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第八二話 初めての夜

 ■天文十七年(一五四八年)一月上旬 尾張国 那古野城


 新年の多数の訪問客の応対をしたうえ、気まずい関係の妹ちゃんこと(さち)姫が来たこともあり、勝家と祥姫が奇妙を連れて帰った後は、気疲れのために何もする気が起きずに横になっていた。

 二の丸にある自室に戻ったはずの信長ちゃんの再訪にも気づかかないほど。


「さーこん!?」

 いきなり彼女に覆いかぶされてうたた寝から覚めた。

「おっ? あ?? 姫でしたか。少し横になっておりました」

「さこんは、過分に気疲れしたであろうな。それはさておき良い知らせがあるのじゃ」

 きっと、おれの様子がいつもと違うので、気にしてくれてるのだろう。心遣いが嬉しいぞ。

「いえ、気疲れはさほどでも……。何かありましたか?」

 正直に祥姫のことを気にしているともいえず、信長ちゃんの良いニュースについて尋ねる。

「ワシは五尺四寸(一六二センチ)まで伸びたのじゃ!」

 信長ちゃんは自慢げな顔つき。

 新年に身長を測るのを毎年の恒例行事にしているのかもしれない。去年も春に三河から那古野へ戻ったときに、身長が一五〇センチ以上になったと聞いた覚えがある。それから一〇センチ近く伸びているぞ。成長期真っ盛りなんだな。

 お城暮らしなので一般庶民に比べて、栄養状態が良好なおかげもあるだろうが、史実の信長の身長も約一七〇センチ――この当時の平均より一〇センチほども高いので、身長が高くなる家系なのかもしれない。

 信長ちゃんは今年数え一五歳だから、現代の中学二、三年生相当。現代の中学生どころか、現代の成人女性のなかでもやや高めの身長のようだ。


「いつのまにか姫は背がとても大きくなりましたね」

「うむ。背だけではないぞ? 乳もさこん好みにだんだん育ってきたのじゃ」

 そうはにかんだ信長ちゃん。

 おれが浮かない顔をしているので、元気付けようとしてくれているのだろう。

「姫はもともとおれの好みですよ」

 精一杯の笑顔で答える。


「ならば好みの女子(おなご)とらぶらぶしているのに、他の女子のことを考えるとは何事じゃ」

 信長ちゃんはそう言い放って少し頬を膨らます。 

 まずい。先ほどまで来ていた祥姫について、考えてしまっていた。

「い、いえ……」

「ワシの大事な婿であり、奇妙の父がこの有様(ありよう)では困るのじゃ」

「おれは、姫とらぶらぶできて嬉しいのですよ」

「ふむ……左様ならばよいのじゃ。それに祥のことなら気に病まずとも良いぞ?」

 彼女は布団の中に入ってきて、ぎゅっと強く抱きついて背中に腕を絡ませる。

 全く信長ちゃんには隠し事はできない。

「お、おれは……」

 しまった。絶句してしまったぞ。


「良いといってるのじゃ。祥に迫られたのであろう。斯様(かよう)に!」

 そう言い放つや、信長ちゃんはすっと髪を解く。

 そしておれの耳元で(ささや)く。

「うふふ……姉妹だから同じなのでしょう。わたしも左近殿の温もりを感じたいの。夫婦になるはずだったのですから」

 この口調は祥姫? いや、そんなはずはない。祥姫は勝家と一緒に帰っていった。これれは絶対に信長ちゃんだ。


「――姫でしょう!? なぜ祥姫の真似を……」

「たまには……大人しき女子も良いのではないですか?」

 だが、消え入りそうな口調は祥姫そのもの。いつもの信長ちゃんと、様子が違うので気が引けてしまう。

「…………」

「ワハハ。大人しくなくとも、男勝りのお転婆であろうとも、さこんはワシが好みというのじゃな?」

 ニヤニヤといたずらっ子顔の信長ちゃんが戻ってきた。

「もちろん。おれが好きなのは、姫ですから!」

 そう答えて彼女をしっかりと抱きしめた。


「ワシもさこんが好きじゃ。さこんの温もりを感じたいのじゃ」

 おれの言動に満足したのだろうか。

 信長ちゃんはニッコリと微笑んで、大胆にも自ら下着の襦袢(じゅばん)を脱いで口づけしてきた。

 おれも着物を脱いで「姫は最高です。綺麗ですよ」と彼女をしっかり抱きしめ返す。ついに……信長ちゃんと夜を迎えるのだろうか。鼓動が早くなっているのがよく分かる。


「じゃが、さこんは……」

「おれは?」

「こうしないとワシを抱けぬのであろう?」

 彼女はニマッと笑うと、手早くポニテを結びあげた。

 ついに――いつかはと思ってはいたけれど、初めて信長ちゃんを抱いた。

 幸い彼女は痛みはないようで、嬉しさに満ち溢れて満足げな表情だ。

 強くおれの身体を引き寄せる信長ちゃんとの一体感と、心地よい体温を感じて二人とも満足した。


 二人で抱き合いながら行為の余韻に浸っていたら、彼女が声を掛けてくる。

「さこん……心地がよくて溶けてしまいそうなのじゃ」

「おれも最高の気分です」

「らぶらぶじゃな」

「ええ、ラブラブです」


「これまでも抱かれるのは嬉しくはあったが、今宵は格別の気分なのじゃ」

 信長ちゃんが甘え声で耳打ちしてきた。

 えっ? どういうことだ?

 これまでというと……今まで致した経験で一番気持ち良かった、という意味なのか? では信長ちゃんは誰と?


 信長ちゃんが初めてでないから、と気にしているわけではない。この当時の性生活は、奔放だったとも言われてるしな。

 ただ信長ちゃんには、おれ以外に親しい男性がいる気配の欠片も感じられなかったので、気になって仕方がない。


「え!? これまでも抱かれた?」

 信長ちゃんは、ニッコリと微笑む。

「気に病まずとも良いと言ったぞ。(きょ)と見せて(じつ)、実と見せて虚なのじゃ」

 孫子っぽいフレーズだがなぜ孫子が?

「んー?」


「今士元のさこんが分からぬとはな。だが斯様(かよう)に髪を結い上げねば、ワシのことを抱かぬさこんを嬉しく思ったぞ。奇妙はワシが腹を痛めて産んだ子じゃ。ワシとさこんの子なのじゃ」

「え!? まさか」

 おれが祥姫だと思って何度か抱いたのは、信長ちゃんだったってことなのか?


「うむ。ゆえにさこんは、祥のことを金輪際、気に病む必要はないのじゃ。さこんはワシを抱いていたのだから」

 祥姫との『浮気』がなかったのは朗報だけど、経緯がまったく分からない。

「それはいったい……」


「順を追って話すぞ。父上と爺から、さこんに祥を娶る話があったはずだ」

 信長ちゃんはそう語り始める。

「ええ。おれは姫の心のままにと答えました」

「父上と爺はさこんに祥を娶らせるため、祥にさこんを誘わせて抱かせて子を成させようとしたのじゃ。――だが、ワシは既にさこんのことが好きだった」

 そういって、楽しそうな笑顔のヨメちゃんが抱きついてくる。とても素敵な笑顔だ。

「姫……」


「ワシはな。さこんが祥を抱いて子をなせば、さこんは祥を(めと)るであろうと考えたのじゃ」

 確かにおれが、その立場になったら祥姫を娶るだろう。

「ええ。左様かもしれません」


「ゆえに……さこんが祥を抱くのであれば、ワシはさこんとのことは諦めようと思ったのじゃ。だがな。阿呆と笑っても良いがさこんを諦めるにしても、初めて好いた男に一度は抱いてもらいたいと思ったのじゃ。それに……さこんが祥を抱くのはどうにも許せなくてな」

「阿呆どころか、とってもおれは嬉しいです」

「そこで祥に扮してワシがさこんを誘ったのじゃ」

 なるほど、読めてきたぞ。

「ああ……なるほど」

 祥姫が信長ちゃんの真似をしていたのではなく、信長ちゃん本人が祥姫の真似をしていたんだ。当然ながら口調や仕草などは信長ちゃんそのものだ。


「さこんが祥に扮したワシを抱いたら諦めようと思っていたのじゃ。さこんはワシの髪型にせねば抱かなかったな」

「ええ、おれが好きなのはずっと姫であって、いくら似ていても祥姫様ではありません」

 信長ちゃんがもう一度強くぎゅっと抱きしめてきた。

「さこん、本当に嬉しかったぞ、あの時は。実に嬉しくて幸せだった。嬉し過ぎて歯止めが効かず、何度もさこんに抱かれているうちに、子ができてしもうた」

「奇妙丸ですね」

「うむ。子ができると、女子のワシの嫡に反する動きが家中に出て、ワシが戦に出れなくなるのは避けたかった。さこんさえ織田に残れば、ワシが戦に出ずとも良いと考える者も多かったのじゃ」

「なるほど。そう思う輩もいたかもしれません」

「それにワシを含めて権六や三左など、皆あの時分はさこんに頼り切っておった。さこんがおらねば万事が進まぬ、といった風潮も消したかったのじゃ。

 とはいえ外様のさこんを、ワシが娶るのもやはり難しくてな。ちょうど尾張を平らげたので、多少の余裕もあった」

 なるほど。自分と配下の実力の底上げと家中の反対を抑えるために、おれ抜きでの実績を作りたかったってことか。


「あとはさこんなら分かるな? 四郎右衛門(多羅尾光俊)の手を借りて、さこんには三河でおとなしくしていてもらったのじゃ。

 ワシはさこんとともに戦いたかった、さこんの子を産みたかったのじゃ。

 すまぬ、すまぬ。難儀な思いをさせた。

 奇妙を祥の子としたのは……ワシに万一があれば、さこんと権六という二人の父がおれば、奇妙を害する輩を防げると思ったのじゃ。

 やり過ぎであったし、愚かな策であったわ」

 信長ちゃんはそう言い切って、下を向いてしまった。しょげているのだろう。


 様々な不自然さの合点がいった。そういえば拉致されていた割には自由度が高かったぞ。温かい質のよい食事もしっかり用意されたし、机や紙と筆も準備されて、不満を言えばこたつも設置してくれる。監視の無表情三人組も、思い起こせば武士っぽくはなかった。

 なるほど……お奈津があの屋敷に簡単に潜入できたのも、信長ちゃんが拉致事件の犯人捜査を早々に打ち切ったのも、全てこの理由だったのか。


 信長ちゃんは、一昨年の秋に飛騨に湯治に行っている。表向きには気鬱(きうつ)と称していたが、飛騨で医術に強い甲賀衆の手を借りて、奇妙丸を生んだんだ。そして表向きには祥姫の子とした。

 なんてことだ。まったく気が付かなかったぞ。

 拉致されていた期間は自由に行動ができず、窮屈な思いをしたのは確か。けれどじっくりと現代の記憶を辿って、様々な物事を覚書に綴ることができた。

 結果的に、今後の戦略を立てるのにも、あり余る時間があったのは都合がよかったのかもしれない。


「――――」

 おれが考えを巡らせて沈黙するうちに、信長ちゃんは半泣きになってしまった。

「済まぬ……さこん……」

 おれが怒っていると思ったのかもしれない。

 この時代に女子が当主になるのは、おれが思った以上に困難だったのだろう。それにおれに好意を寄せた結果だし、彼女を責める気はまったくない。


「姫……? おれはこのとおり無事ですし、その後もうまく事が進んでいます。それに奇妙という、姫との可愛い子がいるのはとても嬉しいことです。

 ただ今後はおれにも相談してください。ずっと祥姫様を抱いたと思い悔やんでました」

「うむ。すまぬ……。無理かもしれんが、さこんに許してほしいのじゃ。それに左近のおらぬ一年間は、織田の戦力は激減しておった。私情を挟みすぎて当主失格じゃ」

 信長ちゃんが肩を落とし、涙を浮かべている。


「もう左様な顔をしないでください。結果的に家中の反対を抑えて、家督を継げたではないですか。おれは泣き顔より、先ほど見せてくれた姫の嬉しそうな顔を見たいのです」

 彼女を抱き寄せキスをした。

「さこんにとっても、良い知らせで安堵したのじゃ。それはさておき、さこんに抱かれるのは、比類なき心地良さである……」

 ようやく信長ちゃんは、再び嬉しそうな甘え声だ。


 そして――――。

「うふふ。ゆえに今宵はもう一度抱いてほしいのじゃ」

 彼女は恥ずかしそうに耳打ちした。

次話、天下統一に向けて戦略を練る左近と信長ちゃんですが大脱線?


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どうぞよろしくお願いします。


里見つばさ

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