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ラーニア異聞伝  作者: 紗雅巳 瞭
5/9

むかしといまと

 キグナス城傭兵詰め所前廊下…………


「こらっ、待て〜」

「誰が待つもんですか〜だ」


 灰色の鎧を付けた女傭兵……エヴァリアが他の傭兵の男たちに追われていた。


「絶対捕まってたまるもんですか……っと」


 ちゃんと前を見ていなかったらしく、銀色の鎧の男にぶつかってしまった。


「ごめんなさ……って、なんだジンか」


 エヴァリアは相手がジンだとわかると表情が変わった。


「お願い、かくまって」

「・・・・・・・・・・・・・」


 ここ数日、傭兵たちがこぞってエヴァリアを追い掛け回しているのは噂になっていた。

 それもこれも、近年はつらい任務が多く、

 エヴァリア以外の女傭兵がいなくなってしまった事に端を発している。

 まあ平たく言えば、傭兵たちは女に飢えているのである。


「ゲッ、ジン様」

「チッ仕方ない帰るぞ」


 傭兵たちはジンの姿を見つけると、不機嫌そうに詰め所へと戻っていった。

 当時、ジンは新米の竜騎士団員であり、傭兵たちを束ねる立場にあったため、

 傭兵たちに一目置かれる存在だった。


「ホント毎日飽きないんだから……」

「・・・・・・・・・・・」


 ジンは仏頂面でスタスタと歩いていってしまった。


「……ジンも相変わらず、か」


 エヴァリアはジンの姿が見えなくなるまで見送った。




「・・・・・・・・・・・・・っ・・・」


 エヴァリアが目を覚ますと、そこは宿屋の一室だった。

 どうやら昔の夢を見ていたらしい。


「なんであの頃の夢なんて…………」


 今、エヴァリアたちはデイヴァーという国に滞在している。

 ここはキグナスとの国境が近い。

 傭兵時代の夢を見たのもその所為だろうか。


コンコン……


「……開けるぞ」

「えっ……ちょっと待って」


 エヴァリアは慌てて服を着替えた。


「まったく……レディーの部屋に入るときはもう少しデリカシーってものを……」

「お前の下着姿など見慣れて……」


 ジンの顔面に枕が直撃した。


「そういうのがデリカシーがないって言うのよ、バカ!」


 エヴァリアの顔は真っ赤になっていた。


「あの〜」


 申し訳なさそうにバーツがドアの前に立っていた。



「どうせ近くまで来ていることだし、ガルネシア様に会っていかれては?」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・」

「あのぉ〜……」


 さっきからエヴァリアとジンはにらみ合いを続けている。

 なぜかさっきの出来事に2人とも意地になっているようだ。


「あの〜」


 バーツが声をかけようとしても2人の態度は軟化しない。

 これはしばらくダメだと判断したバーツはそそくさと宿屋から去っていった。


「・・・・・・・・・・・・・・・」

「……悪かった」


 10分後、ようやくジンが折れた。


「……ごめん、わたしも意地になってた」


 エヴァリアの態度が軟化した。

 さすがに不毛な意地の張り合いだと気がついたようだ。


「で、これからどうす……」

「魔物だ〜!外法使いが現れたぞ〜」


 エヴァリアは剣を抜くと、そのまま宿屋の外へ走り出した。

 ジンもそのあとを追う。



「結構数が多いわね。どこで操ってるのかしら」


 エヴァリアは『風牙』で魔物たちを蹴散らしながら、外法使いを探した。


キュゥ〜


 上空からはキャメルに乗ったジンが同じく外法使いを探している。


「ククク……会いたかったですよお2人さん……」


 そんな2人の様子を黒ローブの男が見ていた。

 右手には緑色のロッドを持っている。


「なんか空模様があやしくなってきたわね……でもこの感じどこかで……」


キュゥ〜キゥゥ


 どうやらキャメルが外法使いを見つけたらしい。街の中心部へと向かっていく。

 エヴァリアも中心部へと急いだ。


「ククク……」


 中心部の噴水の上を足場にして、黒ローブの男が降り立った。


「久しいですね、エヴァリア=ラキニエル」


 男はローブのフードを脱いだ。


「あ、あんたあの時の……」


 エイランでジンがとどめを刺さなかった外法使い……ゼファンだった。




「せっかくトドメ刺さないでもらったのに、またわざわざ来たわけ?」

「何とでも吠えるがいい。わたしは紫玉様に新たな力をいただいたのだ」


 紫玉、と聞いてエヴァリアの表情が変わった。


「それはまたいいことを聞いたわね。紫玉はどこにいるの?」

「素直に答えると思いますか?」

「……ま、そりゃそうね」


 エヴァリアは剣をゼファンの方に向けた。


「この前みたいに手加減はしないわよ」

「望むところです」


 ゼファンはロッドを天にかざし、呪文を唱える。

 すると、ゼファンの体がみるみるうちに魔物の姿に変わった。


「またえげつない力ね。まあそこが紫玉らしいというか……」

「剣を貸せ」


 ジンがいつの間にかエヴァリアの隣にいた。


「貸せって、わたしこの剣なかったら……」

「魔法が使えないか」


 ジンはエヴァリアの様子を見てうすうすと感じていたようだ。

 通常、魔法剣を学ぶものは中位程度の魔法が使える者がほとんどだ。


「……借りるぞ」


 ジンは動揺しているエヴァリアから剣を取り上げた。


「あ、ちょっとジン……」

「……そこで見ていろ」


 ジンは剣に手をかざした。


「・・・・・・・・・・『爆炎フレイム


 剣を振り下ろすと、無数の火の玉がゼファンに向かって飛んでいく。

 しかし、魔物と化したゼファンには効果がない。


「・・・・・・・・・『雹』」


 氷の粒が降り注ぐ。こちらは効果あったようだ。

 うめき声を上げながら、ゼファンはもがいている。


「ジン待って、わたしこいつに聞きたいことが……」


 エヴァリアの声は届かず、剣はゼファンの心臓を貫いた。

 シュウシュウと音を立てながら、ゼファンは消滅した。


「……返して」


 エヴァリアはジンから剣を取り返すと鞘に収めた。


「紫玉とは誰だ」

「……ジンには関係ない」


 エヴァリアは不機嫌そうに歩き出した。




「紫玉……」


 宿屋の一室でエヴァリアはつぶやく。

 外法使いを追っていけば見つかるとは思っていたが、まさか幹部クラスとは

思っていなかった。


「やっぱこのままって訳には行かないのかしら……っ!」


 激しい痛みが身体を駆け巡る。

 思わず座り込むが、すぐに痛みはなくなった。

 

「リミットは刻々と迫ってる、か。せっかく手がかり見つかりそうなのに・・・」


 彼女が通常魔法が使えないのは、紫玉に外法によって呪いをかけられた

所為なのだ。どの外法研究家もこの呪いを解くことはできなかった。

 このまま呪いが解かれなければ、命にも関わる。

 しかし、方法がないわけでもない。

 それはジンには話していないし、話すつもりもない。


コンコン……


「入りますよ」


 バーツが食事を持って入ってきた。窓の外はすっかり暗くなっている。


「……今はそんな気分じゃない」

「でもジンさんに持ってけって押し付けられたんですけど」


 バーツは困った表情になる。


「バーツさんは知ってたの? 鬼門集めてるのが……紫玉だってこと」

「……いいえ」

「・・・・・・・・・・・」


 嘘だ。

 雑草隊である彼が知らないわけがない。


「とにかく食べてください。あとでジンさんに八つ当たりされるの僕なんですから」


 彼にとってはそっちの方が問題らしい。エヴァリアは思わず吹き出してしまった。


「……笑う元気があれば大丈夫ですね。食事ここにおいておきますよ」


 バーツは寝台の上に食事を置くと、部屋を出て行った。






 再びエヴァリアが傭兵だった頃のキグナス…………


 今日の仕事も終わり、ジンは自室で一息ついていた。


ドンドンドン……


 誰かがドアをたたいている。

 静寂を破られ、ジンは不機嫌そうにドアを開けた。


「ジン、ちょっとかくまって」


 開けたと同時にエヴァリアが飛び込んできた。 よほど急いでいたのか、

下着姿のままである。どうせまた傭兵たちに追われていたのだろう。

 ジンは廊下を見回して、ドアを閉めた。


「ふぅ……助かった」


 エヴァリアは部屋に備え付けのベッドに座る。


「……用が済んだなら帰れ」

「ひっどいなぁ、このままで帰ったら傭兵以外にも追っかけられちゃうじゃない」


 エヴァリアはそのままベッドに横になる。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 ジンは洋服箪笥から服を出すとベッドに向かって投げた。


「貸してやるからそれ着て帰れ」

「zzz・・・」


 よほど疲れていたのか、エヴァリアはジンのベッドで寝息を立てている。


「・・・・・・・・・・・・・・・」


 仕方なく、ジンはエヴァリアに毛布をかけてやると、近くの椅子に腰掛けた。


 魔法剣の修行をしていたときには寝食をともにしていたので、

恋愛感情というものはこの時の2人には持ち合わせてない。

 だからエヴァリアも平気で下着姿でもこうして部屋に押しかけてくる。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・」


 仏頂面の彼がこうしてエヴァリアの寝顔を見ているその表情は

優しいものになっていることは誰も知らない。

 きっとジン自身気づいていないのだろう。



 エヴァリアが傭兵を辞める1週間前の出来事であった。



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