雑談 その1
時刻は20時前、場所は浦野ハイツ【101】号室。
【103】号室・『ねずみ』の小児は、【201】号室・『こども』の老女にもたれ掛かって、うとうとしています。
仕方ないことでしょう。
突然のシチュエーションに。
目の前に現れた死の恐怖。
おまけに、恐らく普段はもう寝ているであろう時間帯。
「……『ねずみ』君。
今は、取り敢えず寝ておきなさい」
【101】号室の、『かたりべ』の中年はそう優しく切り出しましたが。
『ねずみ』の小児は、首を振ります。
「ううん、大丈夫……。
俺、強い子、だから」
この言葉には、流石の猫の少女も、一瞬だけジワッと来たみたいです。
「……『ねずみ』くんは、本当に強くて、かっこいいねぇ。
死んだ私の旦那にそっくりだよぉ」
老女が、これではいけないと思ったのでしょう。
小児に優しく撫でるように。
そんな言葉を送りました。
「……あ、そうだ!」
『こども』の老女は、ポケットを探ると、小さな金属の笛を取り出しました。
「これは私の旦那が持っていた、かっこいい人の証だよ。
大事なものだけど、かっこいい『ねずみ』くんに、あげる」
「かっこいい、俺に?」
老女の発言を聞いて、小児は笑顔を見せます。
「うん。
だから、『ねずみ』くん、今は、寝ておいて。
……いざという時に、私たちを助けておくれよ」
「ね、寝ても大丈夫?
寝ても、かっこいい?」
「寝ても、かっこいいよ。
おばあちゃんが、保証する。
老女の太鼓判を見た後、周りを見渡す小児。
「ええ、時間が来たら起こしますから」
「あ~、うん、良いんじゃないかな、問題ないよ」
『かたりべ』の中年と、猫の少女も、そう言います。
「……これだけは、覚えてお……け」
【102】号室の、『ふえふき』の壮年は、小児を圧迫するように、言葉を続けました。
「さっきの敵の名前は『紅鴉』。
今度同じことがあっても、決して近づ……くな」
「う、うん。
分かった!」
『ねずみ』の小児が笑顔で答えると。
『ふえふき』の壮年は「ちッ……、調子が狂……うな……」などと独り語ちました。
##########################################
「ばあちゃんは、子供の扱いが上手だねぇ」
猫の、『おとな』の少女が、『こども』の老女に声をかけます。
小説のキャラクターとはいえ、可愛くて意地らしい小児に。
可愛くて優しい老女。
如何に現実主義な猫の少女とはいえ。
少しだけ、興味が湧いたのでしょう。
老女の膝の上には『ねずみ』の小児がすやすや寝息を立てていたので、小さな声で、ですが。
「まあね。
伊達に子育て、孫育てはしていないしね。
それにね、この子、私の孫に、ちょっとだけ似ているんだ」
そう言って笑う老女。
そういえば。
【201】号室の老女は、お孫さんのボロボロの写真を大事に持っている、なんていう設定があったな。
猫の少女はそんなことを思い出し、老女に聞いてみました。
「ばあちゃん、お孫さんの写真、あるなら見せてよ~」
「ん~?
どうしても?
仕方ないね~」
全然仕方なくなさそうに。
というかむしろ嬉しそうに、老女は猫の少女に写真を見せました。
「……ッ!!」
「どう?
可愛いでしょ?
自慢の孫なんだよ~」
猫の少女は、驚いて目を見開きます。
なぜなら。
だって。
写真の小児は、どう見ても。
……今膝の上に寝ている、『ねずみ』の小児に。
瓜二つ、だったからです。
「ば、ばあちゃん、こ、これって……」
「みなさん、歓談中のところ申し訳ありませんが。
そろそろ、21時です」
猫の少女が疑問の声を上げようとしましたが。
【101】号室の『かたりべ』の中年に邪魔されます。
「……ホントだ、もう9時、か。
今度は、【102】号室、だね。
次は、どんな怪異だろう」
「スイム……」
「え?」
【102】号室の、『ふえふき』の壮年の発言を、猫の少女が思わず大きな大な声で聞き返してしまいました。
「……むにゃ……」
「あ、起きちゃった?
もう少し寝てても、良いんだよ?」
声が大きかったためか、小児が目を覚ましました。
『こども』の老女が、気を使ってそんな言葉をかけますが。
「だ、だいじょぶ。
俺は、強い子……」
小児の戦う姿勢に。
他のメンツは、少しだけ、戦闘意欲の高まりを見せたみたいです。
皆が【102】号室の前へ行くと。
タイミングよく、柱時計が21時の鐘を鳴らし。
そして、扉が、緑色に染まります。
「それでは。
いきましょう、みなさん!」
【101】号室の、『かたりべ』の中年の号令とともに。
5人は、【102】号室の扉を、くぐるのでした。




