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ラーニア異聞伝  作者: 紗雅巳 瞭
2/9

他大陸の技術


 エヴァリアとジンは北の小国デイヴァーに向かって旅をしていた。

 その国へ行くには、いくつもの峠を越えなくてはならず、

 いつもは無表情なジンもさすがに疲れた表情を見せている。


「この峠を越えると、小さな村があるはずよ。そこで休みましょ」


 エヴァリアは小地図を見ながら言った。

 彼もその意見に賛成のようで、左肩に担いでいた荷物を右肩に担ぎ変えた。


「それにしても、肝心なときに竜が使えないんだから」

「・・・俺に言うな」


 彼の愛竜キャメルを含む竜たちは半年に1度の交感期(発情期のようなもの)

 に入ってしまうため、今は乗りたくても乗れないのだ。


「あ、着いたみたい」


 目の前に藁葺き屋根の家がまばらに並ぶ、村が見えてきた。

 二人は村に着くと村人たちに場所を聞いて村長の家へと向かった。


「こんな小さな村によう来なさったな」


 事情を話すと、村長は2人を快く迎え入れてくれた。しかし、その表情は少し暗い。


「あの……何かあったんですか?」


 エヴァリアは気になって聞いてしまった。


「いえいえ……迷惑はかけられませんよ」


 村長は苦笑した。


「・・・魔物か」


 ジンが重い口を開いた。

 こういうときの彼の予想はよく当たる。

 あからさまに村長の目が泳いでいた。


「よかったら聞かせてもらえますか?」

「しかし・・・」


「魔物討伐もわたしたちの仕事です。遠慮なく言ってください」


 エヴァリアの熱意に村長も根負けし、ようやく事情を話してくれた。


 その話を要約すると、

 今から一ヶ月前、黒いローブに身を包んだ男が突然この村にやってきて、

 村で飼っている牛や馬たちに向かって聞いたこともない呪文を唱えると

すぐにどこかへ去っていった。

 その時は不思議な人もいるものだと気には止めていなかったのだが、

 それから何日か経った頃から、牛や馬たちが凶暴化し、異形の姿・・・魔物へと変貌した。

 村人たちの何人かは彼らの餌となり、退治を頼むにもにも礼金を払うお金もない・・・。


「それで暗かったんですか」


 特任の主な収入源は魔物討伐による礼金だと、バーツが教えてくれた。

 この3年間エヴァリアが収入を得るためにやってきたことと大差ない。

 正確には特任ではないが、青竜の紋章をつけている以上は見過ごせない。

 2人はお互い目を合わせると、首を縦に振った。


「それで、魔物はいつ現れるんです?」

「そんな・・・私どもには礼金が・・・」


 村長は口ごもる。


「旅の途中で魔物に遭遇、ただちにこれを排除する」

「え…?」

「わたしたちが勝手に魔物を倒す。だから礼金は必要ない。…そうよね」  

 

 エヴァリアはニヤニヤしながらジンの顔を覗き込んだ。


「・・・・・・・・・・・」


 気のせいか、ジンは少し照れているようだ。



    ****************************



 その夜、村長から魔物が現れる場所を聞き出した2人は、

村のはずれにある崖の前で野営を張っていた。

 魔物たちはこの崖から降りてきて村人を襲いに来るらしい。


「休んでてもいいよ。私が朝まで見張ってるから」


しかしジンは崖にもたれかかってはいるが、眠ろうとはしなかった。


「おまえ、3年も何やってたんだ」

「・・・えらくストレートに聞くわね」


 エヴァリアは苦笑する。それがジンらしいといえばらしいのだが。


「ただ魔物退治やってたわけでもないんだろ」


 ・・・しかも鋭いところをついてきた。


「まあね。たまに危ない橋も渡ることもあったわよ」


 フリーの魔物退治屋というのは特任や軍よりも軽く見られているため、

依頼者も礼金の値を下げてくることが多いのだ。

 そこそこ収入を得ようとすれば、それだけリスクを伴う。


「俺が聞きたいのはそういうことじゃない」


 ジンは不機嫌そうだ。エヴァリアはため息をつく。


「・・・で、何が聞きたいの」

「それはまたの機会にしたほうがよさそうだ」


 ジンは崖から離れ、身構えた。


「どうしたの?」

「・・・来る」


 耳を澄ますと、複数の足音がこちらに向かっているのが確認できた。


「魔法で先制できない?」


 この世界の魔法は外法を除いて、火・風・水・地・精神という系統に分類され、

 そこからまた基本、中位、高位魔法と分かれている。

 魔法が使える者たちは、自分の魔法力が許す限り、それを使うことが出来るのだ。

 ジンは右手を地面に向かって広げた。

 この構えは、主に魔法力の消費が少ない基本魔法に使われる。

 魔法剣を学ぶときには通常魔法も同時に教えられるので、

ジンは剣技に加え魔術にも長けている。


・・・大地よ、われの声を聞き届けたまえ…『液状化リュウウィファクション


 呪文と同時に、2人の目の前の地面が沸騰したようにボコボコと音をたて始め、

沼地が完成した。

 これで魔物たちを足止めしようというのだ。


「飛行系の魔物がいなきゃいいけど…」


 『液状化』を唱えたということは、おそらく飛行系の魔物はいないのだろう。

 彼の判断を信用するしかない。


「・・・来る」


 崖の上の木々が軽く揺れ始め、足音が近づいてくる。


「一気に片付けるわよ」


 エヴァリアは腰の剣を、ジンは中位、高位魔法を使うためのロッドを構えた。


 魔物は3体、それぞれ、馬、牛、犬から変化した姿で現れた。

 どの魔物も体長は普通の4,5倍はあり、魔物の証である黒い角が生えている。

 しかし、知能は落ちていたのか、3体ともジンが作った沼に簡単に足をとられ、

苦しそうにもがいている。


水よ、我に従い力となれ・・・『氷河の洗礼パブティスト・オブ・アイス


 ジンがロッドをかざし呪文を唱えると、

沼の水が魔物たちを包み込みあっという間に3体の氷像ができあがった。

 彼が唱えたのは水を使って相手を氷結させる、水系の高位魔法だ。


「砕け散れ!『風牙ウインズ・クロウ』」


 エヴァリアは勢いよく剣を振り下ろした。

 肉眼で確認できるほどの剣庄が、

轟音とともに氷像と化した魔物たちを跡形もなく粉砕した。

 これは魔法剣の基本攻撃技だ。

 基本技でもこれだけの力を発揮できるのは、

彼女の魔法力が常人とは比べ物にならないぐらい高いからである。


「どうやら、近くに外法使いはいないみたいね」


 剣を鞘に納めて、エヴァリアは辺りを見回した。

 が、村長の言っていた黒いローブの男らしき姿は見当らない。

 どうやら、この魔物たちは外法使いにこの村を襲うように指示はしたが、

直接指揮をとっていたわけではないらしい。


「でも、どうしてこんな小さな村を・・・」


魔物に襲わせるなら、もっと大きな街を狙うほうが効率的だろうに。


「鬼門・・・」


 しばらく考え込んでいたジンが、ボソリと言った。


「ありえない事じゃないけど、

わたし達が鬼門を持っているのを知っているのは限られているはずでしょ」


 鬼門を持っているのを知っているのは、バーツが所属している雑草隊とガルネシアぐらいだろう。

 しかし、彼らが情報を故意に漏らすとは考えられない。


「ラーマ大陸の技術かもしれません」


 気がつくと、2人の後ろに村長が立っていた。

さっきの轟音で、目が覚めてしまったのだろう。


「聞くつもりはなかったんだが、黙っていられなくての」

「ラーマ…機械ですか」


 この世界にはラーダ大陸のほかにラーマ、ラージャという大陸、

そして世界地図の中心に位置するヴィザ島がある。

 古の戦争のあと鬼門と同じ58の国に分かれてから、

それぞれの大陸は独自の文明を築いていた。

 特にラーマ大陸では、魔法力を蓄積し、エネルギーに変換するという技術を利用して、

様々な機械を開発している。


「これは、人づてに聞いた話なのですが…

鬼門に蓄積されている特殊な魔法力を探知する機械があるそうです」


 その話が本当だとすると、

外法使いたちにはこちらの動きは手に取るようにわかることになる。


「じゃあ、この村の動物を魔物化させたのは…」

「機械を使用しても、正確な位置までは分からなかったのでしょう」


 外法使いは、この村とデイヴァーを間違えたのだろう。

 機械はおおよその位置しか探知できないらしい。それならば納得がいく。


「とにかく、この村にこれ以上魔物が近寄らないように陣を張ります」


 エヴァリアは道具袋から銀色の先の細い棒を取り出し、

 すっかり元に戻った崖の前の地面に6角形を描くと、

その真ん中に『浄』と文字を書いた。

 そしてそれぞれの角に剣を突き立てる。

 すると、角を中心にまばゆい光が一瞬天まで立ち昇り、文字が淡い光を帯び始めた。

 これも魔法剣の技のひとつ、『浄化陣(ピュアリフィケイション)』である。

 本来は風系の基本魔法『結界(シールド)』でも問題はないのだが、

 高位魔法を使った上に、峠越えで疲れているジンにそこまでさせるほど、

 エヴァリアは冷酷非道ではない。



   ******************************




「あの…本当にお礼のほうは…?」


 村長は申し訳なさそうにしている。


「お気になさらず。私たちが勝手にやったことですから」


 エヴァリアの言葉にジンもうなずく。


「しかし…」

「それに、ラーマの機械のことを教えてくれたじゃありませんか。それで十分です」


 そう言って、エヴァリアはニコリと笑った。


 村長の勧めもあって、2人がこの村を旅立ったのは、事件から2日後のことだった。


「本当にいろいろとありがとうございました」

「当たり前のことをしたまでですよ」


 改めて礼を言われると、なんだか少し照れてしまう。


「どうかお気をつけて。ご無事をお祈りしています」


 深々と頭を下げる村長に見送られながら、再びデイヴァーへ向かう峠道を歩いていく。

「腕・・・上がったな」

「そっちこそ。3年で高位魔法が使えるなんて、すごいじゃない」


 2人は顔を見合わせた。が、すぐにお互い視線をはずした。


「べ、別に深い意味はないんだからね」


 やましいこともないのに、なぜかエヴァリアは慌てていた。


「・・・・・・・・・・・・・・」


 ジンは何を考えているのか、相変わらず無表情である。


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