
あ、信長ちゃんにはお酒は二ミリリットルぐらいでいいからね。頼むよ。
つつがなく儀式が終わったので勝どきをあげる。
「いざ、戦さ場に向かうのじゃ。織田備後(信秀)を打ち負かすぞ。えい! えいっ!」
「おおおおおおーっ!」と、信長ちゃんの掛け声に総勢で応える。
我が那古野勢の士気は最高潮で雰囲気は実に良い。
◆天文十四年(一五四五年)八月上旬 尾張国 那古野近郊
試し戦の前に、改良型火縄銃の試射を、信パパに見せることになっている。火縄銃の観閲のために、大至急で鉄砲鍛治の国友善兵衛を、近江から招聘して、急ピッチに銃の改良をしてもらっていたのだ。
信長ちゃんの鉄砲隊が、強力な戦力になり得ることを、信パパ以下の織田家の面々に見せつけるため。
成功すれば、家中での信長ちゃんの地位は飛躍的に高まるはず。
試射の準備ができたようだ。射手は信長ちゃん、橋本一巴、そしておれ。
それぞれの射手に、助手が四人が付いている。射手は撃つたびに鉄砲を助手に手渡し、掃除や弾の装填が終わっている助手から、新たな鉄砲を受け取る。
今日は射手が一人につき、助手四人と鉄砲四丁の組み合わせ。
射手が入れ替わっての三段撃ちには、射撃、掃除、弾ごめの全スキルが必要だ。入れ替わる場所や労力を考えたら、あり得ないはずだ。
世に伝わる三段撃ちとは、射手が固定で鉄砲を入れ替えたに違いない。
半町(五五メートル)ほど先に、射撃の的代わりの鎧が各射手の前にセットしてある。
なに。止まっているものを撃つならば簡単だ。練習通りに撃てば問題ないぞ。
信パパは先日の謁見時と違って朗らかな笑顔。信長ちゃんの様子は? ――うん、大丈夫。ニコっと笑い返してきた。余裕もかなりありそうだ。助手たちも、撃ち方の準備ができている。
赤地で白い縁取りの鉄砲隊専用マントで揃えた三名で、信パパに対し一礼をする。
射撃準備完了。さあ、いくぞ。
信パパ、そして古渡勢の度肝を抜いてやる。
「放てッ!」
バアアン!
「放てッ!」
ババアン!
「放てッ!」
バアン!
七秒間隔ぐらいで撃てているだろうか。
あたりに白煙がたちこめ、硝煙の香りが漂う。
だが、構わず三人で撃ちまくる。
「放てッ!」
バババアアン!
牛一、しっかり記録しておいてくれ。鉄砲戦術が、そして戦国時代の戦法が変わった歴史的瞬間だぞ。
尾張の虎、しっかり見ておけ。これが貴様の娘の実力だ!