番外編:黒竜王と娘の出会い 前編
ー黒竜王Sideー
我はいま空を飛んでいる。
空はいい。当たる風が心地いい。下を見れば緑の大地が広がっている。上を見上げれば青い空が広がっている。飛行機の窓から見る景色とは比べ物にならないこの爽快感は何度味わっても飽きないものだ。
「ん?」
何やら下を見れば煙が上がっている。
「少し寄るとするか」
大方何かの祭りか家の一軒が火事にでもなったのだろう。そう思っていた。そうであればよかった……のに
「ハハッ、殺せ殺せ!家の中にある使えそうなものは全部持って来い!」
賊に襲われていた。わかっていたらもっとスピードを上げていたのに、自分の軽率な判断が悔やまれる。
人型になって来た時には、もう事は終わっていた。村の人たちは皆殺し。家に入って金目の物を奪って火をつける。それだけだった。せめて女子供を奴隷として売るならそれだけでも救えたのに……
我は人間が嫌いだ。でもそれは王国貴族のような傲慢なものや、こんな賊みたいなものだ。むしろ嫌いな人間より好きな人間のほうが多いかもしれない。それを殺した。笑いながら……絶対に許さない。皆殺しだ!!
村の周辺をうろちょろしている下っ端を片っ端から殴る。人型になったことでパワーは落ちているが、それでも一撃で人の顔を潰せるほどの力はある。
「頭!敵が!!多分冒険者です。」
どうやら生き残りがボスを呼んだようだ。構わない。どうせみんな殺すのだから、そのほうが都合がいい。
っと、どうやら来たようだ。
「へっ、こいつが冒険者か?なんだよガキじゃねえか」
これでもお前らより何百年も生きてるんだがな。まあいい。
「一つ聞く。貴様らはこれで全員か?」
「ああ?」
男は質問の意味が分からないようだ。怪訝な顔で聞き返してきた。だったらわかりやすく教えてやろう。
「生き残りが出てきたら追いかけるのが面倒だ。殺される奴はこれで全員かと聞いている」
「ブハハハ、この数を前に何言ってんだ。お前ら、やっちまえ!」
質問には答えてくれなかったが、まあ数からして全員だろう。4~50人、賊にしては結構な規模だな。
「『フレイムクロー』」
手に炎を纏い、賊共の腕を、足を、胸を、肩を、腹を、様々な部位を切り裂いていく。血管が焼き切られているから出血多量で死ぬことはない。
「アチィイイイイイ」「痛え、イテエエェェェ」「ギャァァァァァァ」
「誰か助けてくれぇぇぇ頼むぅぅぅぅ」「もうやめてくれぇぇぇぇぇ」
そうだ、村の者たちが味わった熱さは、痛みは、苦しみは、こんなものじゃない。楽には殺さない。少しでも村の人たちと同じ苦しみを味わいながら……死んで行け!!!
「な、なああんた、俺たちの仲間になんねえか?金ならいくらでも出すぜ。今のことも水に流してやるよ」
コイツは何を言っている?この期に及んで助かる可能性があると思っているのか?
「お前らの皆殺しはもう決定事項だ。まさか殺される覚悟もなしに人を殺したわけじゃないだろ?それとも、やり返されることなんて考えたこともなかったか?」
「ヒィィィ、ゆ、許してくれ!俺たちはただ、楽しく生きたかっただけなんだ。だから」
「殺された村人たちだって……そう思ってただろうな。ただ、当たり前に毎日を過ごせたら、贅沢じゃなくても、普通に生きれればいいって……そんなささやかな願いも、お前らは奪ったんだ」
「『闇魔法 ヘルゲート』」
瞬間、現れたのは黒い渦。そこから見える景色は、炎、針山、血の池etc…。まさに地獄そのものだった。
「な!なんだありゃあ!?」
「地獄への入り口だ。これはなかなか難しくてめったに使わないんだ。感謝しろよ」
闇魔法は黒竜のみが使える固有魔法。扱いが難しく、ほとんどの技は使用を封印している。これは我が使える数少ない闇魔法の一つだ。地獄への入り口を強引に開く。かなり魔力を消費するし、そう長い間維持できない。
「やっ、やめろ!あんなところ行きたくない!!」
「安心しろ。お前の手下たちもまとめて連れて行ってやる。そうすれば寂しくないだろ?わかったらさっさと地獄に落ちろ」
「嫌だアアアアアアアアァァァァァァ」
全員吸い込んだところで、地獄への入り口が閉じる。そして、疲労が襲い掛かる。
「クソ、やはり負担がでかいな。数分維持するだけでこのざまとは。やはり早々使用するべきではないな。いや、疲れてはいられない。生き残りがいないか確認せねば」
すぐに焼けた村に行き、感覚を研ぎ澄ませる。
「いた!地下のほうだ。だが、気配が弱い。急がねば!待っていろ」
ーマリーSideー
その日は、当たり障りない平凡な一日だった。それが幸せだった。それが続けばいいと思っていたし、続くと思っていた。あの知らせを受けるまでは……
「大変だ!賊が攻めてきた!」
「なんだと!?」
「このあたりにいる賊といえば……」
「ああ、確か襲ったやつは女子供例外なく殺していって金品を奪うって……」
そんなこと信じたくなかった。みんな死ぬなんて想像したくなかった。でも、現実を受け入れないと死んじゃう!
「マリー、あなたは家にある穴に隠れなさい!私たちが囮になるわ」
「嫌だ!お母さんもお父さんも一緒がいい!」
「すまないマリー、穴は小さくてとても大人が入れる大きさじゃあない。だからお前だけでも生き残ってくれ」
「嫌だ!ねえ一緒にいよう。お願い!もうわがまま言わないから!ねえ」
マリーは同年代の中でも賢いほうだ。だから生き残れるのが自分だけだと心の底では理解していた。だが、当時マリーは4歳である。そんな子供にそれを受け入れろというには、あまりにも酷だった。
その穴は一応非常用に作られたものだが、魔法の教育も受けられない村人は土魔法で穴を掘ることができず、すべて手作業でやっていた。もともと起こるかどうかもわからない非常事態のために手で穴を掘るなんてマリー一家のような用心深いところだけである。
それをわかっていたから、必死に否定した。あの時もっと穴を掘っておけばよかったと、もし魔法が使えたらと、無力な自分を否定するように……
だが…………現実は無情である。
「ウヒャヒャヒャ、次はこの家だな」
「まずい!もう近づいてる!」
「あなた、急いで!」
「…………すまない、マリー、頼む、生きてくれ」
「生きて、マリー」
「嫌、嫌あああアアアアァァァァぁぁ」
無理やり押し込められた穴の中で、悲鳴と、血の匂いがした。殺された。笑い声が聞こえた。きっと襲ったやつらの声だ。怖い……
怖い怖い怖い怖い死にたくない死にたくない死にたくない
そんな思いで頭がいっぱいになっていく中……隙間から入った煙が私の意識を奪った。
ー黒竜王Sideー
「これはひどい。煙を吸いすぎて一酸化中毒。それに狭い穴のせいで酸欠の症状がさらにひどくなっている。脱水症状まで……」
とりあえず火を消して、魔法で酸素を集めなければ。だが、先ほどの戦いで魔力を消費しすぎた。目を覚ましたら怖がられるかもしれないが……仕方ない。
「『竜人化』」
これで魔力が増えるわけでわないが、魔力の回復速度は早まるし、魔力の消費量も減らすことができる。
「頼む、目を覚ましてくれ」
祈るようにつぶやく。もう手遅れかもしれない。でも、自分がもう少し早く村に到着していれば……そう思うと後悔してもしきれないのに自分の腕の中で命が消えていくなど嫌だった。
これがただの自己満足なのはわかっている。この少女が生き返ったところでこの子の親は生き返らない。もしかしたらこの少女は目が覚めたら死ぬことを望むかもしれない、少なくとも自分のしていることが完全に正しいとは思っていない。わかっている。これはただのエゴだ。自分が苦しみたくないからこんなに必死になっている。それでも、少女には生きてほしい。遅れてきた我にはそんなことを願う資格はないのかもしれない。でも!少女のためにも……少女には生きていてほしい。
それは心の底からの願いだった……
そして、その願いが通じたのか……少女は目を覚ました。