7つの子
時刻は、19時の。
浦野ハイツ、101号室。
そこに広がっているのは。
線路、でした。
「え、え、え?」
どこまでも続く線路を見て、驚く面々。
部屋の中と思ったそこは。
どう考えても、屋外、でした。
「ちょ、ちょ?
わ、私がいる、ついさっきまでは、ふ、普通の部屋だったんですよ?」
【101】号室の中年が、驚きと言い訳の声をあげました。
まあ、でも、誰も責めないでしょう。
如何に彼が悪意を持っていたとしても。
部屋の中に線路を引くことなんて、流石にできないのですから!!
ふりかえると、先ほど通ってきた扉は無くなっていました。
そして横を見ると。
……踏切があります。
あります、が。
なぜか、閉まったままになっています。
電車はまだ来ないけど、閉じ込められている。
そういう、シチュエーションなんでしょう。
そして、ふと、顔をあげると。
電線に止まる、夥しい量の。
紅色の、カラスたち!!
まるで、夕焼けに染まって真っ赤な彼らは。
実は、動物達の血液で、まっかっかに染まっているのです。
「べ……紅烏……」
猫の少女が、辛うじて、声を上げました。
7不思議の中だけの存在。
実際にはいないはずの、動物を上手に殺して食べる、カラス。
それが、まさに、びっしりと。
……視界いっぱい、どこまでもいるのです。
「う、う、うわああああああああん!」
【103】号室の小児が、恐怖のあまり泣き始めました。
仕方ありません、あまりにも、あまりにも異様、なのですから。
それだけの量がいながら。
奴等は、鳴き声も、羽音すら立てずに!
人間たちを、じっと見ているのです。
まるで、何か、順番を待っているかのように!!
何の順番を待っているのか。
そんなの、決まっています。
お食事の、順番です。
「な、な、なんなんだ、これは……」
【101】号室の中年が小さく声をあげた次の瞬間。
♪ぴろり~ん♪
唐突に、メールが、届きます。
それがつまり、今回の……。
ハーメルンの音楽祭の、最初の音楽に、なりました。
『各々が番いではないカラスが、7羽いました。
それぞれに、7つの子がいました。
カラスは全部で、何匹でしょう?』
「え、な、なんだこれ?」
「7つの子⁉
し、7×7=49で、親がそれぞれ2人ずつで……」
「えーと、えーと……」
あ、やばい。
浦野ハイツの面々の慌てふためきようを見て。
猫の少女は思いました。
浦野ハイツの皆さんは、ニッケルさんになぞなぞを出される経験なんて、多分無いでしょう。
全員が、パニックになっている。
これは、自分がなんとかしなければならない。
猫の少女は、そう思ったのです。
「それにしても、7×7=49の中ボス感って、すごいよね!」
そして。
猫の少女の、頑張りに頑張った、周りを気遣う発言。
これが、限界でした。
「……えーっと……。
……あ、ああ、わかります、わかります!
あと、9の段の、今まで倒した強敵達が、最後の戦いを前に出てくる感も異常ですよね!」
何故か、【101】号室の中年と話が合いました。
いえ、多分話が合ったのではなく。
話を合わせたのでしょう。
【101】号室の中年さんも、このイヤな空気を払拭したかったのかもしれません。
流石に、1問目で終わるのはイヤですからね。
「でしょでしょ?
逆に1の段の、物語が始まる前のチュートリアル感も半端じゃないよね!」
何故か九九で盛り上がる2名。
完全に空気が読めていません。
しかし。
それを見てほかの面子は落ち着きを取り戻したみたいです。
(なんだろう、この敬語。
なんだか、ちょっとアレだよね。
懐かしいというか……心揺さぶられるというか……)
大人の対応をする【101】号室の中年さんと、彼のその敬語。
猫の少女が、彼の評価を改めていると。
カーン、カーン、カーン!
踏切が、電車の到来を知らせました。
「うわ、やばい、全然考えてなかった」
どうしようもない空気をどうにかすることに精いっぱいで。
猫の少女は、なぞなぞの答えを全く考えていなかったのです!
……しかし。
「……成程、ね。
答え、分かりましたよ」
そう言ったのは。
……例の、【101】号室の中年さん、でした。
「考えてみれば簡単です。
要は、カラスの数え方、ですね」
カラスの数え方。
中年さんは、続けます。
「カラスの数え方にはいくつかあります。
一番一般的な、羽。
一応認められている、匹。
詩的な表現でいえば、翼。
獲物としてみれば、隻、なんてのもあるでしょう」
つらつらと並べられる単位。
……そして、そこに、アレはありませんでした。
「……そう。
カラスの数え方に、『ひとつ、ふたつ』はありません。
……つまり、この『7つ』というのは。
年齢、ですね」