ありえない!こんなの…!
「なんで、俺が魔王を倒さなければならないんだよ!」
俺は今さっき聞いたことを信じられず、声を荒げながら聞いた。ヴァイシュはまあまあといったような顔をし
「それは、君にだけしか倒せないからです。というよりも、君にしか魔王を倒すために必須の武器が使えないのです。」
「はぁ、そうですか」
話の流れについて行けず、俺は心ここにあらずみたいな間抜けな声しか出なくなった。
「魔王サタンを倒すには固有化身『インフィニットアーサー』で攻撃するしか倒せません。しかし、この武器には一つ欠点が…」
「なんだ?その欠点って?その欠点さえ克服できれば、もう魔王は倒せたようなものじゃないか」
「そうなんですけどね…ですが、この武器所有者を自らの意志で選ぶんですよ。そこで白羽の矢が立ったのが君ってわけです」
「マジかよ!?俺、普通の人間だぞ!?」
「フフフ…そこは企業秘密ってとこで。これを君が知ってしまうと色々と面倒なことになってしまうのでね。出来れば、触れてほしくは無いな」
―よくわからないが、大人の事情ってやつなのかな
一度、俺は深呼吸してから
「よし、話は大体わかった」
「おおっ、そうか!では、このせ…」
「俺は元の世界に帰る!」
「救うので…ってえぇぇぇぇぇーーーーー!?」
「だって、俺としてはこの世界、別にどうなってもかまわないし、第一俺は普通の人間だ。そんな勇者みたいな能力が備わっているわけがないだろうが」
「し、しかし…」
俺は、ヴァイシュや希たちに背を向けて部屋のドアへ歩み出した。
「待って!」
希のその声にビクッとして立ち止まったが振り向きはしなかった。
「あなたが…あなたがずっと会いたいと思っていた妹さんに会えるチャンスなんだよ!そんな機会を…もうこんな機会無いんだよ!」
後ろで希で泣きながら必死に訴えているのが声で分かった。でも、俺はドアに足を進めて
「俺の中の妹…梓はもう死んだんだよ…」
自分でも驚くくらい冷たい声で、俺はこの部屋から去った。
「行ってしまいましたね」
ヴァイシュは隣で泣きじゃくっている希を見て、そっと頭を撫でた。雅紀が部屋から出ていったせいか、急に力が緩んでしまった希は床に経垂れこんでしまった。頭を撫でていたヴァイシュはその手を、今度は背中に回してさすった。
「希。あなたは自分で言ったじゃないですか。もうこんな機会はないって。それが分かっているなら、逃すんじゃなくて掴まえないと。他人の手じゃなくて自分の手で」
「……っ!!」
―そうだよ、私は自分の手で救えるものがあれば何が何でも救うって決めたんだ!あの日から…救えたはずの両親が目の前で死んでしまったあの日から…
ぬくっと立ち上がって、目にたまった涙をぬぐった。
「私、雅紀を追いかけてきます!」
「うん、わかったよ」
ヴァイシュの優しい声を背に聞いて私は部屋の外に飛び出した。
「どこよ…どこにいるのよ、あのバカは!」
希はギルドの中をしらみつぶしに探し回った。しかし、雅紀の姿はギルドのどこにもなかった。その時、悪寒が奔った。
「ま、まさか…本当にあいつ自分の世界に帰るために外に出たのか!?あれほど、外は危険だって言ったのに!」
ギルドを飛び出し、希は冷静になって考えた。
「あいつはこの世界のことを全然知らない。だったら、行く場所として考えられるのはあそこしかない!」
私と一緒にこの世界に来たあの草原へ私はかけていった。
「ちっ、慣れてないところだから迷子になっちまった。あー、畜生!いったいなんだんだよ今日は!ろくなことがありゃしない!」
あてもなく歩き回って足が棒になってしまった俺は草の上にドサッと寝転がった。時刻がちょうど優時だったせいか、空は夕焼けに染まっていた。
「こんな空久しぶりに見たな。この世界でもちゃんと太陽はあるんだな…」
―いつだったけな。あれはたしか河川敷で迷子になって泣いていた梓を見つけた後に、一緒に寝転がってみて以来か…
「ちょ、なんで俺涙ぐんでるんだよ…」
「お主、どうなさった?通りすがりのものだが話を聞いてあげようぞ」
気づけば、俺の直ぐ近くに杖を突いているおじいさんが立っていた。
「いや、なんでもないです。お気になさらず」
「そうかい。そりゃすまなかった。ところで、おぬしはここで何しているじゃ?もうじき夜になるっていうのに」
「俺、ついさっきこの世界に連れてこられたんですよね。あっ、これ本当ですよ。で、勝手に『エルドラド』っていうギルドに連れていかれて、この世界を救ってくれって言われたんです。自分、ただの普通の人間なのにおかしい話ですよね。アハハ…」
「ほほう…おぬしが異世界から今日連れてこられた人間か」
その話を聞いて、雅紀に気づかれずおじいさんは目を光らせた。
「あれ?おじいさん、俺の事知ってたの?」
「まあの。それより、おぬし今日何処で寝るつもりじゃ?まさかこことは言わないじゃろうな?」
「あっ、もうこんなに暗くなっていた。じゃ、じゃあ一日だけ泊まらせてもらってもいいですか?」
「構わん、構わん。わしも一人暮らしでな。話し相手が欲しかったのじゃ」
「では、お言葉に甘えて。ところでおじいさんは何処に住んでいるですか?」
おじいさんは杖の向かいにある山に向けて
「あそこあたりじゃよ。そんなに、歩かないから大丈夫じゃ」
さっそく、そのおじいさんの家に行こうと歩き出したその瞬間
「まーさーきぃぃぃいい~」
希が猛ダッシュでこっちに向かってきたのだ。
「ん?おぬしの知り合いかの?」
「い、いや…アハハ…」
希は俺の傍まで着くと倒れるように俺の方に倒れてきたので、あわてて支えた。希は「ありがとう」と息を切らしながらこっちを見た。
「ど、どうしたんだよ、お前。言っただろ、俺はもう俺が今までいた世界に帰るって」
「じゃ、じゃあさ、一体どうやって、帰るつもりだったのよ」
「そ、それは…」
「ほら、何も考えてない。やっぱり、お前頭の中すっからかんじゃないの」
「う、うるさい!」
「さあ、帰るわよ。わたし"たち"のギルドに」
俺はおじいさんの方を見た。その時、始めて俺は見た。おじいさんがまるで憎いものを見るように希を見ていたことに。
「お、おじいさん?」
「ん、あぁすまんの。ちょっと考え事をしてたのじゃよ」
「あれ、雅紀。このおじいちゃんは?」
「この人か?この人は、うーん何て言えばいいだろうな…」
「通りすがりのものじゃよ。あの山のあたりに住んでるただの爺さんじゃ」
俺が説明に困っているのに気付いて、おじいさんは助け船を出してくれた。しかし、希はその言葉を聞いて腕を組んで何かを思い出そうと必死に頭をひねっていた。
「おい、どうしたんだよ」
「今は、ちょっと話しかけないで。何かを思い出しかけているから」
「お、おぉわかった…」
俺とおじいさんは顔を合わせて一緒に「なんだろうね」という感じで首をかしげた。沈黙がしばらく続いた後
「あっ、思い出した!」
「やっとかよ。で、何を思い出したんだ?」
「雅紀。まずはそのおじいさんから離れなさい」
「えっ、なんでだよ?」
希はおじいさんのほうを見て指をさした。
「それは、この人が魔族だからよ。しかも、ここ最近殺人事件を起こしている」
俺は、思わずおじいさんを見た。おじいさんは、まるでどこぞのドラマの黒幕見たく、不敵に笑っていた。そして、急に服を翻すと、黒のタキシード姿になっていた。
「そうだよ、嬢ちゃん。俺が、ルシファーさまの部下サタナキアだ」