ニッケルさん
時刻は午前7時、場所は浦野ハイツの中庭。
「……は?え?ニッケルさん?
何を言っているのか、良く解らないのですが……」
『おとな』の少女は、困惑している『かたりべ』の中年に声をかけます。
「じゃあ、理由を挙げていこうかな……理由その1」
少女は得意げに話し始めます。
「あんた以外全員、ブレーメンの屠殺場の生き残りってこと。
……あんただけが違うってのは、流石に無理があるよねえ」
「……そうは言っても」
「理由その2」
中年の言葉を無視して、少女は続けます。
「『しりとり』について解らなかったとか言ってたけど。
この空間では、みんなが解ってないと、正解を声に出せない。
声に出せたってことは、解ってたってこと。
……しりとりの謎も。
最初から、全部解ってたんでしょ?」
「あ……う……」
言葉もなく立ち尽くす中年に、少女は更に続けます。
「理由その3。
この、7つ目の7不思議。
『どこかの誰かの噂話 その7』。
これが、答えになっている」
「……一体、何を言って……」
「この文章、『う』、『ら』、『の』、『は』、『い』、『つ』が、一文字ずつしか、入ってないんだよね」
少女は、中年の言葉が聞こえないかの様に、喋り続けます。
「『う』、『ら』、『の』、『は』、『い』、『つ』……母音だったり、助詞だったり、普通の文章には2つ以上使われてもおかしくないそれらが、それなりの長さの文章中に、狙ったように、1つずつしか使われていない……」
少女は、メールを再度確認すると、言葉を続けます。
「そして、この文章にある、『浦野ハイツの、後ろの正面』。
つまり、この文章の中で、『う』、『ら』、『の』、『は』、『い』、『つ』の、後ろの正面を読み上げていけば、答えが出るわけだ」
少女は、笑顔で、声を上げます。
「この文章の中で。
『う』、『ら』、『の』、『は』、『い』、『つ』の、後ろの正面。
それは、つまり」
少女の言葉に、中年はメールを確認します。
確かに、『うらのはいつ』は、文章の中に1つしか使われておらず。
そして、その言葉の『うしろのしょうめん』……すなわち、すぐ後ろにあるのは。
……『に』、『っ』、『け』、『る』、『さ』、『ん』
ニッケルさんに、なるのでした!
「……ま、そういうわけだよ」
少女の言葉に、中年はしばし沈黙します。
…そして。
「……それでも、私が『ニッケルさん』という理由にはならないでしょう?」
『おとな』の少女の言葉に、『かたりべ』の中年が異議を唱えました。
しかし、少女は……『おとな』の少女は、相変わらず確信したかの様に、言葉を続けます。
「そして、理由その4。
……まあ。
『かたりべ』が、唯一、物語の登場人物じゃない、とか。
『騙りべ』って言う、言葉遊びであるとか、あるけれど、何より」
少女は、笑いながら、言いました。
「あんたの、その、敬語。
どこかで聞いたことがある、その、敬語。
最初っから、気持ち悪いと思ってたんだ。
全部を理解したような、ガリベン君とは違う、その、気持ち悪い敬語が」
場を、静寂が、支配しました。
「……つまり、勘、だと?」
「そそ。
女の勘的に……というか、私の勘的に。
あんたは、絶対に、『ニッケルさん』だ」
少女が、根拠もなく断言します。
なんというか、もう、めちゃくちゃな言葉です。
そんな、めちゃくちゃな彼女の言葉に、『かたりべ』の中年は。
……いえ、私は。
「……なるほど……バレましたか」
満足そうに、声を上げるのでした。




