情報共有 その1
時刻は18時50分、場所は中庭。
「『おとな』、『かたりべ』、『ねずみ』、『こども』。
……ふーん……。
……そして、『ふえふき』、ね」
「おい……何が言いたい……」
猫の少女の発言に、オタクと呼ばれた【102】号室の壮年が、怒りを押し隠した声をあげます。
少女の言い方に、トゲを感じたのでしょう。
まるで、忌まわしき笛吹きが、登場人物を皆殺しにするだろう、とでもいうような、言葉のトゲを。
「え、別に?
与えられた固有名詞には、意味があったんだなー、と、思っただけだよ?
要は、『ハーメルンの笛吹き』の登場人物、なんだろうね。
それとも」
猫の少女は、とん、と【102】号室の壮年に近づいて、言いました。
「何か、後ろめたいことでもあるのンー?」
「……」
「ねえねえ、数多さん。
……あ!
今気が付いた!!」
猫の少女は、わざとらしく口を大きく開けて、そこに手を添えてあからさまに驚いています。
「この空間では、本名が言えないはずなのに。
数多さんは、言えるんですね!
へえ、凄い!!
どういう理屈なんですかぁ?
ねえ、ねえ、ねえ!」
【103】号室の小児以外、全員が気が付いて。
そして、敢えて言わなかったこと。
……彼は、出会ってすぐの自己紹介で。
いきなり、偽名を使ったのです。
……物が多いとかデパートみたいだとか言っていたので。
おそらくそこから、適当に名前を付けたのでしょう。
……あまりにもお粗末な、偽名ですが。
「ま、まあまあ。
とりあえず2人とも、落ち着いて。
そういうことも、まあ、まあ、あるんじゃないですか」
2人の間に入ってきたのは、【101】号室の中年です。
手を、ぽん、と打って、提案しました。
「……あ、そろそろ7時になりますよ!
みんなで力を合わせて、ミッション……とかいうものを、クリアしようじゃありませんか!」
他の皆も自分の時計を見て、時間を確認しました。
……確かに今は、仲間割れしている時ではないでしょう。
「……確かにその通りですね。
わかりました」
猫の少女が頷くと、他のメンツも頷いて、101号室の扉へと向かっていきました。
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「……なんだ、これ!」
【103】号室の小児が、驚きの声をあげます。
なぜなら、【101】号室のインターフォンのところに。
……なぜか柱時計がおいてあったからです。
「流石ニッケルさん。
悪趣味だけは、だれにも負けないなぁ」
猫の少女は、少し感心しています。
そして。
ボーン、ボーン、ボーン、と。
柱時計が、19時を知らせました。
ふと、扉を見てみると。
先ほどまで、アルミ色というか、銀色をしていた扉が。
……緑色に、変化しています。
多分、中に入れという合図なのでしょう。
「行きますか」
猫の少女が声をかけて、扉を開けたのでした。