女子会
時刻は午前3時30分、場所は道路のど真ん中。
立ち往生するタクシーの中へ向かって、『かたりべ』の中年が『こども』の老女に声をかけています。
「え、えーと。
ちょっと意味が分からないのですが。
……ここで脱落するとは?」
「そのままの意味さね。
私はここに残るよ」
「は、はあッ!?」
驚きの声をあげて後部座席を覗いた『かたりべ』の中年は。
老女の膝に顔をうずめて泣き続ける、ミサキボッコの姿を見つけたのでした。
隣では、『おとな』の少女が複雑そうな顔をしています。
「ミサキボッコちゃんは、全部思い出したみたいだ。
多分、もう数時間もしたら、消えてなくなって……もしかしたら、地獄とかにいくのかもしれない」
「あたりまえじゃん、そんなの、自業自得でしょ?」
少女の返答に、老女は首を振って答えます。
「勘違いで、呪いを生んで、人を殺して。
そして。
過ちに気が付いて、後悔して、地獄に落ちる。
……非道すぎるじゃないか、こんな最期。
そりゃあ、自業自得だろうさ。
でも、これじゃああまりにも。
あまりにも救われなくて可哀想だ」
老女は、優しい笑顔を浮かべて、ミサキボッコの頭を撫で続けています。
「だ、だからって、なにもお婆ちゃんが犠牲になることないでしょ!?」
「そ、そうですよ!
ほら、緑色の扉も、いつまであるのか分からないですし……早く先へ進みましょう!!」
「……やめ……ろ」
中年と少女の説得する言葉を遮ったのは……『ふえふき』の壮年、でした。
「進む意思の無い……ヤツ……は、いても邪魔なだけ……だ」
『ふえふき』の壮年が、無視して緑の扉へと向かいます。
「……待って!」
声を上げたのは……『おとな』の少女です。
「……ちょっとだけ、話をさせて」
少女が、頭を下げます。
彼女を知るものなら、驚く様な姿です。
そんなこと、絶対出来ない人間性ですからね。
「……急げよ」
それを知ってか知らずか。
壮年は激しく舌打ちをすると、扉の前でどかりと座り込みました。
「……ありがと」
少女は車に改めて乗り込むと、ドアを閉めました。
「……私は、気持ちを変えるつもり、無いけどねえ」
「……分かってる。
そうだね、オタク君のおっさんの言う通り。
もう進むつもりが無いんだったら、これ以上は足手まといになるかも、だもんね。
ここに残るっていうのも、お婆ちゃんっぽくて、納得、っていうか」
意外な少女の言葉に、老女は目を丸くして。
「……ありがとね、『おとな』ちゃん」
嬉しそうに、少女の頭を撫でます。
「……じゃあさ、いなくなる前に、教えてよ」
「ん?」
「お婆ちゃん、一番最初にあった時、私のお漏らしの話、したよね」
老女は何の話か頭に手を当てた後、思い出したように膝を叩きました。
「ああ、したねえ。
それが、どうかしたかい?」
「あの話は、親類も含めて誰にも話をしていない。
最初は恥ずかしくて、思わずそのまんま流しちゃったけど。
……なんで、知ってるの?」
少女の言葉に、時間が止まります。
……そして。
老女がゆっくりと、言葉を紡ぎました。
「ふふふ。
……本当は、大体、分かってるんでしょう?」
その言葉で、少女は確信したのです。
少女しか知らないことを知っている人物。
そんな人物は、自分以外でニッケルさんと、もう1人。
多分……将来、どんなことでも話せるようになる人物。
恥ずかしい過去でも語れるほど心を許すことになるであろう人物。
……ずっと未来の自分の親友。
「……老けたなあ……根暗ちゃん……」
少女は涙ぐんで、笑います。
「……もう、90歳のお婆ちゃんだからねえ」
驢馬の老女も頷いて、笑います。
どう言う訳か分りませんが。
ニッケルさんは、未来の、驢馬の少女を連れてきたのでしょう。
もはやちょっとした面影しかありませんが。
それでも皺の奥にある戸惑ったような笑顔は変わっていないなあ、と猫の少女は思いました。
「……じゃあさ、根暗ちゃん。
……どっちが、どっち?」
少女の真剣な眼差しに、老女は意地悪そうに笑います。
「知りたいの?」
「……どういう意味?」
「何も知らなければ、クリア出来るかもしれないよ?」
「……知らなければ、クリア出来る?」
猫の少女が上げた素っ頓狂な声に、驢馬の老女は笑いながら続けます。
「うん、何も知らなければ、クリア出来るかもしれない。
知ったら、クリアできないかもしれない。
……それでも、知りたい?」
猫の少女は、少し考えた後。
「よくわからないけど、知らないままで、クリアなんて。
私には、出来ない」
そう、言いました。
驢馬の老女は満足そうに笑うと、指を1本立てておどけます。
「……じゃあ、一つ、私の正体を当てたから、特別ヒントをあげようかな」
「え、なになに?」
「『ふえふき』のお兄さん。
一番最初にもらったヒントは何だったか、知ってる?」
「……え?」
猫の少女は、頭をひねって思い出します。
「確か……
『 ”ふえふき”は、登場人物を、1人、殺さなくてはならない』
……だったんでしょ?
私は見なかったけど」
「たぶん、あれ、ウソだよ」
「……は、はあ⁉」
猫の少女の驚きを、嬉しそうに見ながら、驢馬の老女は答えます。
「『ふえふき』さん、一番最初に、こう言っていたでしょ?
『情報が多すぎ……』。
『 ”ふえふき”は、登場人物を、1人、殺さなくてはならない』って。
全然、情報多くないよね」
「あ……」
老女は、笑いながら、少女の背中をたたきました。
「私は、分からなかったけど。
『おとな』ちゃんなら、答えに辿り着けるかも、ね」
「……根暗ちゃん」
「ほら、行きなよ。
みんなが、待ってるよ?」
驢馬の老女の言葉に。
猫の少女は、泣きながら、ゆっくりと車のドアを開けて。
……そして、閉めたのでした。
いろいろ話はしましたが、結局、何も分からなかったのと同義な話し合いだったといえるでしょう。
それでも。
「……お別れは、済んだか?」
間髪を入れない『ふえふき』の壮年の言葉に。
「……まあ、ね。
覚悟、しろよ?」
少女は、不敵に笑うのでした。




