決戦・・・・・・その先へ
レイニーゴット島は常に雨と雷が鳴っている。
竜が近づきたがらないのもうなづける。
「しかし、よくこんなところに作ったわよね」
この悪条件でどう建設したのか、立派な施設が建っている。
「ラーマの技術ってやつだな、たぶん」
ジンが予測する通り、随所に機械的な細工がされている。
「……ジンは帰ってもいいんだよ? これは仕事じゃないし」
「一人で行かせて後悔するよりはいい」
少し照れた表情で、ジンはエヴァリアの手を引き入口の奥へを進んだ。
進めば進むほど、
ラーマの技術力には驚かされる。
赤外線を使ったトラップ、遠隔操作のボウガンや銃。
物質の創造者と同等、いやそれ以上と言ってもいいだろうか。
とにかく、機械技術というのはアナログなラーダの人間には物珍しい以上に感心してしまう。
しかし、ジンもエヴァリアも相手が機械とはいえ戦い慣れは半端ない。
軽々とトラップをかいくぐり、
執拗な攻撃もかわしてどんどん奥へと進んでいく。
「広いところに出たな」
大広間、という感じの結構広い部屋にたどり着いた。
「よくもまあ、自慢のトラップを越えてきたな」
「……グレイ兄さん……」
二人の視線の先には、
黒い甲冑を着た剣士風の男が立っていた。
「久しぶりに会ったと思えば、男連れか。色気が出てきたみたいでよかったな」
「……ずいぶん余裕なのね。兄さん」
「否定しない、か。ならば」
グレイデスは一瞬でジンを羽交い絞めにして短剣を首筋につき立てる。
エヴァリア以上に、ジンの方が動けなかったことに驚いていた。
「取引だ、エヴァリア」
短剣の先が当たっているのか、ジンの首筋から糸のような血が流れている。
「お前の持っている『鬼門』を渡せ。そうすればお前らの命は保証してやる」
「……ひとつ聞いていい?」
ジンの逃げる隙を作るための時間稼ぎ、というわけではない。
「兄さんは『鬼門』に封じられた覇王の復活が目的なの?」
この世界にはかつて5人の王がいた。
武力にたけた斗王
魔法使いの始祖と言われる雷王
竜を統べる竜王
『鬼門』で悪しき魂を浄化する転王
そして、
世界をすべて自分のものにしようとしていた……覇王。
覇王の悪逆は他の王たちからの反感を買い、転王によって『鬼門』に封印された。
「覇王が復活すれば、この世界がどうなるか、わかるだろ。
こんな世界などなくなればいいとは思わないか?」
「……その世界にお前もいないよな」
ジンがボソっと言う。
意外だったのか、グレイデスの動きが止まる。
それを見逃すことなく、ジンは逃れた。
「……覇王とて人間、取り入るすきぐらいあると思うがな」
「だから、あんたは利用されて殺されるのがオチだろう、ってことだよ」
ジンは服の袖で首の血をふき取る。
「よかったな、エヴァリア。こいつが馬鹿でなくて」
「いきなり、何?」
「こいつは俺が黒幕じゃないって解ってるから」
グレイデスの言葉に、エヴァリアは一瞬固まった。
「ほらな、動揺すらしてないぞ、こいつ」
「する必要がないだけだ」
ジンは呪文を唱え始める。
「黒幕が誰だろうが、リアの代わりにあんたの命が取れれば問題ない」
「……ジン? 」
彼が自分をリア、と呼ぶときは気を付けたほうがいい。
よほど自信があるか、余裕がないかのどちらかだから。
エヴァリアは渾身の力でジンを突き飛ばし、グレイデスに剣を突き立てた。
「紅玉が紫玉の力を抑える、ってのは本当だったみたいね」
うずくまるグレイデスの目から紫色の光がエヴァリアの紅玉の光に吸い込まれる。
「おまえ……スレイグスを殺ったのか……」
腹からあふれ出る血をおさえながら、グレイデスは必死で立ち上がろうとする。
「……さようなら、グレイ兄さん」
『風牙』
エヴァリアは答えの代わりに剣を振り下ろした。
「リ……ア……?」
ジンはいまいち状況が飲みこめていない。
グレイデスは誰かに鬼門集めを命じられていた。
裏で操っている黒幕がいることも解る。
「……ジン、よけて! 」
多分、エヴァリアの声がなければ即死だっただろう。
ジンのいた場所に大きな穴が開いていた。
「残念、何も知らないまま死んだ方が楽だっただろうに」
聞き覚えのある声が攻撃してきた方向からする。
「身近な人物を疑え。……あまりしたくなかったのだけど」
だから連絡を取るときは別の雑草隊に頼んでいたのだ。
信頼に足る人物なのか、疑問だったから。
「その割には結構気を許してた気もするんですが」
そう言っていつものように屈託なく飄々と立っている男。
紛れもなく、それはバーツだった。
「わざわざここにグレイ兄さんがいることを話したのも、
残った鬼門が私の持ってるこれだけだってわかってるからでしょ」
「あの時、残ってる鬼門の数を聞いたのは罠でしたか」
「よく考えればわかるじゃない。最初に鬼門をジンに届けるように頼んだとき、
これがどこの鬼門か、なんて情報はあなたから聞いてない。
ジンに渡せ、っと言っている時点でキグナスの鬼門だと思うでしょ? 」
「リア、つまりこいつは最初から……」
「利害は一致してたからね。鬼門を集めてれば兄さんに近づくって。
だからあえて放っておいたの」
鬼門より紫玉を止めることを優先していた、ということか。
「・・・・・・まあ、ここまでは。だけどね」
エヴァリアはバーツに向かって剣を構える。
「ほう……」
「見くびらないでもらえる? この世界が混乱するのを黙ってみてるほど、
私情には流されてないわ」
「私情……じゃあ、さっきジンさんを助けたのも私情じゃないと? 」
いまいち状況は読めないが、
バーツが覇王復活をもくろんでいる黒幕だというのは理解できた。
「……ジン、今ならキャメルを呼べるから。あなたは逃げて」
「ほら、結局は私情でしょう自分犠牲にして好いた男には生きてほしいという」
「ジン……そいつの言ってること気にしないで。 早く!」
「もういい。……リア」
ジンは後ろから覆いかぶさるようにエヴァリアを抱きしめた。
「ジン……お願いだから……」
エヴァリアの声が上ずっている。
「もういいんだ、リア。お前を失ってまで生きるつもりはない」
ジンは懐から鬼門を取り出しバーツに向かって投げつける。
「確かに俺がこれ持って逃げれば最悪の事態は起こらないかもしれない。
でも、それよりも俺は……」
「……それ以上は言わないで! わたしの……決心が鈍るから」
何度もジンを振りほどこうともがくたび、ジンのエヴァリアを抱く腕ははきつくなる。
「おまえらはそこで恋愛に興じてるがいい。
……さあ、今こそ覇王様の復活だ……」
バーツは台座に最後の鬼門を乗せた。
残骸と化した要塞に手を合わせる白いローブの女性。
「やはり、私は間違っているのか……」
「アービス与えた時点で予想ついてたろ、母さん」
隣にはミソギの姿がある。
「まあ、あの二人がいなけりゃ被害をここまで少なくはできなかったろ」
「……そうですね」
しかし、これからが大変だ。
『彼』を御せるのはわたしだけなのだから。
「まさかあの二人が転王と竜王だったってのは驚いたぜ」
正確には同じ魂を持つ者、生まれ変わりなのだが。
「だからこそ。彼らはここまでやってくれたのです」
「確かに、結果がこれってのもうなずけるか」
2人は後ろを振り向いた。
「もうここに用はないだろ、バカ兄貴。……母さんも」
「キャメルが機嫌悪くなる前にここを発ちましょう」
そこには笑顔のエヴァリアとジンがこちらに向かって手を伸ばしている姿が。
「……行こう、母さん」
「ミソギ、あなた一人で行きなさい。私はまだやることがあります」
「でも……」
「ミソギ。ライコウに迎えに来てもらうから。お願い」
「……わかったよ」
ミソギがちょっと不機嫌そうに乗るとキャメルはレイニーゴットを離れていった。
「……なあ、ジン」
「なんだ」
「俺は母さんの支えにはなれねぇのかな」
「ライコウ叔父さんと張り合うなよ」
「……別に、そういうつもりは……」
ミソギは表情を曇らせる。
「まあ、とりあえずは祝ってあげましょうよ『覇王』の復活を」
「前世の記憶でも戻ったのか? リア」
「そういうわけじゃないけど、感じるんだよ」
禍々しい空気が喜んでいる、不思議な緊張感を。
「おまえら、わかってるだろうな。事の重大さを」
「大丈夫ですよ、ミソギさん」
「ああ、わかってるよ」
これが始まりでしかないことも。終わりがいつ来るかもわからない状況だと。
時を少し戻そう。
鬼門の中の禍々しいものが人の形を作り出す。
その圧迫感にバーツの体は要塞ごと消し飛んだ。
「……一瞬かよ」
「待って、じゃあなんで私たち消し飛んでないの? 」
「久しいな、竜王に転王よ」
目の前の男が何を言っているのか、理解できなった。
竜王も転王もずっと昔の故人だ。
「……そうか、時はそこまで過ぎていたか」
一人納得する男。
「ならば、礼をせねばな。閉じ込めてくれた礼を」
《鬼門よ、我を守れ》
男の放った衝撃波を転がっていた鬼門が、
エヴァリアの前に図形を描いて跳ね返した。
《挨拶がそれか、覇王よ》
声自体はエヴァリアから発せられているが、
目の焦点が合っていない。
「リア……?」
ジンもガクンとうつむくと、目の争点が合っていない。
《相変わらず、寝起きが悪いと見える。》
「……ふん、余計な世話だ」
男は不機嫌そうにこちらをにらみつける。
「まあいい。お前らがいるということは、クラレットはどうした」
《お前に教える義理はない》
「まあ、生きてるんだろうなぁ。何百年経ったか知らんが、
あいつは年も取らなければ死ぬこともない女だからな」
《望みならもっと寝ててもよいのだぞ》
「だまれ、転王。
お前が俺を封じ込められたのは運が良かっただけなのは理解してるだろう?」
覇王はエヴァリア……転王の頭を撫でる。
「聡明な竜王殿はこの状況をどうするのが賢明か、解るだろう?」
《……見逃すかわりに、我らの安全を保障しろ》
「見逃す? 時間は記憶まで改変するのか? 4王とクラレットが揃ってようやく互角の覇王様に向かって見逃すとは……」
覇王はケタケタと笑い転げている。
《時は流れた。おまえを倒すのは我々でもクラレットでもない》
《力を蓄える時間は足りぬが、お前が復活したのなら時期が来たのだろう》
「……いいだろう、お前らのその自信、打ち砕くのも面白い」
男の背に黒い翼が生える。
「今回は見逃してやるよ。ただ、次はないと思え」
「ジン、エヴァリアさん、どこだ?」
ミソギが白いローブの女性とともに駆けつける。
「あなた方は……」
《クラレット! クラレットですね》
《おう、相変わらずきれいだな》
姿こそエヴァリアとジンだが話しているのは別の意思だ。
「今はヒソカと名乗っております。転王、竜王」
ヒソカは深々と頭を下げる。
「転王に竜王って伝説の4王か?」
「ミソギ、無礼ですよ」
《かまわんよ。……彼が、そうなのか?》
ヒソカは頷く。
《ならば我々に心残りはない。今の魂に心を返そう》
《そうだな、今の我らは恋仲みたいだし》
「お気遣い、感謝します」
《ミソギとやら》
「はい? 」
急に名を呼ばれてミソギは驚く。
《覇王はどんな手で来るか、我々には予想できません》
《だから、何事にも動じるな。自分以外はすべて敵、ぐらい疑え》
「そうですね。今回の例もあるし」
部下のバーツが黒幕だったのは自分も予想外だった。
《クラレットよ、勇者を導いてくれ》
《でもあんたも無理をしないのよ、クラレット》
2人は同時に脱力し、崩れるように倒れた。
「勇者とか何の話だ? 母さん」
「今は話す時ではないわ。とにかく二人を外へ運びましょう。
それはこれから始まる物語の序章。
悪しき者を倒す勇者の物語。