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第九一話 弾正は濃いキャラクター?

 ◆天文十七年(一五四八年)三月上旬 近江国 安土城


 摂津(せっつ)の旧石山本願寺――名を改めた大坂城にて、畿内平定作戦を実行中の松永弾正(だんじょう)久秀(ひさひで)から信長ちゃん宛に文が届いた。

 久秀の弟の松永長頼(ながより)とともに調略を行なった結果、名の知れた武将だけでも、次の通りの顔ぶれが織田家に恭順する手はずを整えたとのこと。

 ――三好長慶(ながよし)弟の三好実休(じっきゅう)十河(そごう)一存(かずまさ)。三好一族で三人衆の最後の一人、三好長逸(ながやす)。三好長慶配下だった池田城の池田長正、伊丹城の伊丹(いたみ)親興(ちかおき)、荒木村重(むらしげ)、土豪の高山友照(ともてる)(高山右近の父)など。


 このように主だった三好一族とその重臣、周辺の国人衆などを配下に組みこむ調略に成功しただけでなく、さらには三好長慶の弟で淡路水軍の安宅(あたぎ)家を継いでいた安宅(あたぎ)冬康(ふゆやす)をも臣従させた、とのこと。

 もちろん、既に圧倒的な軍事力や政治権威を有している織田家の後ろ盾はあるにしろ、いつの間にか主君筋までをも調略してしまう松永久秀の手並みは、さすが稀代の謀略家。鮮やかで凄まじい手腕で鳥肌が立つほどだ。


 しかも池田城を開城させるときに、京に駐屯していた森可成の軍勢を借りた以外は、まったく独自に勢力を広げている。現在は河内(かわち)大和(やまと)、さらには丹波(たんば)平定に向けて、徴兵などの軍備増強と新たな支配地域の統治に尽力するとのこと。


「弾正は、ワシが出陣するまでもなく畿内を平らげる勢いじゃ」

 朗報に信長ちゃんもニコニコと目を細めている。

「ええ。さすがは松永弾正、鮮やかで驚きました」

「あやつのことを()し様に言う者もあるが、律儀なところも多いのじゃ。ほら」

 信長ちゃんが懐から文を取り出して差し出す。

 久秀からの文には『旧主の三好長慶の遺児で数え七歳の三好孫次郎義興(よしおき)を、自分が現在は大坂城で養育している。そして将来の自分の功績に代えてでも、三好家本領の阿波国(あわのくに)(徳島県)を孫次郎様にお任せいただきたい』とあった。

 自分を引き立てて重用してくれた三好長慶への恩返しなのだろう。後世で伝えられる悪辣非道な久秀のイメージとは、文から滲み出る律儀さがかけ離れていて、少々驚く。そして、彼をうまく重用している信長ちゃんの人物観察眼の的確さを改めて実感した。


「阿波はいずれ海の防御のためにも、信頼できる者に任せようと思っておったので構わないのであるが、ちと困ってしまってな……」

 珍しいことに妙にヨメちゃんの歯切れが悪い。松永久秀関連で気になることがあるのだろうか。

「姫、いかがしました?」

「うむ。弾正が斯様(かよう)に書いてきておる」

 信長ちゃんが苦笑いしながら別の手紙を差し出した。


『先ごろ、姫様と左近殿に一層仲良くなっていただこう、と献上しました黄素妙論(こうそみょうろん)の具合はいかがでしょうか? ただいま河内平定準備とともに、鋭意改訂版を(したた)めておりますので、次回拝謁の折に献上する予定です。ご期待下され』

 まったくこのエロ中年めが! 黄素妙論といえばエッチのハウツー本だ。

 ほら、ヨメちゃんが顔を赤くして照れちゃってるじゃないか。河内平定戦と同レベルで報告してこないでくれよ。

 武家の頭領だけど、ヨメちゃんの中身は中学生なんだから、刺激が強過ぎるのは困ります。明らかに信長ちゃんの反応を絶対面白がってるよな。間違いないぞ。

 黄素妙論を献上したときには『仲良き男』とぼかしていたのに、あからさまに『左近殿』になっているし。


「おかげで仲良くしています。ありがとう、とでも書いておけばよいのでは?」

「う、うむ……。確かにらぶらぶであるからな。うむ。そうじゃな」

 頬を染めて照れまくっているヨメちゃんの珍しい表情を見れたから、おれも少しばかり嬉しいけれど、上司にセクハラはまずいだろ。

 

 それにしても『弾正』を名乗る人物は強烈な個性の持ち主が多いよな。

 酔っ払って服を脱ぎかけた軍神ちゃんの長尾弾正、エロおやじの信パパも織田弾正だ。弾正にはエロ属性でもあるのか? おおっと、ヨメちゃんも弾正だな。

 このように並べて考えると、『弾正』は濃いキャラクターになってしまう宿命なのか。


 ああ、そういえば調略を仕掛ている武田信玄の配下の、真田幸隆(ゆきたか)も同じく弾正だ。

 幸隆からは『ぜひとも、安土でお会いしたい』という文が先ごろ届いているので、引き抜きの手応えは充分あるけれど、これ以上濃いキャラクターの登場はご勘弁いただきたいです。


 ◇◇◇


 数日後、待ち人の真田幸隆がやってきた。

「真田弾正忠(だんじょうのじょう)幸隆です。御招きいただき(かたじけな)い」

「滝川左近尉(さこんのじょう)一益です。上田原(うえだはら)(長野県上田市)ではご無事で何よりです」

「織田弾正じゃ。よくぞ参られた」


 先ごろ史実と同樣に、武田信玄の軍勢が上田原で村上義清に惨敗したと、諜報衆から報告が届いている。

 幸隆あての手紙で忠告した結果かは分からないけれど、稀有な才能の持ち主が無傷で戦場から脱出できたのは何よりも喜ばしい。

「いやあ。危ないところでしたが左近殿に助けられ申した。ははは」

 幸隆は屈託なく人の良さそうな笑顔だ。


「それはそれは重畳でした。弾正殿を失うのは天下の損失ですから」

「うむ。弾正の知謀は天下のためにこそ使うべきなのじゃ」

「いやあ。過分の賞賛、まことに恐縮でございます」


 子の真田昌幸(まさゆき)に孫の信幸(のぶゆき)信繁のぶしげ(幸村)兄弟と連なる真田三代元祖のスーパー爺ちゃん幸隆も、いまは三十六歳の中年。日に焼けた人の良いおじさん風で、服装を変えれば農作業でもやっていそうな雰囲気だ。

 いまのところごくごく一般的な常識人風で、とてもとても謀将とは見えない。能力はともかく、濃いキャラクターの弾正伝説を打ち破ってくれると嬉しいぞ。


「腹が空けば辺りを食い荒らす獣のためではない。日ノ本のためにその知謀、ワシにくれ」

 信長ちゃんが直々に幸隆を勧誘をする。

「天下のため……日ノ本のため……ですか。はっはっは! そこまで見込まれて安土の城を見れば、ちっぽけな土地に縛られているわけにはいきませんなあ。わしはこれより、天下のため日ノ本のために知略を働かせますぞ」

 深々と幸隆が平伏した。


「うむ。期待しておるのじゃ。励め!」

「弾正殿、おれも嬉しいです」

 もっと自分は働けると思っていたんだろうな、きっと。

 幸隆は武田家では信濃先方衆(しなのさきかたしゅう)という外様扱いで、出世は遅かったはず。


 我が織田家は、調略も行なえて係累も非常に優秀な貴重な人材を得た。対する武田家にとっては、信濃先方衆の新参者の一人を失った見かけよりも、遥かに大きい損害を与えたに違いないはずだ。

 近いうちに起こるはずの武田攻めへ、着実で充分な手ごたえを感じた。

次話、あの有名人が登場?


3/23(月)1900ごろ 更新予定。


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どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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