7不思議その4:金次郎舟
時刻は午前1時過ぎ。
場所は公園の中。
二宮金次郎の周りを囲む池の水が、ごぼごぼと音を立てて無くなる音がしました。
5人が見守る中。
金次郎はゆっくりと。
枯れた池へと降りて。
……そして。
声もない5人へ向かって、ゆっくりと、歩き出すのでした。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
相変わらずの金属音を上げながら。
こちらへと、一歩一歩近づいてくる金次郎舟。
後ろの電灯が、まるでサーチライトのように金次郎を照らすと。
彼の足元にある、赤い影が毛虫の様に蠢きました。
それは、まるで、赤い舟。
『おとな』の少女は、直感で理解しました。
あの赤い影は、今まで金次郎舟に殺された人々の呪いであるとか、怨嗟であるとか。
そういった物の集まりだ、と。
そして、金次郎が池から出なかったのは、多分。
……あれが重すぎるからだ、と。
金次郎は赤い舟に乗って、公園の中央へと動きます。
赤い影は、太陽のフレアの様に金次郎像を嘗め回しながら。
人の手や顔面の様な火の粉になり、空中に消えていきます。
公園の中央に付いた金次郎は。
こおーーーーーん。
こおーーーーーん。
と、大きな音を上げました。
トンネルの中に響くような、強烈な金属音。
「あ、あ、あ……」
それを笑い声と気づいたのは、『こども』の老女、だけでした。
金次郎像は、大声を上げながら。
手に持っていた本を、ゆっくりと。
その場に、置きました。
「みんな、逃げろおおおお!!」
老女が叫ぶと、金縛りから解けたかのように、逃げ出す5人。
そして。
次の瞬間、消える金次郎像。
「ひ、ひいいいいいい!?」
悲鳴を上げる『かたりべ』の中年の前に、それは現れました。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
赤い影のみが、唯一金次郎の通過した道を教えてくれます。
「あ、ああああああああああ!!」
『かたりべ』の中年は、大声を上げて、金次郎の顔面を殴りつけます。
……もちろん、殴りつけたその拳は、砕けました。
「ぎいいええええええええ!!」
金次郎はその潰れた拳を捕まえると。
今度は、『かたりべ』の中年を、殴りつけました。
ブツブツブツッ!
金次郎に掴まれていた、何本かの指を置き去りにして。
『かたりべ』の中年は、吹き飛ばされました。
金次郎は、自分の指の間に残った指を眺めた後。
まるで、フライドポテトを食べるように。
ぽきぽきと、嬉しそうに食べ始めました。
「……おい、……子供……!
……来い……!!」
「え、ええ、え?」
金次郎像のおぞましい姿を隠すように、『ふえふき』の壮年は、『ねずみ』の小児を捕まえて。
そのまま、噴水へと向かいます。
噴水の中央。
すなわち、先ほどまで金次郎が鎮座していた台座には。
包丁が、ありました。
これで、噴水の周りにある4つの泥団子を切り分けろ、と言うのでしょう。
「こ、答え、分かったの!?」
『おとな』の少女が、願いにも近い疑問の悲鳴を上げます。
「……ああ……。
答える時間を稼……げ……!!」
『ふえふき』の壮年は、『ねずみ』の小児を連れて、大声で答えます。
「じ、時間!?
そ、そんなこと言われても……」
恐怖で動けない『おとな』の少女は。
ゆっくりと『ふえふき』の壮年から。
金次郎舟へ、目を移します。
指を食べ終えた彼は。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
ゆっくりと。
こちらへ、首を向けたのでした。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
一歩ずつ、『おとな』の少女に近づいてくる、金次郎像。
逃げることも。
呼吸することさえできずに。
蛇に睨まれた蛙のように、動けなくなった『おとな』の少女。
ゆっくりと近づく男の顔に。
今、スポットライトの電灯が当たりました。
その顔は……笑顔、でした。
それは。
それは、ああ、まるで!
子供のころ、紙幣を折り曲げて作った、笑う偉人、その物だったのです!!
「あ、あ、あ、ああああ」
息を吐き切り、もはや胃の内容物を吐き出しそうな少女の元に、金次郎舟が。
……来ませんでした。
ごぎぎぎぎぎぎいいい。
金次郎は、笑顔のまま、噴水を振り向きます。
振り向いた先には、包丁を手にした『ふえふき』の壮年がありました。
「包丁で、4個を、5人で分ける、最小の手数」
『ふえふき』の壮年が声を上げる傍らには。
「ぴゅううううう」
間抜けな声を上げる『ねずみ』の小児がいました。
そして、小児の胸には。
ああ、その胸には!!
「答えは……。
包丁で、ひとり、ころす」
もはや、どうしようもない程に。
深々と、包丁が、刺さっていたのでした。




