さつちゃん
時刻は午前3時過ぎ。
場所は【202】号室の前。
残っているのは、4人です。
『かたりべ』の中年と『おとな』の少女。
そして、『ふえふき』の壮年と『こども』の老女が。
それぞれ、なんとなく2組になって離れています。
「次は、ミサキボッコ……だ」
壮年が、誰にともなく声を上げます。
……誰も、特に言葉を返しません。
ギスギスした空気の中で。
【203】号室の扉が、緑色に変化します。
『かたりべ』の中年が、一息入れると。
……ゆっくりとその扉を、押し開けるのでした。
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扉の先にあったのは……はるか先まで続く、一本道の道路、でした。
ふと目を向けると、路肩にタクシーが一台、止まっています。
……他には何も、ありません。
「……『乗れ』ということ、でしょうね」
『かたりべ』の中年がそういうと、運転席の扉を開けようとします……が。
「……どけ……」
振り返ると、その後ろには『ふえふき』の壮年が立っていました。
「邪魔……だ、……俺……が、運転……する」
「……貴方に運転を任せるつもりはありません。
どうなるか、分かったものじゃありませんからね。
……なんなら、多数決でもしましょうか?」
「はい、はーい!
『かたりべ』のおじさんで良いでーす!」
中年の提案に、『おとな』の少女がすかさず反応しました。
『こども』の老女は、特に言葉もなく状況を見守っているみたいです。
壮年は、何か言おうとしましたが、一旦考え込んで……改めて言葉を発しました。
「……意味もなく、運転を、ミス……るなよ……」
「……当たり前です。
なんで私が意味もなく運転をミスるんですか」
中年の憤りの声を聞いた壮年は。
「……そう……だな。
意味もなくミスる意味は……無いな」
意外と素直に、助手席の扉へと移動しました。
「んじゃ、乗り込みますか……」
続いて少女が、最後に老女が、後部座席に乗り込みます。
「さあて、鬼が出るか、蛇が出るか……」
そんな台詞を『こども』の老女が言ったそのタイミングで。
♪ぴろり~ん♪
メールが、届きました。
4人は、それぞれ内容を確認します。
『さつちゃんは、交通事故で死んで、遠くへ行っちゃったよ。
事故の相手は、タクシーの運転手さん。
たまたま無傷だったタクシーの運転手さんを検査した結果、事故直後の彼の血液から、大量のアルコールが検出されたんだって。
飲酒どころか、泥酔の状態だったみたい。
けれど、運転手さんは何の罪にも問われなかったよ。
なんでかな?』
がくん……。
メールが届いた次の瞬間。
車が、動き出しました。
「か、『かたりべ』さん、ど、どうしたの?」
「ち、違います、僕が動かしているんじゃありません!」
『かたりべ』の中年が、慌ててハンドルや足元のペダルを操作して確認しています。
「ハンドルは効きますが……アクセルとブレーキは効かないみたいです!」
「問題を解かないと、止まらないってことか……」
そんな事を話している間にも、車のスピードはゆるゆると上がっていきます。
現在のスピードは時速30㎞。
原動機付自転車の法的最高速度です。
「すみませんが、私は運転に集中します……どうか皆さん、なぞなぞの方は、よろしくお願いしますよ!」
「……お前は……最初っから頭数に入ってい……ない……」
『ふえふき』の壮年が半ば本気の軽口を叩いた次の瞬間、車が交差点に進入して。
ドガッ!!
……何かを、撥ねました。
「あ、あ、あーあー!?
アホかアホかアホかー、見え見えだろー!!」
「ちょ、『おとな』さん!
すみませんでした、すみませんでしたから首を絞めるのを止めてください!!」
スピードを上げる車の速度は、既に時速60㎞。
一般道路の法定速度に達しており。
……人間を殺すには、十分な速度になっていました。
そしてもちろん、撥ねたのは人ではなかったようです。
なぜなら、蜘蛛の巣のようにひび割れたフロントガラスには。
……真っ黒な血が、あたり一面に散っていたのですから!!
「う、運転できるかい、『かたりべ』さん?」
「な、なんとか!」
すかさずウォッシャー液とワイパーでフロントガラスを洗い流して運転を続けています。
そして、次の瞬間。
車の天井から、フロントガラスへ。
べたり、と、張り付く影がありました。
「う、うわあああああああああ!!」
そこにいたのは……黒い、子供でした。
まるで燃えた残りカスの様な体に。
大きな、大きな、黒目!
……そうです、ミサキボッコです!!
高速で走る車体の周りを。
ミサキボッコは、まるでヤモリの様にペタペタ走り回ります。
「く、お、落ちろ!」
『かたりべ』の中年が、車を蛇行させて振り落とそうとしますが、全く無駄なようです。
車のスピードは、時速120㎞。
その速度は既に、高速道路の最高速度に達していたのでした。




