7不思議その3:身駅
時刻は23時過ぎ、場所は『身駅』。
その、改札口。
「落ち着きなさい、行っちゃダメに決まっているでしょ!」
必死に『おとな』の少女を羽交い絞めにする『こども』の老女。
「いい、もう、死んでもいい!
パパ、ママぁ!!」
少女は、気が動転しているのか、子供還りしているのか。
男性陣が改札口に向かうと、そこから見えるのは、少女の見ていた風景。
すなわち。
ずっと遠くまで続く、金色の稲穂の田んぼでした。
綺麗に区画整理された幻想的な風景の中で、村人と思われる人たちが作物の収穫をしています。
村人の1人が田んぼの中から顔を上げます。
5人に気付いたのでしょうか。
楽しそうにこちらへ向かって大きく手を振っています。
それは、どこかで見たような、スーツを着た女性でした。
緩いウェーブのかかった髪に、ばっちりメイク、高いヒールをはいています。
キャリアウーマン風ですね。
……なんとなくですが。
お酒を飲むと、絡み上戸になりそうな人です。
その、あまりにも幸せそうな表情につられて。
猫の少女は、身を捩って老女の制止を解こうとします。
「ちょっと、『おとな』ちゃん、落ち着いて!」
「う、う、ううう……いやだ、いやだ、いやだああああ!」
「……『おとな』さん、すみません!!」
『かたりべ』の中年が、そう謝ると。
少女の足を刈って地面に転ばせ、押さえつけました。
「ぐべっ」
顔面からダイブした少女は、カエルのように一鳴きして沈黙しました。
「そ、それにしても、この風景は、流石にキますね……」
先ほどの光景にはあまり関心をひかれなかった『かたりべ』の中年ですが。
長閑な田園風景を前に涙目でそんな言葉をこぼしました。
「……このけしき、おかしいよ」
ぼそり、と『ねずみ』の小児が呟きました。
……どうやら彼は、この景色にも特に心を動かされなかったようです。
冷静に観察して。
「あそこで畑仕事をしている人たち。
なんで半分くらい、スーツをきているの?」
そして、発言しました。
「「「「……え?」」」」
「……このまえ、ようちえんの、いもほり遠足があったときに。
新しく入った先生の何人かが、とってもオシャレして、ばっちりメイクしてきたけど。
遠足がえりはみんな、オバケみたいになってたよ」
「「「「……」」」」
「あんなかっこうで、のうぎょうなんてできないよ」
「そ、そんなの、出来るかもしれないじゃ……」
「それに、あの人たち」
少女の言葉を、小児は打ち消して、続けます。
「……なんでみんな、かげがないの?」
小児の言葉に驚いた面々は、再度改札口の向こうに目を移します。
……畑の中から楽しそうに手を振る村人達。
そのほとんどがスーツ姿で。
……そして、全員。
影が、ありませんでした。
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「本当にごめんなさい」
猫の少女が、全員に向かって土下座します。
影のない村人たちに、流石に我に返ったようです。
「いえ、私の方こそ、無理やり地面に叩きつけてしまい、大変申し訳ありませんでした……」
中年も、深々と頭を下げます。
「マッチ、あったよー!」
小児がどこからか、マッチを発見してきたみたいです。
「……たぶん、これで『畑』の文字を作れば、クリアなん……だろう」
早速、壮年がマッチ棒で先ほどの答えを作ろうとします。
……が。
「……ちょっと、待って。
もう少し、考えない?」
その手を制したのは。
……『こども』の老女でした。
「皆の『5本』の答えだけど。
なんだか、違う気がする……なぞなぞ、ぽくない、ていうか」
「……そうは言っても、これ以上少ない本数で『畑』の文字なんて、不可能……だぞ」
「それは、そうなんだけど……」
老女は、ごにょごにょと呟きながら、なぞなぞを読み直しています。
「お婆ちゃん。
制限時間は指定されていないとは言え、もしかしたらあるかもしれない状況で。
そんな曖昧な理由でこれ以上回答を待つのは、どうかと思うけど」
先ほど助けられた分際で、少女は老女に正論を投げつけます。
「曖昧、じゃないよ」
「……え?」
「私も、『おとな』ちゃんと一緒」
老女は、静かに、告白しました。
「私も小さい頃。
……同じようなデスゲームに巻き込まれたの」




