浦野ハイツ
時刻は23時過ぎ。
場所は103号室の前。
緑の扉を通り抜けた面々は、一様に疲れた顔をしていました。
「良い……か。
今のが、むくろえき……だ。
絶対に、近づ……くな」
「う、うん、わかった!」
『ふえふき』の壮年が、『ねずみ』の小児に声を掛けました。
「よ……よくわかりましたね、マッチ棒の問題」
「……まあ、仕掛け人のキャラを分かってるからねえ」
『かたりべ』の中年の言葉に、『こども』の老女が楽しそうに答えます。
そんな中で。
猫の少女、こと。
『おとな』の少女は、考え込んでいました。
なんだか、おかしい。
なにかが、おかしい。
そんなことを、思っているのでしょうか。
「ねえ、おばあちゃん!」
「ん?
なあに?」
『おとな』の少女が失礼な言葉を発しますが、老女は笑って答えます。
「……以前、同じような経験をしたって言ったけど、ホント?」
「ホント、だよ」
「ニッケルさんに、会ったの?」
「……うん、そうだねえ」
「……おばあちゃんて、年齢、いくつ?」
「……今年で、98歳だね」
「……裏野ハイツには、何年住んでいるの?」
「うらのハイツ?
なにそれ。
……住んでないけど」
「あ、あ、ああああああああああ!!」
大声で叫ぶ、少女。
そのまま自分に送られたメールを確認しています。
つらつらと紡がれる裏野ハイツの解説。
そして。
『なお、今年は上記の舞台を必ず使用しなければならないという縛りはございません 』
猫の少女は、弾かれたように部屋を飛び出しました。
そのまま入り口を飛び出して。
確認したのは、ハイツの名前。
浦野ハイツ。
「あ、あああ!
くそっ、くそっ、くそぉぉぉ!!」
猫の少女は、地団駄を踏みました。
「ここは、裏野ハイツじゃあない!
全然関係ない……浦野ハイツだ!!」
そうです。
少女に送られてきたメールを確認すると。
この世界は、裏野ハイツである必要性はありません。
別に、全然関係ない設定でも良いのです!
「当然、説明されたキャラクターも。
裏野ハイツと浦野ハイツは。
まったく何も、関係がない!!」
今更、気づいたのでした。
つまり。
少女に送られてきた情報は、全部がどうでもいい。
単なる、ノイズのような情報だったのです!
【101】号室に住む、50代のにこやかな男性も。
【102】号室に住む、40代の無職な男性も。
【103】号室に住む、大人しい小児も。
【201】号室に住む、70代の気さくなお婆さんも。
全部が全部。
そんな物は無いと言う、嘘の情報、だったのです!
「……どうしたの、『おとな』のお姉さん」
『こども』の老女がそう、声をかけますが。
「ご、ごめん。
え、じゃあ。
おばあちゃんは、小説の中の人じゃないの?
普通の、人なの?」
『おとな』の少女は、やはり若干失礼な質問で返しました。
「……言っている意味は分からないけど。
私は、普通の人だよ。
たぶん、『ねずみ』の小児も、『ふえふき』の壮年も。
そして、『かたりべ』の中年も、ね」
老女の答えに。
少女は、力なく、がっくりと。
……肩を落としたのでした。
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少女は、自分に送られてきたメールを、全員へ転送しました。
「……それじゃあ『おとな』さんは、私たちを小説の中の人物と思っていたんですか?」
「ふざけ……るな。
……俺……は一応、働いてい……る」
「俺は5歳だよー」
「え、私、70台に見えるかい?
嬉しいねえ」
各々違った反応をしますが。
全員に共通することは1つ。
誰も、浦野ハイツに住んでいる人は、いないこと、でした。
全員が、猫の少女と同じく。
本日、突然、訳も分からず。
……このハイツに呼び出されただけ、なのでした。
「……なんというか、ピンポイントに嫌がらせなヒントでしたね」
『かたりべ』の中年が苦笑いします。
「これは多分、ハンデなんだよ」
『こども』の老女が続きました。
「老人や子供にはわかりやすいヒントを。
若者には意地悪なヒントを。
頭の回転の速さとか、その辺を考えたんじゃないかねえ」
なるほど、そうなのかも知れません。
まあ、それだけにしては『おとな』の少女に与えられたヒントは、意地悪な気もしますが。
「……うん、ごめん。
もう大丈夫」
『おとな』の少女は、そういうと自分の頬を強く張ります。
なんだか、気合を入れなおしたようです。
自分一人が生き残ればいいと思っていたさっきとは違います。
何しろ皆は、小説の中の人間なんかではなく。
全員、普通に生きてきた、普通の人間たちなのです。
少女は、先ほどまでの考えを改めました。
ここにいる全員を。
何とか全員、生かして帰そう。
そんなことを、考えていたのです。
自分が生きるだけで必死なこの状況で。
そう思う、『おとな』の少女の考えは、果たして。
……間違いでしょうか。
ははははは。
ええ。
そりゃあ、大間違い、でしょう。




