某寺にて、前編
8月某日、某寺院にて。
今年の夏も、老婆は墓参りにやってきました。
よぼよぼに曲がった腰で、よたよたと頼りなさ気な足取りで。
それでも彼女は、友人や伴侶の墓の周りに生えた雑草を手際よく抜いていき、持っていた桶から柄杓で水をかけたりしています。
手馴れた動作。
まるで、もう何年も、同じことを繰り返しているかのように。
「友達も旦那さんも、みんないなくなって、流石に寂しいですか?」
私がいることに気づいていなかった彼女は、少しだけ驚いたように此方を振り向き。
そして、またお墓の掃除に戻りました。
「……まあ、寂しくないっていったら、嘘になるけどねぇ。
こればっかりは、どうしようも無いでしょ。
時間は誰にでも、平等。
子供や孫が大勢いるし、私は恵まれている方だ」
私の問いに、老婆は小さな声で、しかしはっきりと、そう答えます。
なんだか、自分自身を納得させようとして発しているような言葉。
此方からは見えませんが、苦笑いしているであろう彼女の顔が手に取るように分かりました。
老婆がお墓へ向かってゆっくり手を合わせるのを、私は黙って見ていました。
線香の煙がゆらりと揺れて、静かに時間が過ぎていきます。
「……よし、じゃあいろいろと準備しよう。
あ、貴方はいっつも甘いものばっかり飲んでいたから、お供え物はお菓子抜きだからね」
お墓の伴侶に向かって小言をクドクドと続けながらも、準備していたであろうお弁当や花束などを、てきぱきと備えていく老婆。
一通り準備ができたのか、彼女は石段に腰掛けると、水筒からコップにお茶を注ぎ始めました。
……お墓の真中でお昼を食べるつもり、なのでしょう。
「さてと……あなたも食べる?」
「いいえ、大丈夫です。
有難う御座います」
あ、そう。と老婆は静かに頷くと、お弁当からお握りを1つ取り出して、もぐもぐと頬張ります。
海苔が巻かれていないのは、入れ歯対策でしょうか。
「……それで、あなたは何の用?
お墓参りにでも来たの?」
「いえ。
ちょっとした、お知らせを持ってきたんですよ」
「お知らせ?」
「ええ」
私はもったいぶった様に頷くと、彼女へ答えるのでした。
「残念ながら良い知らせで。
嬉しい事に悪い知らせです」