出口はどこだ?
時刻は午前7時、場所は浦野ハイツの中庭。
私は『騙りべ』の中年の姿を止め、男だか女だか、老人だか小児だか分からないいつもの姿に戻ることにしました。
そんな私に、猫の少女は会話を続けます。
「ん、やっぱりね。
っつーか、恐るべきはガリベン君だよ……ほぼ最初の段階で、あんたの正体まで全部、読んでるんだからね」
「……まあ、貴女という存在がいる時点で、5人のうち4人がブレーメンの面子で、もう1人が私だと予想が出来たんでしょうけどね」
「成る程……ガリベン君の視点から見ると、そうなのかも」
猫の少女は、ふむ、とうなずいています。
「……それで、貴女は、これから、どうするんです?
……ここから出て行く方法は、いくつかあります。
今まで通り、普通に、先に進む。
『ねずみ』の小児の様に、死ぬ。
『こども』の老女や、『ふえふき』の壮年の様に、留まる。
……大きくまとめると、この3つでしょうか。
まあ他にも探せば、後戻りする、とか方法はあるのでしょうが」
「うん、それなんだよねえ……。
正直、あんまり、よく解ってないんだよねえ」
少女は、考えているようでした。
「……まあ、好きなだけ考えると良いですよ。
生きて帰れるか否かの、大事な選択ですから……」
「あ、いや、選択肢はもう、決まっているよ。
ただ、何でその選択肢になるのかなあ、って考えててね」
「……は?」
私が驚いた声を上げると、少女は当たり前の様に答えます。
「もしも私がガリベン君の正体に気づかなかった場合。
何も考えずにこのまま出口に向かったと思うよ。
つまり、ガリベン君は、私がそのまま先に進む様に誘導したって事になる。
なので、正解は、『このまま、先に進む』。
理由は、『ガリベン君が、私を、そうなるように、誘導したから』」
「……貴女……そういう物の考え方、止めませんか?」
私は呆れたように、声を上げました。
スイムさんで出された謎々しかり。
彼女はどうも問題本文ではなく、出題者の意図や他人の考えから逆読みして、問題の答えに辿り着いている様に思えます。
「更にいうと。
ガリベン君が正体を隠していた理由は、『ピザデブ引きニートになっているのを、私に知られるのが
嫌だった』というもの。
超天才のガリベン君が、そんなアホな理由で、バカ犬やネクラちゃんを見捨てる訳がない。
当然、他の面子も、無事脱出しているはずだ」
またもや、斜め上の方向から推理が始まっています。
私は思わず、眉間を押さえてしまいました。
「……あの……ちゃんとした方法で謎を解いてほしいのですが……」
「つまりまとめると、これが、正しい手順。
初めに『ねずみ』の小児が死んで。
次に『こども』の老女がいなくなって。
その次に『ふえふき』の壮年がいなくなって。
そして最後に『おとな』の少女が先に進む……」
少女はそう呟きながら。
『ふえふき』の壮年が送った、最後のメールを読み直しています。
『緑のドアが、正しい進行ルートです。
進行ルートに沿って進めば、いやでも元の世界に辿り着くことが出来ます』
少女はその文章を2度口に出して呼んだ後。
小さく「そうか」と呟いて、更に言葉を続けました。
「……成る程。
つまり、この、ドアの進む道こそが!
ハーメルンの物語の、進行する時間軸、なんだ!」
明後日の方向からアプローチされた正解に、私は思わず、ため息を吐きます。
……残念ながら、正解、です。
脱出の順番は、物語からいなくなる順番で。
脱出の方法は、物語の内容に準拠、していたのです。
まず、『ねずみ』が死んで。
次に、『こども』と『ふえふき』がいなくなって。
そして、『おとな』は死にもせず、いなくなりもせず。
……そのまま物語の時間軸を進み続ける。
つまり、少女の言うとおり。
『おとな』の少女は、このまま先に進むのが正解、ということになります。
「……いやあ、それにしても、最初の時点で気づいていたガリベン君、凄すぎでしょ!」
少女は、改めて私へ視線を移すと。
汚らしい笑顔で、言葉をつむぎます。
「ねェ、どんな気持ち?
望まない方向から答えを見つけられて。
ねェ、今、どんな気持ち?」
「ぶっちゃけ、ムカついてます」
私の正直な台詞に、少女は声を上げて笑いました。
相変わらずの笑顔で、意気揚々と、出口へ向かう猫の少女。
「……ひとつ、アドバイスして差し上げましょう」
流石に悔しかったので、私は、少女の笑顔に負けないくらい汚らしい笑顔で、同じく言葉をつむぎます。
「今回出てきた面子は、たまたま、そうなった未来から引っ張ってきただけ、ですよ?」
「……?」
首を傾げる少女に、私は更に続けます。
「未来は確定していない、ということですよ。
当たり前ですがね。
そう、例えば、ですが。
貴女が、鷹臨高校に合格しなかった未来があったとして」
少女の、唾を飲み込む音が聞こえました。
「高校3年間一緒にいなかった鶏の少年が。
……まさか、フリーな状態だと思ってるんですか?」
「……!!
く、くそー!
最高の捨て台詞だな、それー!」
少女は悔しそうに唇を噛むと。
……中庭の向こうの、緑色の扉へと、歩き出したのでした。




