キグナスにて
「嫌」
「頼みますよ、エヴァリアさん」
「嫌ったら嫌」
バーツの静止を振り切ってエヴァリアは街の中へと走り去っていく。
「あ〜もうまた隊長に怒られる……」
ガックリと肩を落とすバーツの横で、
ジンは無言でエヴァリアの走り去った方向を見ている。
ゼファンの1件でガルネシアが1度キグナスに寄るようにと雑草隊を通じで連絡してきたのが3日前。
嫌がるエヴァリアを無理やり説得して一行はキグナスに入国したまでは順調だったのだが、ガルネシアとの謁見を切り出したらこの有様である。
「とりあえず僕は隊長に報告してきますんで、ジンさんはエヴァリアさんのことお願いしますね」
ジンは無茶言うな、といわんばかりな表情であるが、
バーツはお構いなしに去っていった。
「ゴホッ……」
エヴァリアは路地裏でうずくまる。息も荒く、心なしか顔色も悪い。
紫玉の呪いはもうあまり待ってはくれなさそうだ。
エヴァリアは剣の柄を握り、ゆっくりと深呼吸する。
「……大丈夫ですか?」
心配そうな表情をした青年が声をかけてきた。
路地裏だから声をかけてくる人も来ないだろうと思っていたのに。
「だ、大丈夫……少ししたら回復するから」
「顔真っ青じゃないですか。うち近くなんでよかったら・・・」
「ホント大…………丈……夫……」
エヴァリアは崩れるように倒れ、意識を失った。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
気がつくと、エヴァリアは見知らぬ部屋のベッドで横になっていた。
「よかった……気がついたようですね」
先ほどの青年がベッドのそばに居た。
「ここは……」
「施術所です。……といっても僕1人でやってるんですが」
青年はそういって笑う。
回復魔法が一般化しているこの世界では病院の代わりに回復魔法を極めた魔法使いが、
有志で施術所というものを開いている。
大抵年を召した魔法使いが多いのだが、彼のような若い魔法使いは珍しい。
「しかし、あんなに調子悪そうだったのに外的、内的にも何の異常もないなんて……」
「だから大丈夫だって言ったのよ」
エヴァリアは起き上がると置いてあった剣を取る。
「その剣、魔法剣ですよね」
「よくわかったわね」
「実は昔目指したことがあるんですよ、刀鍛冶。見せてもらってもいいですか?」
「……ええ」
エヴァリアは剣を渡した。
普段のエヴァリアならそんなことはしなかっただろうが、
子供みたいに無邪気な青年の目に警戒心を抱くことはできなかった。
青年はあらゆる方向から剣を眺めたり、
少し鞘から抜いてみたりと興味津々の様相である。
「誰に作ってもらったんですか? 装飾も素晴らしいし、よほどの名工の作だと思うのですが・・・」
「知らない」
「知らないって・・・」
「わたしが知ってるのはこれがアービスって呼ばれてて、昔の戦争で物質の創造者が作ったって事ぐらいよ。それ以上はあの人も教えてくれなかった」
「あの人?」
「・・・・なんでもない。返して」
エヴァリアは青年から剣を取り上げると、腰に差した。
「休ませてもらってありがとう。いくら払えばいい?」
「そんな……いりませんよお金なんて」
「…………そう。ありがとう」
エヴァリアは一礼すると部屋を出た。
夕日のまぶしさに一瞬目を細める。
意識を失っていたのは朝だったから、半日ぐらい意識を失っていたのか。
《エヴァリア、わたしがこれを渡すことであなたはより苦しんでしまうかもしれないわね》
エヴァリアはアービスをくれた人の言葉を思い出していた。
紫玉に呪いをかけられ、魔法が使えなくなった頃と同時に現れたあの人のことを。
「より苦しむ・・・か」
この旅はあの方法以外に呪いを解く方法がないと再確認しているようなものだった。
ジンに気づかれないように雑草隊に調べてもらってもいた。
呪いの期限が近い今、ガルネシアがキグナスへ呼んだのもおそらくゼファンの事だけではないだろう。
「…………」
いっそこのまま呪いを受け入れて死んでしまおうか。
「おい」
「?!」
ジンが真剣な表情でエヴァリアの肩を揺すっていた。
「無防備すぎるぞ」
「……ちょっとボーっとしてただけだから」
エヴァリアはジンの腕を振り払って歩き出す。
「……魔法が使えないのと関係あるのか?」
「ジンは知らなくてもいいことよ」
早足で振り切ろうとしたが、ジンは余裕でついてくる。
「1人にしておいて」
そう言って走り出そうとしたエヴァリアの腕をジンはつかんで引き寄せた。
「離し……」
「なんで自分で解決しようとする。俺は頼りにならないのか」
「ジン?」
振り払おうとしていた腕が止まる。
「傭兵を辞めたときもそうだ。俺が何も言わないからといってなんとも思ってないとでも……」
「思ってないよ」
だから敢えて相談しなかった。きっとジンは止めると思ったから。
「ジンが上官でよかったと思ってる。頼りにしてなかったわけじゃないの」
「だったら……」
ジンは言葉を止めた。エヴァリアの表情がとても痛々しく見えたからである。
「……爺さんと謁見、だったわね。行きましょ」
キグナス城謁見の間……
「久しぶりじゃのう、エヴァリア」
「爺さんも元気そうね」
玉座に座っている髭の長い明らかに威厳のありそうな老人がガルネシアである。
エヴァリアは片膝をつく。
ジンも謁見の間に入る予定だったが、エヴァリアに強く頼まれ、ここにはいない。
「外法使いの中に紫玉がいると報告を受けておる。……もうおぬしの我侭を容認はできなくりそうだの」
「言われなくてもわかってる。……その代わり爺さんに頼みがあるんだけど」
「……いいじゃろう。言ってみるがよい」
ガルネシアは手に持っていた杖を足がかりに玉座から立ち上がった。
「ジン=ランスロッドを竜騎士団長に戻してください。それとわたしの特任扱いの取り消しを」
「もっと難しい注文かと思っておったが、そんなことでよいのか?」
「たぶん本人は納得しないと思うけど。爺さんじきじきの命なら従わざるをえないでしょ」
「まあいいじゃろう。……その頼み聞き入れよう」
「……ありがとう、爺さん。我侭ついでにもうひとつ頼んでもいい?」
エヴァリアの顔つきが変わる。
「……まあそう来ると思っとったわい」
ガルネシアの顔つきも真剣なものになった。
「眠れない……」
エヴァリアは起き上がってベッドから降りた。
ガルネシアの計らいで城のゲストルームを使わせてもらえたのはいいのだが、
豪華な調度品がきになるのと、昼間意識を失ったせいもあって目が冴えてしまっていた。
ジンはもう寝てるかな。
エヴァリアはふと思い立ち、部屋を出てジンの寝ている隣の部屋のドアをたたいた。
「返事がない……って事は寝てるか」
音を立てないようにそっとドアを開けた。
「やっぱ寝てるか」
ジンはベッドで寝息を立てている。
「人には無防備だとか言ってたくせに……」
エヴァリアはベッドの縁に腰掛けた。
「……おやすみ。よい夢を」
エヴァリアはそっとジンの髪を撫でた。
「・・・・・・・・・・」
くすぐったい感触でジンが目を覚ましたときにはパタンとドアの閉じる音がした。
ジンは不思議に思いながらも、再び眠りについた。
朝……
ジンはけたたましいノックの音で目を覚ました。
「朝早くにすみません。ガルネシア様がお呼びです。急いで謁見の間へ」
「エヴァリアはまだ寝ているのか」
「……私はジン殿をお連れするように言われただけですので」
急いで身支度を整えて謁見の間へ入ると、
神妙な面持ちでガルネシアが玉座に座っていた。
「すまないの、こんな早くに呼び出して」
「いえ」
ジンは跪く。
「引継ぎは早いほうがよいと思うてな」
「は? 」
「・・・ジン=ランスロッド、本日よりキグナス竜騎士団長への復帰を命ず」
ジンは状況が飲み込めない。
竜騎士団長復帰?
鬼門探索任務は?
「……エヴァリア……エヴァリア=ラキニエルは……」
「……下がってよい」
「待ってください。あいつは……」
「おぬしは自分の仕事をすればよい。……つれてゆけ」
控えていた衛兵がジンの腕をつかむ。しかし、ジンはそれを振り払う。
「納得ができません。あいつはどうなるんですか」
「あやつはおぬしの元部下というだけじゃろう。なぜこだわる」
「それは……」
確かになぜエヴァリアのことが気になるのだろう。
ジン自身その答えがわからないでいた。
「これ以上わしに意見するというなら、頭を冷やしてもらうことになるが」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
プチン、とジンの中で張り詰めていたものが切れた。
衛兵を振りきりってジンはガルネシアの胸ぐらをつかむ。
「ふざけるな!大体団長の任を一方的に解いてエヴァリアと旅をさせたのはあなただ。
それでまた勝手に団長復帰だと!
あなたは俺を都合のいい道具か何かと勘違いしてないか」
「ガルネシア様を離すんだジン殿」
衛兵の声で我に返ったのか、ジンは手を離した。
「牢につないでおけ。やはりおぬしには冷静になる時間が必要なようじゃの」
ジンは衛兵たちに両腕をつかまれて謁見の間を出て行った。
「大丈夫ですか、ガルネシア様」
「大事無い。……これはエヴァリアが思っているより大変かもしれんの」
「あーあ、これじゃあ完全にガルネシア様悪者じゃないですか」
衛兵でも側近でもない男の声が響いた。
「戻っておったのか、ミソギ」
「雑草隊隊長ミソギ=ガルロード只今戻りました」
いつの間にかジンとそう大差ない年の青年がガルネシアの前に立っていた。
「あいつがあそこまで激昂するのを見たのは久しぶりですよ」
「普段が無口で何考えてるか読めんから余計にの」
「本当のところどうなんです、あれで止められると思いますか」
「エヴァリアの頼みじゃ、聞いてやらんわけにはいかんじゃろう」
「……まあ、ガルネシア様がそう言うんなら、雑草隊にはエヴァリアさんの行方については機密扱いにしておきますよ」
ミソギは一礼すると、姿を消した。
キグナス城地下牢・・・
ジンが地下牢に入れられてから3日が過ぎていた。
牢を破れないように両腕には魔法が使えなくなる腕輪がつけられてただけで、閉じ込められている以上の罰は
与えられることはなかった。
「よっ、仏頂面」
またお前か、と言わんばかりにジンは目を伏せる。
「何だよ、せっかくミソギ様が忙しい中来てやってるってのに」
軽口をたたきながらも、ミソギの目は笑っていない。
「・・・お前さ、実のところエヴァリアさんのことどう思ってるんだ?」
「・・・・・・・・・・・・・」
「ホントは解ってるんだろ、その心ん中で燻ってる気持ちが何なのかをさ」
「・・・・・・・・・・・・・」
ジンはそれでも言葉を発しようとしない。
「まあお前がどう思ってようとオレには関係ないけどね」
ミソギは鉄格子越しにジンの胸ぐらをつかんだ
「このままだとお前は本当にガルネシアに利用されっぱなしなんだぞ、お前もエヴァリアさんもな!」
「…………利用……?」
ジンの表情が変わった。
「ガルネシアが1度解任したお前の団長復帰を命じたと思うか?遠縁とはいえ、もうキグナスの人間じゃない者の頼みを聞くほどお人よしだと思うか?」
ミソギはつかんでいた手を突き離した。
「あいつは……今どこに……」
「それは言えない。オレが第一級機密にしたからな。それ以外のことなら答えてやるよ」
「……紫玉というのに関係があるのか?」
ジンはただ3日間ただ呆けていたのではない。
自分なりになぜエヴァリアが唐突に自分を突き放したのかを考えていた。
なぜ魔法が使えないことを隠していたのか。
隠れるようにこそこそと雑草隊と連絡をとっていたのはなぜか。
「エヴァリアさんに兄がいるのは知ってるか」
「修行しているときに聞いた。確か2人いると……」
「そのうちの1人が紫玉だ。本名はグレイデス=ラキニエル。本来紫玉ってのは義眼型の魔法力増幅装置の名称……ってのは知ってるよな。」
エヴァリアが隠しているわけだ。実の兄が敵方にいるなど気軽に話せはしない。
「その兄貴に彼女は死の呪いをかけられた。ご丁寧に魔法剣以外使えないようにしてな。……そこまで言えばお前も状況を理解するだろ。」
「……解く方法があるのに、なぜそれを実行しなかった」
「……実行できなかったんだ。あまりに酷だしな。……だから彼女は必死で他の方法を探してたんだよ、この3年。
公式には上司とのトラブルって事になってるが、傭兵を辞めたのも呪いを解く方法を探すためだったらしい。
……ここから先はオレも確信はもてないが、ガルネシアはエヴァリアの呪いを早いうちに解いてしまいたかったんだと思う。
だから呪いをあの方法で解かせるためにお前と旅をさせた。彼女の気持ちを利用してな」
「……すべてはガルネシアのシナリオ通りに動かされていたと? 」
「まあそういうことだ。外法使いを倒すのにエヴァリアさんの力は必要だと感じたんだろうさ。まあお前がこうなるとは思っちゃいなかっただろうけどな」
「エヴァリアはこれから何をしようとしている」
「呪いを解きにいったんだよ。これで彼女は2人も人を殺すことになる。・・・実の兄をな」
さすがのジンも驚きの表情を見せた、
「さっきも言ったとおり、紫玉は魔法力増幅装置だ。しかも物質の創造者ヒソカが作った。そんなもんを簡単に破壊できるわけがない。ヒソカ自身紫玉は危険だと感じていたらしい。だから紫玉を破壊するために対となる紅玉を作り一緒に封印してた。
・・・だが、外法研究家だったエヴァリアさんの2人の兄が封印を解いてしまった。その結果、紫玉と紅玉はそれぞれに宿ってしまった。
どうもこのアイテムは精神的にも影響があるらしく、紫玉を宿したグレイデスは狂気に走り、もう1人は自分を閉ざしてしまったらしい。
増幅装置から開放してやるには死しかない。しかも紫玉の力は紅玉にしか止められない」
そうなると答えはひとつ。紅玉の主を殺し、紫玉を破壊するためにその主の命を奪う。
「・・・ミソギ、今すぐエヴァリアの居所を教えろ」
「言ったろ、それは第一級……」
「お前が破れば問題ないだろう」
パリン、と音を立ててジンの両腕の腕輪が割れた。
「おいおい……どこにそんな力隠してたんだ?」
「早く教えろ、バカ兄貴」
「……ラトア山の大聖堂」
ジンは魔法で鉄格子を破り、走り去っていった。
「やれやれ……猪突猛進なのは誰に似たんだか」
ミソギはポリポリと頭をかく。
「・・・ホント、お前は愚弟だよ。ジン」
それを見逃すオレもまだまだ甘いな、
と壊された牢を見つめながらミソギはつぶやいた