嘘を吐く男
時刻は午前2 時過ぎ。
場所は公園の中。
「……ということは、『ねずみ』君は、生きてるの?
だ、脱出できたの⁉」
「それは、わから……ん。
……俺……が、『ねずみ』を殺すのは必要条件だったと思われ……るが。
あのタイミングで良かったのかはわから……ん。
もしかしたらもっと早い段階、例えば『身駅』の段階とかで殺さなくてはいけなかったかもしれ……ない。
もしかしたらさらに遅い段階で殺さなくてはならなかったかもしれ……ない。
それに、どうしてそのタイミングで殺されなくてはいけないか、『ねずみ』本人がわかっていなければ脱出は出来ない……だろう」
猫の少女が嬉しそうにそういいますが、壮年は曖昧な返事をするのみです。
「つまり……物語から抜け出す順番も、方法も、タイミングも、決まっていて。
それがなんなのかを見つけ出さなくてはならない、ということなのかねえ」
「そう……だ。
抜け出す順番や方法は、恐らく物語の通りだと思……うが。
その抜け出すタイミングに関しては、何かしらの法則があるはず……だ。
それがわかっていないと、恐らくここから抜け出すことは出来……ない」
猫の少女は、整理します。
この小説の世界から抜け出すには、3つの条件というか、謎をクリアしなくてはならないようです。
①抜け出す順番。
これは『ハーメルンの奇妙な笛吹き』がいなくなる順番通り。
つまり、『ねずみ』の次は『ふえふき』もしくは『こども』で。
それから『おとな』もしくは『かたりべ』が続くと思われます。
②抜け出す方法。
お話の中で死が確認されているのは『ねずみ』だけで。
『こども』と『ふえふき』は行方不明、『おとな』と『かたりべ』は生存しています。
つまり、クリア方法は『死ぬ』以外である可能性が高いです。
そして、③抜け出すタイミング。
これがよくわかりませんが、何かしらの法則があると、『ふえふき』は考えているようです。
「……でも、ここにいる4人が誰も抜け出すタイミングについて分かっていないんだよねぇ。
『ねずみ』ちゃんにわかったとは、とても思えないよ……」
「何もなしで3歳の小児を一番最初にクリアさせるのは流石に無理……だ。
……恐らく『ねずみ』には最初に情報が与えられてい……る。
抜け出すタイミングに関しての、恐らくヒントとなる情報が……な」
『こども』の老女の溜息を、『ふえふき』の壮年がフォローします。
壮年は、どうやらかなり考えているようです。
皆が『ふえふき』の壮年に対する印象を改めていると。
「……それ、ちょっと、おかしいですよね」
……『かたりべ』の中年が、声をあげました。
「……なにがおかしいん……だ」
「『ふえふき』さんは、『ねずみ』くんの、胸を刺していましたね……あれは、何故ですか?」
「……頸動脈や腎臓を刺すことも考え……たが。
心臓ほどの確実性がないから……な。
場合によっては、死なない可能性もあ……る」
壮年の言い分は、最もだと思われます。
先ほどのなぞなぞは、1回だけ刺して確実に殺さなくてはいけなかったのです。
心臓を刺すことに、そこまでおかしな所なんてないと思われますが……。
「心臓は、肋骨に守られています。
大人ですらその隙間は狭いのですから。
子供なんて、包丁をぴったり横に当てて、ギリギリ隙間になんとか入る、くらいでしょう。
……もちろん、本人が抵抗しなければ可能でしょうけれど。
でも、『ねずみ』くんはなんで抵抗しなかったのでしょうか?
『ふえふき』さん。
貴方、どうやって彼の肋骨の間から、心臓を刺したんですか?」
中年の言葉に、壮年は言葉を失います。
「……言えないんですよね。
いえ、大体想像はついています。
……その前に、落としたんでしょ?
頸動脈を締め上げて、気絶させて。
その状態で『ねずみ』くんを、確実に、殺したんでしょう?」
「……だったら、どうするん……だ?」
「『ふえふき』さんは、言いましたよね。
”どうしてそのタイミングで殺されなくてはいけないか、『ねずみ』本人がわかっていなければ脱出は出来ない……だろう”と。
じゃあ、『ねずみ』くんが脱出できる訳がないんですよ。
自分が死ぬとき、自分が何故死んでいるかわからないんですから。
……だって、気絶しているんですから」
中年の言葉に、誰も言い返せませんでした。
それもそのはずです。
彼の言葉が正しければ。
『ふえふき』の壮年は、『ねずみ』の小児が助かる可能性があったにも関わらず。
自分の都合でその機会を奪った上に。
あたかも自分が小児を救ったかのように振る舞ったということになるのですから!
「……面倒くさい……ヤツだな。
……だったら、どう……する。
……俺……を、非難……するか?」
少しの空白の時間を経て、壮年が言葉を発しました。
けれど。
中年の推測を……否定はしませんでした。
「……いえ、そんなつもりはありません。
先ほどの問題で、確実に誰か1人を殺す必要があったのは分かっています。
それに、少しでも『ねずみ』君が生きていると伝えたほうが皆の士気が上がるということも分かっています。
なのでこれ以上、貴方を責めるつもりもありません。
……ありません、が」
中年が、ぐい、と、壮年の襟首を捻じり引き寄せます。
「私は、貴方の嘘が許せない。
救えてもいない命を、あたかも救ったかのような、軽々しい嘘が。
今、分かりました。
……私は、個人的に、貴方が嫌いです」
「嬉しいこと……だ。
それは……こっちも同じ……だよ」
悔しそうに強く歯噛みをする『かたりべ』の中年と。
それをあざ笑うように眺める『ふえふき』の壮年。
チームの柱とも言える二人の仲違いが……決定的と、なったのでした。
本編がシリアスな中申し訳ありませんが、番宣です。
ブレーメンの閑話、『ブレーメンの体育祭』を更新しました。
お暇でしたら是非。




