情報共有 その2
時刻は19時過ぎ、場所は浦野ハイツ、101号室。
「う、う、うううううう……」
唸っているのは、【103】号室の小児です。
ガタガタ震えながら、【201】号室の老女に膝枕してもらっています。
「……『ねずみ』君……」
【101】号室の中年が呼びかけますが、小児は答えません。
そんな小児を、老女は優しく撫でた後。
「ほら。
『ねずみ』くん。
ちょっとだけ、落ち着いたでしょう?」
優しく話しかけるのでした。
「そうしたら。
まずは、助けてくれた『ふえふき』のお兄ちゃんに、ありがとうしなさい」
「う……う?」
老女の言葉を、小児は聞いていました。
そういえば、自分が助かったのは。
『ふえふき』の……【102】号室の壮年が助けてくれたからだ。
そう、思い出したのでしょう。
「あいさつ、できる?」
「う、うん……」
よろよろ、と立ち上がった【103】号室の小児は、よろよろと立ち上がると、【102】号室の壮年へ向き合いました。
「おじちゃん、助けてくれて、ありがとうございます」
健気に、ぺこりと頭を下げました。
「……そんなことは、どうでもいい……。
……小僧……の、渡された情報を教え……ろ」
【102】号室の壮年は、小児の発言を完全に無視して、そう言いました。
「ちょ……ちょっと『ふえふき』さん……その言い方は無いんじゃないですか?」
【101】号室の中年は、壮年に苦言を呈します。
が。
「だ、大丈夫だよ、『かたりべ』のおじさん。
みんなのメール、教えてもらってもいい?
俺の貰った情報、みんなに送るね」
【103】号室の小児は、びくびくしながらも。
自分がもらった情報を、他の皆さんに送ります。
……しかし。
「……ん?」
「エラー?」
送られてきたメールは。
白紙、でした。
「え、あれ?
もう一回、送るね」
【103】号室の小児は、再度メールを送りますが。
「……エラー、ですね」
「あれ、あれ、あれ?
ご、ごめんなさい、直接、見せるね」
小児が見せる携帯の画面は。
やはり、真っ白、でした。
「え、え。
あ、えーと、俺のもらった情報は、※※※※が重要っていう……」
小児は自分でその言葉を言おうとしますが。
どうやら上手くいかなかったようです。
「……もういい、重要すぎて他に喋れないん……だろう」
【102】号室の、『ふえふき』の壮年は、ため息をついて小児から離れます。
重要すぎる内容は、周囲に話すことが、できないようです。
そりゃあ、そうでしょう。
何しろここは、謎解きの空間です。
「まあ、丁度いいですので、皆さんの手に入れた情報について、教えてもらっていいですか?
あ、私の情報も、送りますね」
【101】号室の、『かたりべ』の中年が送ってきたメールの内容は。
『どこかの誰かの噂話』というタイトルのメールで。
要は、この町の7不思議について、でした。
「これは送れるみたい、ですね」
「……情報によって、軽重があるん……だろう」
【101】号室の中年と、【102】号室の壮年が、2人で話を進めています。
「……じゃあたぶん、私の情報は伝わらないかもしれないねぇ」
【201】号室の老女はそう呟きながら、自身のメールを送りますが。
「白紙、ですか……」
「おい、どういった内容……なんだ」
「あんたたち全員の、本名の情報、だよ」
全員が、びくりと肩を震わせます。
「安心していいよ、名前以外の、それ以上の情報は乗っていないから」
「まあ、良いでしょう。
それで、『ふえふき』のお兄さんは、どんな情報なんですか?」
「……ハッ。
いうつもりは、ない」
……何故か、『ふえふき』の壮年は、自身の情報を晒すことを拒否しました。
「え……ちょっと……」
「……俺……の情報は、別に知らなくてもクリアできる類の、どうでも良いもの……だ」
「そ、そんなの、聞いてみないと実際はわからないじゃないですか!」
中年は声をあげますが。
壮年は、自身の情報開示を頑なに拒んでいます。
しばらく同じようなやり取りを繰り返した後。
中年は、あきらめたようで、今度は猫の少女に声をかけました。
「それじゃあ。
えーと……『おとな』のお姉さんは、どんな情報を手に入れたんですか?」
おとなのお姉さんという言葉に少し恥じらいを感じたのか。
ややためらいがちに、中年は声をかけますが。
「あ、あたしも同じ。
クリアに関係ないし、黙秘で!」
ニコニコ笑いながら、少女はそう言いました。
「ちょ……ちょっと、それは……!」
中年は、驚きを含んだ声を上げます。
まあ、猫の少女としては、当たり前のことです。
自分以外は、全員小説の登場人物。
こいつらみんな、実在の人物では、ないのです。
そんな彼らに、『あなたたちは、小説の中の人間ですよ』と伝えたところで、混乱しか生まれません。
そして同時に、猫の少女は冷たい目で現実を見ていました。
【101】号室の、『かたりべ』の中年と。
【102】号室の、『ふえふき』の壮年。
彼らは、使える。
ボチボチ体力もあるだろうし。
頭もそこそこ回る。
問題は、老女と小児だ。
彼らは頭も体力もない。
彼らは、絶体絶命の危機に今後陥る可能性が高いが。
絶対に助けてはいけない。
ただの小説の中の人物に、命なんてかける必要はない……と。
こうして、とりあえず個別に渡された情報の共有は終わったのです。
1人のみが情報共有に成功し。
2人は、共有不能。
後の2人は、共有拒否、という形で。




