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ハーメルンの音楽祭  作者: NiO
プロローグ
6/46

自己紹介

時刻は18時30分、場所は浦野ハイツの中庭。


「ど、どうしました、何かにぶつかりましたか?

 すごい音がしましたけど……」


 【101】号室から出てきたのは、50代の男性でした。

 中年、と言ってもいい年齢ですが、清潔に保たれた服装や、高級そうな洋服、落ち着いた雰囲気に味があります。

 いわゆるナイスミドル、というヤツなのでしょう。


「なん……だ?」


 【102】号室から出てきたのは、40代の壮年男性です。

 【101】号室の男性とは打って変わって、だらしない服装に太った体。

 そして、ビン底も逃げ出すような、分厚い眼鏡!

 引きこもり、という設定だったはずですが、外に出てきたのは小説効果なのかな、と猫の少女は思いました。


「んー?

 お姉さん、初めまして!」


 【103】号室から出てきたのは、3歳くらいの男の子。

 可愛らしく挨拶をして、ニコニコと笑顔を浮かべています。

 ご両親は、いないみたいだな、と猫の少女は思いました。


「あらっ。

 あらあらあらー!

 久しぶりね~」


 【201】号室から出てきたのは老齢の女性です。

 確かメールでは、【202】号室の???(はてな)さん、つまり私について事情を知っている設定だったよな、と猫の少女は考えました。


「えーっと、どこかで会いましたっけ」


「あら、忘れちゃった?

 昔から知っているよぉ。

 ほら、最後にお漏らししたのが小学校3年生……」


「うわーーうわーーうわーー!」



 猫の少女は慌てふためきます。

 設定とはいえ、自分のことを知っているというのは本当なんでしょう。


 猫の少女は両親を小さいころに亡くし、一時期は親類の家に暮らしておりましたが。

 厄介払いの形で小学校3年生のころから1人暮らしをしていました。

 1人暮らしの初日、寂しさのせいでしょうか。

 少女は本当に久しぶりに、お漏らしをしてしまったのです。


(誰にも言ってないのに……滅茶苦茶恥ずかしいんですけど)


 ただの小説のキャラクターだとしても、恥ずかしいものは恥ずかしいのでしょう。

 少女は心の中で愚痴りました。



 猫の少女は、4人を見渡すと、声をかけます。


「みなさん、メールとか、届きました?」


 4人はそこで初めて携帯を取り出し。


 そして、読み始めました。



「こ、これはどういうことですか?」


「ここは、今まで住んでいた場所ではない、特殊な空間になります。

 私たちは一致団結して、この空間を抜け出さなくてはいけないんです」


 【101】号室の中年に、猫の少女は答えました。


「まずは、自己紹介からしようと思ってますが。

 みなさん、それでいいですか?」


「ええ、そうですね」


 【101】号室の中年が、答えます。


「うん、わかった!」


 【103】号室の小児も、答えます。


「そうしましょうか~」


 【201】号室の老女も、答えます。



 ……【102】号室の壮年は、返事をしませんでした。

 携帯を覗きながら、何やら「なんで自分だけ……」だの「情報が多すぎ……、デパートみたいな品揃え……だな」だの。

 ブツブツと文句が聞こえます。


「あ、じゃあ、【102】号室から出てきたお兄さん。

 お兄さんから、自己紹介、お願いね」


 人の話を聞かないことに苛立ちを感じたのでしょう。

 猫の少女は、そう話をふります。

 が。

 【102号室】の壮年は、聞いていないのか無視しているのか、ブツブツ携帯を覗き込んだままでした。


「ねえ、オタクのおっさん!」


 猫の少女の失礼といえば失礼な声に、やっと彼は反応しました。


「……数多(あまた) 品数(しなかず)


「……はぁ?」


「数多品数……よろしく……」


 【102号室】の壮年は、そう言ったっきり、またメールに向き直っています。



 ……変な名前です。

 数と数で、被ってます。

 ああ、この名前であれば、引きこもるのも無理はない、と。

 猫の少女は、自分の名前を棚に上げて、少しだけ同情しました。


 まあ、もちろん、そうでない可能性(・・・・・・・・)についても(・・・・・)、考えてはいましたが。


「ふ~ん……。

 そしたら、次は正太郎君」


「え?

 俺は正太郎って名前じゃないよ?」


「君みたいな小さい男の子を、正太郎っていうの」


 猫の少女の良くわからない言葉に、小児は少し困った顔をした後、大きな声で答えました。





「俺の名前は、※※※※です!」



 ん?

 周りの4人は、自分の耳が悪くなったのかな?

 と思いました。

 けれども、どうやらそうではないようです。



「……あ、あれ?


 ※※※※、※※※※!」


 小児は一生懸命自分の名前を言おうとしていますが。

 どうやら、言えないようです。


「※※※※、※※※※。


 ……成程ね」



 猫の少女も、自分の名前を口にして。

 それが口にできない事を確認すると、言いました。


「どうもこの空間では。


 ……名前が言えないみたい、だね」


 他の4人が、目をぱちくりとします。



「※※※※。


 あれ、本当ですね!」


「面白いねえ」


 4人はそれぞれ、思い思いのことを試した後。


「しょうがない。

 ここは、メールで送られてきた名前で各々を呼ぶことにしよう。

 みんな、あるんでしょう、固有名詞。



 私は『おとな』なんだけど」


 猫の少女がそういうと、各々がメールを確認して、言いました。


「私は、『かたりべ』ですね」


「俺は、『ねずみ』だ!」


「私は、あら。

 『こども』だねぇ」


 なんだかよくわかりません。

 女子中学生の猫の少女の固有名詞が『おとな』で。

 老女の固有名詞が『こども』。

 どう考えてもランダムとしか思えないそれぞれの固有名詞。


 ……一体これは、何を意味しているのでしょうか。


「……それで、オタク君はどうなの?」


 猫の少女が、冷たい目で【102】号室の壮年を見ます。


 彼は、当初は無視を決め込んでいましたが。


 周りのプレッシャーから、どうやら逃げられないと感じたのか。


 少しだけ逡巡した後。


 ……ぼそりと、答えました。


「……『ふえふき(・・・・)』……だ」

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