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「お別れの準備は済んだか?」

「お別れの準備は済んだか?」

――ああ、何だか変な人が見える。

 嫌なことが続いて、もうどうしたらいいのか考えることも面倒になって。死に場所でも探そうかと街を彷徨っていた私の前に、全身黒ずくめの、男なのか女なのかわからない人が現れた。そもそも人であるのかもわからない。

――だって、どう見ても足が地面に着いてない。


「お別れの準備なんていらないわ。私が死んで困る人なんていないもの」

 唐突に投げかけられたその言葉は、やけにすんなり心の内に入り込んできて。私は無意識に返事をしていた。

 両親は事故で幼い頃に死んでしまった。親戚が少なかった上に、駆け落ち同然で結婚した両親に良い感情を抱いていない親戚ばかりだったらしい。私は高校卒業までの十年間を施設で過ごした。施設に入ってから私が直接連絡を取ったことのある親戚なんていない。

 高卒でなんとか入った会社では、お局様と影で呼ばれていそうな雰囲気だ。特に親しくしている同僚もいない。私が死んだ後しばらくは、私の業務のフォローで大変かもしれないけれど、そんなのは一時的なことだ。1ヶ月もすれば、仕事は滞りなくこなされているだろう。


「あなたは、誰? 私をどうしたいの?」

 フードに隠されて顔がよく見えないのだが、相手がニヤリと口元を歪めたことはわかった。

「死神さ。お前の魂を消しにきた」

 死神と言われても別段驚く必要もない。地面よりも少し高いところにある足が、相手は人間ではないのだと、最初から教えてくれていたのだから。まさか死神だとは思わなかったけれど。


「そう」

 死神でも何でもいい。まずは死に場所、死ぬ方法を考えなくてはならない。


 何となく、死んでしまおうかな、なんて思って彷徨っていただけなのに、いつの間にか私の心は死ぬことを選んでいたらしい。死神に会う前よりももっと真剣に死に場所を探し始めた。

 他人に迷惑をかけない場所。間違って蘇生を試されないように、すぐには見つからない場所。でも時間が経つといろいろ迷惑になるので、死後あまり時間が経たない内に見つかる場所。


 死神も一緒に着いて回ってくれて、あれやこれやとアドバイスをくれる。変な死神だと思う。


死神のアドバイスもあり、ようやく死に場所が決まった。

「お別れの準備は済んだか?」

 再び同じことを聞かれた。 何故だか急に、死に急ごうとしている今の自分に、戸惑いと嫌悪を感じた。


「済んでない。お別れの、心の準備ができていない」

「わかった」

 死神はそう言うと、嬉しそうに笑みを浮かべて、空に消えていった。


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