もみじ
時刻は23時、場所は【103】号室の、緑色の扉の前。
「いい……か。
此処から先は、『身駅』……だ。
そこの景色が、どれほど綺麗でも。
どれほど、駅から出たくなっても。
絶対に外には、出……るなよ」
「うん、分かったー」
『ふえふき』の中年が全員に注意喚起をすると、眠気眼をこすって『ねずみ』の小児が手をあげました。
「……行く……ぞ」
ゆっくりと開く扉。
その先には……。
……うらぶれた、駅のホームがありました。
ホームの看板には、『身駅』の2文字。
そして。
ホームから線路の向こうへと視線を移してみると。
そこには。
どこまでも広がる、真っ赤な、真っ赤な、秋の紅葉の風景がありました。
京都のような美しさはありませんが。
素朴で、視界いっぱい、どこまでも広がる。
まるで、懐かしい故郷の様な風景でした。
「な、なんですか。
そんなに大した景色でも、ないですね」
「んーそうだね」
『かたりべ』の中年が声をかけると、『ねずみ』の小児も頷きます。
2人の心には、そこまで響かなかったみたいです。
……しかし。
「だ、駄目だ……この景色は……」
「……」
「な、なんで、こんなものを……」
他の皆さんは、そんなことなかったみたいです。
老女と、壮年と、少女は。
3人とも、両の眼から涙をボロボロと零しています。
「あ、う、う、うわああ」
「ぐ、ぐ、ぐううう」
特に、『こども』の老女と、『おとな』の少女の動揺は激しく。
その場で、蹲って号泣しだしたのです。
そして。
こんな、滅茶苦茶な状態なのに。
♪ぴろり~ん♪
メールが、届きました。
男性陣が、反射的にメールを開きます。
『夕日に照る山、もみじの秋。
さて。
"秋"という漢字がマッチ棒6本で作れるとすると。
"畑"はマッチ棒何本で作れるでしょうか。
ただしマッチ棒は、折ったり曲げたりしてはいけません』
マッチ棒を使った、なぞなぞのようです。
「『ねずみ』……女2人が使い物にな……らない。
……俺……たちで、解……くぞ……」
「……!!
う、うん!」
涙を流しながらも、『ふえふき』の青年は、『ねずみ』の小児に声をかけます。
「……か、感受性の問題なんでしょうか。
郷愁を強く感じる方たちが、より強く影響を受けているのかも、しれませんね……」
『かたりべ』の中年が、そんな言葉を発します。
なるほど。
老女は、両親は勿論、夫や子供など、もういないのかもしれませんし。
猫の少女は、既に父親も母親もいなくなって、天涯孤独の身です。
身駅の景色は、彼女たちの心に、入り込んできたのでしょう。
まるで、毒のように……。
「もう・…彼奴ら……は無視……だ。
なぞなぞに取り掛か……るぞ。
……それにしても、漢字の『秋』は、マッチ棒を使うと、9本い……るぞ?」
「ああ、これは多分、『火』の部分をマッチ棒を使って火をつけることで対応しているんでしょう」
「ああ、なるほどー」
小児が、感嘆の声をあげます。
つまり、禾でマッチ棒5本を使用し、『つくり』の部分の『火』をマッチ棒で点火して火を作ることによって『秋』という漢字にする、ということなのでしょう。
『折ったり曲げたり』は駄目ですが、『擦ったり』するのはokとも言い換えられます。
「……となると、『畑』も『へん』の部分はそれで作っていい、ということ……か」
「あとは、田んぼの『田』ですが。
これは、どう考えても6本は必要ですが……
ん?
あ!
ちょっと待って下さい!」
中年が、おもむろに声をあげます。
「マッチ棒の後ろって、口、に見えますよね?」
壮年と小児は、マッチ棒をイメージします。
火のつく部分を頭として。
反対側の、いわばお尻の部分から見ると。
確かに口、に見えます。
「それを、こう、4つ合わせるんです。
これ、漢字の『田』で良いんじゃないですか?」
「……1本+4本で、合計5本……か。
成程……」
注意深くぶつぶつと繰り返しながら、『ふえふき』の中年は頷きます。
これ以上少ない本数で『畑』の字を完成させることは不可能だと考えたのでしょう。
「回答は、どこに書けばいいんだろ……」
中年と壮年の言葉を聞いた後、小児はどこに答えを書けばいいのかな、と首をかしげて。
少しだけあたりを見回して。
そして、気づきました。
「『かたりべ』のおじさん!
『ふえふき』のおじさん!
おばあちゃんと、お姉ちゃんが……。
いない!!」




