原子番号28
時刻は8月某日、午前7時過ぎ、場所は浦野ハイツ、その、門の、前。
猫屋敷西は、廃墟の前に立ち尽くしていました。
「……ゴールってことで……良いんだよ、ね……」
なんだか、長い夢を見ていたような気がします。
緊張の糸が切れたのでしょうか。
少女はその場でぺたんと尻餅をつくと、ため息をつきました。
ふと。
視線を横に、移動すると。
「スー、スー」
……何故か、鶏の少年が、いました。
少年は、浦野ハイツの壁にもたれ掛かって、静かに寝息を立てています。
「……おいおい、どういうことだってばよ」
猫の少女は、思わずその気持ちを口にしますが。
……面倒臭くなったのでしょうか。
ごん、と、頭で頭にアタックすることにしました。
「いたっ」
鶏の少年が目が覚めます。
「え、あ、お」
少年は、突然のことに驚いたのでしょうか。
いろいろ、言いたい言葉を厳選した後に。
「……えーと……じゃあ、ま、帰りますか」
……厳選しすぎて、ただの保護者になったようでした。
「いやいや、その前に……ガリベン君……なんでここに、来たの?」
少女の、その言葉に。
鶏の少年は、大欠伸をして、答えました。
「……わかりません」
猫の少女は、考えました。
多分、この『わかりません』には、常人では理解できないような、たくさんの意味が含まれている、と。
なので。
「……つまり?」
本人に語らせるのが正解だ、と考えた少女は、とりあえず先を促してみました。
「……ちゃんとした根拠があるわけではありませんが」
少年は、お尻についた土を払って立ち上がりながら答えます。
「……どうせ、貴女、怪異を追って、怪奇に巻き込まれたんでしょう」
うぐ、少女は、言葉を詰まらせます。
流石は天才、ぐうの音も出ないほどに正解です。
「ちゃんと勉強していれば、こんなことには巻き込まれませんでしたよ?」
少年は、やれやれ、と溜め息を吐いた後。
……座り込んでいる少女に、手を伸ばしました。
「……」
デジャブを感じながら、少女はその手を取ります。
「えへへ~」
「さて、帰りますか……って、いつまで繋いでるんですか」
「いつまでも~」
手を離さない少女に、少年は呟きます。
「……じゃあ、鷹臨高校程度、ちゃんと受かってくださいね?」
「き、貴様……鷹臨高校に、『程度』をつけたな……!?」
天才の思い上がった発言に、少女は声をあげました。
……勿論手は繋いだままです。
「……あ、ところでさ。
なんで浦野ハイツにいるって解ったの?」
「……西さん、某巨大掲示板にスレ立ててたでしょう?
そこから逆引きしたんです」
少年の取り出したスマホには、どこかで見た文章が載っていました。
『0125 名無しの原子番号28 2016/08/※※ 13:59:49
>1さんへ
○○町7不思議、『金属の笑顔』は『浦野ハイツの202号室』に行けば分かるらしいですよ。
ttps://***********
個人情報が書いているので、5分後に削除します』
「あ~……あれ、でもこれ、すぐに削除されたはずじゃあ……」
「ええ、苦労しました」
「あ~……」
なにも言えずに猫の少女は、そんな感嘆の声をあげるのみ、でした。
「さっきも言いましたけど。
ちゃんと勉強していれば、こんなことには巻き込まれませんでしたよ?」
「……ん?
どゆこと?」
少年は、もう何度目かの溜め息を吐きました。
少女はその横顔を見ながら、「絶対鷹臨高校受かってやる」と気持ちを新たにします。
既に昇っていた太陽は、夜だった辺りの温度をじりじりと上げ始めています。
少年は片手で器用に、書き込まれたハンドルネームを拡大しながら答えました。
「良いですか?
これを機会に、覚えてください。
原子番号の28番は」




