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ラーニア異聞伝  作者: 紗雅巳 瞭
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贖罪と気持ちの整理

 大雨が降り、時折雷が落ちる。

 ラトア山大聖堂。

 今ではもう使われていない廃墟である。

 


「はぁ・・・っ・・・はぁ・・・っ・・・」


 電源の落ちた暗い聖堂内はその雷でまばたきする様に光る。


「はぁ・・・はぁっ・・・」


 エヴァリアの息の上がった声が落雷とともに響く。

 雷がまた光る。

 その光に一瞬写ったのは剣が赤く染まり、全身血を被っている姿。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・っ」


 次の光では剣を落とし膝を落とした姿。

 その次の光では頭を抱えている姿。


 断末魔のような叫びは落雷の音でかき消された。

 激しい衝撃波で聖堂の大鏡が割れ飛ぶ。

 その欠片に写るエヴァリアの目は・・・紅く鈍い光を放っていた。




 キュウ、とキャメルはひと声鳴いて、ラトア山の周りをグルグルと回る。

 嵐の影響で竜では山の中へは行けないようだ。

 ジンは高度をギリギリまで下げると、山の周りを取り囲んでいる森の中に飛び降りた。

 

《頼りにしてなかったわけじゃないの》


 あの時のエヴァリアの痛そうな表情が頭の中から離れない。


《ホントは解ってるんだろ、その心ん中で燻ってる気持ちが何なのかをさ》


 ・・・解っているからこそ戸惑っているんだ。

 自惚れるわけではないが魔法剣の修行中も傭兵時代も、エヴァリアは自分を慕ってくれていた。

 3年前彼女が傭兵を辞めるまでは。

 なぜエヴァリアは呪いのことを話してくれなかったのだろう。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ジンは首を横に振って意識をリセットさせる。

 とにかくエヴァリアの元へ行かなくては。今はそれだけでいい。


 降りしきる大雨を受けながら、ジンはラトア山の頂上目指して走り出した。




 ・・・真っ赤だ・・・


 目に見えるものはすべて赤い世界。

 どうやら気を失っているうちに迷い込んだようだ。


 ・・・わたし、どうしたんだっけ・・・?


 心なしか体も鉛のように重い。


 ・・・ああ、そうだ。わたし兄さんを・・・・・・


 おそらくこれは主を失った紅玉によるものなのだろう。

 近くにいたエヴァリアを新しい宿主にしようとでもいうのだろうか。



 …………おい………おい!



 男の力強い声と同時に赤い世界の周りが白く光り、エヴァリアはまた気を失った。

「………………」


 目が覚めると、ジンの必死そうな顔が目に飛び込んできた。


「……どうにか間に合ったな」


 ジンは空に浮かんでいる大きな紅い水分でできた球体を魔法で凍らせた。


「どうしてジンが? ……っていうか、ここどこ?」


 この場所がラトア大聖堂ではないことはわかる。


「お前の深層意識の中だ」

「深層意識?」


 本当にそうならここにジンがいることがますます疑問だ。


「悪いと思ったが今はお前と意識を同調させてるからここにいる」

「……そうなんだ」


 エヴァリアはジンの手を借りて立ち上がった。


「間に合った、って何のこと? 」

「あの球体に飲み込まれかけてたんだよ。あのまま飲まれてたらお前の兄貴と同じ状態になってたな」

「……えらく詳しいわね」

「育ての親が物質の創造者アイテムクリエイタでな、紫玉とか紅玉とかの名前は知らんが、原理みたいなのは聞かされてたからな。」


 ジンはすっかり凍ってビー玉ぐらいの大きさになった球体を掴み取った。


「リスクは取り払ったが、多分目覚めたらお前の目は紅玉に摩り替わっているはずだ。その……お前にかけられてた呪いも多分大丈夫だろう」

「……なんかいつものジンらしくないね」


 エヴァリアはクスクスと笑う。いつものジンなら人のことなどたいして気にしないのに


「一応思念体なんでな。言葉を選ぶ前に自然にでるだけだ」


「ああいるよね、無口なのに頭の中では雄弁な人」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 ジンはバツの悪そうな顔になる。


「……とにかく、現実に戻るぞ」

「戻る……ってどうやって? 」

「目を覚ませばいい」

「だからどうやって? 」


 ジンは困った顔になる。


「2つ方法があるんだが、痛いほうと痛くないほうどっちがいい」

「そりゃ痛くないほうがいいに決まってるじゃない」


 エヴァリアは不思議そうにきょとんとしている。


「……あとで文句は受け付けないからな」


 ジンは一度深呼吸すると、エヴァリアの体を抱き寄せ唇を重ねた。


「な、何考えて……ってあれ?」


 気がつくとそこはラトア大聖堂の中だった。

 実際にはジンとキスしたわけではなく、手を握っているだけだった。


「・・・・・・・・・・・・・」


 ジンはいつもの無表情にもどっていた。



「とりあえず……ありがとう、っていうべきかな」


 エヴァリアは大聖堂の鏡に映る目の色が赤いのを確認する。

 ジンの言うとおりなら今頃兄と同じ廃人になっていたのかもしれない。


「……お前が無事なら問題ない」


 ジンは目の前にあるエヴァリアの兄スレイグスの遺体を担ぎ上げた。


「どうするの?」

「幸いにもここは死者を弔う墓場もある。眠らせてやろう」

「……ありがとう」

ジンによってスレイグスは埋葬され、エヴァリアは墓標を立てた。


「……これであとは紫玉……グレイ兄さんを止めるだけね」


 エヴァリアの紅玉の力があればグレイデスの紫玉の力は中和されるはずだ。


「リスクを取り除けたのはお前が受け継いだ直後だったからだ。止めるということは……」

「わかってる。……スレイ兄さんと同じように命を奪う以外に止めようがないんだよね」

「……いいのか?」

「今さら躊躇しないわよ。もう私は1人命奪ってるんだし」


 エヴァリアは墓標に向かって手を合わせると、立ち上がって空を見上げた。


「それに、私を追ってきたってことはジンもちょっと無茶したってことでしょ? 」

「……まあな」

「私を連れ戻す? 」


 問いかけに答える代わりにジンはエヴァリアを抱きしめた。


「ジン? 」

「お前がやりたいようにやればいい。俺はそれを手伝う」

「……職失うよ? 」

「逃げ出したときから覚悟はしてる」

「……死ぬかもしれないよ? 」

「それも覚悟の上だ」


 エヴァリアは少し困ったような、でも嬉しそうな複雑な心境だった。


「……さっきのって本気だった? 」

「さっきの? 」

「あの……深層意識にいたときに……キスしたの」

「あ……いや……それは……」


 ジンは顔を真っ赤にしてあせっている。その様子を見てエヴァリアはクスクスと笑った。


「昔のジンだったら考えられないよね。そんな表情」

「……人間変わるときは変わるんだよ。とくに……男と女の関係ってのは」

「ホント……そうだね」


 どちらからでもなく、2人は唇を重ねた。


「どうにかまとまった、ってとこかな」


2人の前にバーツがニヤニヤしながら現れた。


「ひどいなぁ、見てたなんて」


 エヴァリアは照れている。ジンの方は赤い顔でそっぽを向いている。


「別に全部見てたわけじゃないですよ。……ちょっと一刻を争ってるので」

「……居場所でも判明した? 」


 バーツはコクンとうなづいた。


「ここから東のレイニーゴット島に要塞を発見しました。そこに鬼門が集まっているみたいです」


「レイニーゴットか……船で3日ぐらいかかるわね」

「ジンさんの竜を使えば? 」

「あのあたりは竜が近寄れない」

「とりあえず……持ってかれてない鬼門はあといくつ? 」

「エヴァリアさんたちが持ってるのとキグナスに保管されてる2つだけです」


 バーツによると、エヴァリアが失踪してから外法使い側の動きが活発化し、ことごとく鬼門を奪われたらしい。


「居場所がわかった以上、いかないわけにはいかないし……キグナスの鬼門は死守できそう? 」

「努力はします」

「……ジン、近くの港で船を調達してレイニーゴットへ行こう」

「ああ」




 これでグレイデスとの決着がつけられる。


 エヴァリアは改めて紫玉……兄グレイデスを止めることを決意した。



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