動かざること山の如し
休み時間になり、ジワジワと敵の攻撃が始まった。そう、彼女は転校してきたばかりだから、それはもう注目の的だ。クラスメイトがみんな話しかける。そんな中からたまに聞こえるあの言葉…。
「あいつと知り合いなの?」
その質問をするという事は僕が本当はぼっちではないんじゃないかという疑いの言葉じゃないか。あいついつも一人でいるけど、本当はみんなと話したいんじゃないかという変な誤解を招くじゃないか。本当にやめてほしい。さて、奴は知り合いなのかという質問に何て答えるのだろうか。ただ今朝会ったというだけで、知り合い何かではないんだ。ハッキリと知り合いじゃないと答えてくれ、それでいい。それですべてが丸くおさまってくれるんだ。
「知り合いってわけじゃないんですけど…」
ですけど…って何だ、ですけどって。知り合いじゃない。ってだけの言葉でよかったんじゃないのか、何で言葉に何か意味をふくませようとするんだ。わけじゃないけど何だっていう質問に発展し、僕の話題へと繋がってしまうじゃないか。そして僕へと話を振られたらもうそこからはこの僕の人生の終わりしか見えないじゃないか。ここはどうするべきか、逃げるべきか。そうだ、逃げるしかない。今の僕には勝ち目はない。
いや、待てよ。休み時間終了まで後5分だ。ここで逃げてしまえば僕の話になった途端にあいつは逃げたというただの照れ屋というレッテルを貼られてしまうかもしれない。はは、そう簡単にお前らの策にはハマりはしない。ここはこのまま寝たフリで構えているのが安全策だ。そうだ、守りに徹しよう。動かざること山の如し。鉄壁の防御でやつらの攻撃から身を守るのだ。
「今朝学校までの道のり教えてもらったんです。」
まぁいいとしよう。そう、ただ道に迷ってる人に道を聞かれて教えただけ。そう、それだけだ。そこから話は膨らんだりしないだろう。そう、その答えでいいんだ。さぁ早く転校生は転校生らしく前の学校の話だとか趣味の話だとか恋愛の話だとか、そんな他愛のない慣れ合いの話しに華を咲かせるがいい。
「一緒だったから学校まで送ってもらっちゃって。」
そこまで言う必要があったのか?なぜその一言を付け足したんだろうか、道のりを教えてもらった。ただそれだけで良かったのになぜやつは付け足してしまったんだろうか。本当に僕をぼっち人生から踏み外させようとしているのか、もしくは天然なのだろうか。ほら見てみろ、クラスメイト達も、え?って顔しているじゃないか。それはそうだろう、今までクラスの誰とも話してない僕が女子を学校まで送っていったという事になっているんだから。
こいつって本当はどういうやつなの?話したら意外と話せたりして。とか思われてしまっているとしたらそれは大きな誤解だ。たまたまだ。たまたまなんだ。休み時間終了までのチャイムまでが物凄く長い。後少し、後少しこの鉄壁の防御で身を守るのだ。
「優しい人ですよね」
なぜ僕の話を広げようとするんだ、やつは。もう僕の話はいいじゃないか。学校まで送ってくれた。もうそこまでで勘弁してくれ。道のりで一言も話さなかった僕のどこが優しいんだ。どこを見て優しく思ったんだ。ほら見てみろ、男子の声が聞こえてくるじゃないか、僕には聞こえている。話しかけてみる?という、威嚇射撃が。そうこれは威嚇射撃。ここから僕に銃弾が食い込んでいくのだろう。もうここは人生の終わりを告げるところなのかもしれない。これからは人に話しかけられ人と話すストレス極まりない人生と付き合っていかなければいけない。ごめんなさい母さん。
「キーンコーンカーンコーン」
何てタイミングの救いの鐘!!!!!こんなにチャイムに救われたと思った事は始めてだ。言うならば敵ばかりの戦地で一人でいる僕を味方の戦闘機が見つけてくれたかのようだ。守りを貫き通して良かった。これでいい。勝つ為の守り。そう、時として勝つ為には守る事も大事なのだ。