7不思議その2:スイム
ネカフェからこんにちは。
「出来るよ、せんべい。
3回切って、8とうぶん」
「煎餅を、3回で、8等分?
重ねたりもなし……だぞ?」
『ねずみ』の小児の言葉に、『ふえふき』の壮年は、半信半疑で聞き返します。
「うん、もちろん。
え、えーっと。
まず、縦に切る、でしょ。
次に、横に切る、でしょ。
そして……」
『ねずみ』の小児は、煎餅を、地面と水平に、切りました。
「「「「……あっ……!」」」
そうです。
全員が、煎餅を平面で考えていました。
でも、実際の煎餅は、ただの平面ではありません。
厚さもある、立体なのです!
「……多分これで、8とうぶん」
小児は、煎餅の、正しい形を知りませんでした。
知らないからこそ、答えにたどり着けた、といえるのかもしれません。
「ええ、私が間違っていました。
答えは3、ですね」
誰も文句のつけようがありませんでした。
「ねェ、どんな気持ち?
さっきまで、自信満々で幾何の講義をしていたけど。
ねェ、今、どんな気持ち?」
「え、泣いても良いんですか?」
『おとな』の少女の煽りに耐性のない『かたりべ』の中年は、若干泣き顔で答えました。
「……それにしても、どうやって3コースを渡ればいいんだろうねえ」
「あ、それ、もちろん考え済みだよ!」
少女が、自信満々で胸を張りました。
「泳いだらダメなんだから。
歩いて渡れば良いんだよ!」
ものすごい浅知恵です。
他の皆さんも、ポカンと口を開けていますが。
「……まあ、確かに。
他に、方法も無いですしね」
結局、その方法で渡ることになりました。
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プールを歩いて渡ることになった面々ですが。
小児や老女ではプールの地面に足がつかずに、泳ぐことになってしまいます。
ということで。
『ねずみ』の小児を『かたりべ』の中年が。
『こども』の老女を『ふえふき』の壮年が。
それぞれ背負って進むことになりました。
因みに、一番後方が『おとな』の少女です。
例え『歩いて渡る』という物が間違っていたとしても。
一番最初に襲われたくないのでしょう。
「たかーい!
たのしーい!」
「それは、よかった」
状況を忘れてはしゃぐ小児と、笑顔で対応する中年。
「貴方もいい男だねえ。
私がもう70年若かったら、放っておかなかったよ」
「」ブーッ
年甲斐もなくシナを作る老女と、何故か鼻血を吹き出す壮年。
じゃぶじゃぶとプールを進む一行ですが、どうやら『歩いて渡る』で正解だったようです。
特に何の問題もなく、25m先のプールの端にたどり着きました。
コースの上には、緑色の扉が。
小児と中年。
老女と壮年のペアは無事プールから外に出て。
『おとな』の少女が来るのを待っています。
少女はまだ25mプールの真ん中付近でボヤボヤしています。
恐らく一番深いところで、足がつくかつかないか、なのでしょう。
「うあ、ここ、深いなぁ。
つま先立ちで、ギリギリ……」
少女はそんな事を言いながら、懸命に足を延ばしていると、次の瞬間。
「があああああああああ!!
りょ、両足、攣ったああゴボゴボゴボ!!」
……まさかのタイミングで、足が攣ったのでした。
「え、ちょ、大丈夫ですか!」
4人は助けに行こうとしますが、その距離はあまりに暗く、遠いのです。
「な、なにあれ……あの、髪の毛!!」
声を上げたのは、『ねずみ』の小児でした。
どうやら小児は、目がいいみたいです。
何か、見えたのでしょう。
こんな時間に、プールで泳ぐ、自分たち以外の何かを。
「ゴボゴボゴボ」
猫の少女は相変わらずプールの中央で溺れています。
そして。
他の3人も視野にその存在を確認しました。
物凄い速さで少女に近づく、長い長い、髪の毛を!
そして、その髪は、少女を掴むと。
「ゴボ……」
そのまま。
どこかへ。
連れ去っていったのでした。
「あ、あ、ああああ……」
呆然とする一同の前に。
突然、水柱が上がります。
「「「「ぎ、ぎゃあああああああああ!!」」」」
水面から立ち上ったのは、ぱんぱんに膨らんだ顔に。
眼球まで真っ黒な瞳。
ぱっつんぱっつんになったスクール水着。
そして。
ながい、ながーーーい、真っ黒な髪の毛!!
呪われた土座衛門。
……スイムさん、です。
全員が尻餅をついて……小児に至っては、お漏らしをする中で。
スイムさんは腐れ落ちた唇から歯をむき出しにして笑うと。
……夜のプールに、消えていったのでした。
「え、え、え、え、え」
「い、一体、なんなん……だ。
……あ!!」
全員訳が分からないまま呆然としていると。
何故かプールサイドに。
……猫の少女が、気絶しながら横になっていました。
「ど、どういうこと?」
老女が疑問符を浮かべます。
「良く分か……らないが……。
……つまり、こういうこと……だろう。
真夜中の第3プールに。
泳いでいると、連れていかれて。
歩いていると、何もされなくて。
そして……」
壮年は、言葉を切って、少女を向き直ります。
「溺れていたら、助けてくれる」
「……というか、夜中の第3プールまでわざわざ泳ぎに来る人が、まさか溺れるなんて。
流石のスイムさんも、思わなかったんでしょう。
自分に重ねて。
思わず、助けちゃったんでしょうね」
中年が、よかったよかったと、少女の腕を指さしました。
全員が、そこに視線を移します。
グルグルと目を回している少女の、その両手首には。
……くっきりと人の手形が握りしめるみたいについていたのでした。




