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あれ?また入ってる。
体育が終わって靴をなおしに来た文佳は、下駄箱に水色のラブレターが入っていることに気づいた。あいつは引きこもりを止めたのか?とか思いながら、文佳は封筒を開いた。
谷口 文佳さんへ
こんな手紙、何通ももらってる谷口さんだから、僕のなんて覚えていないと思うので、もう一度書きます。
初めまして、小阪 悠です。
―――――――――。
そこから先はまた同じだった。あたしは手紙を捨てた。
三日後、また入っていた。内容は同じ。ただ他と違うのは、自分について何も書いていないこと。大抵のは自分はこんな奴で、あたしとお似合いだから付き合え、とか、自分はこんなにも愛しているとかばっかりだ。だけどこれは、自分の恋のなれ初めと、あたしがどういう人なのかが書かれていた。そしてその評はまぁ…当たってる。
文佳は初めて、自分の内面をみて、好きだと言ってくれる人がいたと思った。
この後も何度も手紙は入ってた、同じ内容で。気にもなっていたから、返事をしようと思ってはいたものの、
メアドくらい書いとけよボケェ!
返事をあてる先が書かれておらず、いるはずの教室にもいないのだ。
まだ引きこもってんの!?手紙はどうやって入れてんのよ!!
とあたしは堪忍袋の緒が切れかかっていた。
仕方なく、文佳は下駄箱に入れに来るのを見張ることにした。しかし出し抜かれて早十日。その間の手紙は五通。
あほらしくなって止めようかと思っていた。…ん?あれは…
水色のラブレター!!
頭よりも速く、走り出していた。入れようとしていた男子の胸ぐらをつかみ、
「ちょっとあんたー!!なんで返事あて書いてないの!!」
「え…?書いてなかった?」
当たり前だけど、いきなり胸ぐらつかまれて驚いてた。
「あんたが小阪ね!?やっと見つけた!!」
「は!?違うよ、小阪は俺の友達で…」
「…はぁ!?どういう――」
突然血相を変えた彼が、文佳の肩をつかんだので、言葉を失った。
「悠が、…悠が今大変なんだ!!一緒に来てくれ!!」
有無を言わせず、手をとって走り出した。
連れて行かれたのは市立病院。そこの個室に小阪はいた。
人工呼吸器の中で荒い呼吸が続いた。青白い腕には点滴のあとがある。しばらくして嫌な音が聞こえて、看護師と医師が必死に心肺蘇生を繰り返した。
けれど…
「残念ですが――」
続きは聞こえなかった。何を言っているのかわからなかったのと、母親の声でかき消されたからだ。
小阪の顔は痩せ細ってたけど、すぐに分かった。入学したての頃、あたしを助けてくれた人だった。
よろよろと近づいて必死に絞り出した声は、
「ありがとう。」
お礼と言ってはなんだけど、あたしは彼にキスをした。軽いキスを。
後で聞いた話だけど、彼はあたしを助けてすぐ病気が発覚し、今まで闘病していた。最期が遠くないと悟った彼は、手紙を友達に託した。日に日に弱っていく彼は、それでも筆をとったという、このラブレター。
今、彼は暗く冷たい土の中で―――――。
とは話は進まない。だって彼は生きている。医師の判断ミスで。
もう無駄だと判断した医師は、心肺蘇生をやめた。実は手を止めた後、彼は息を吹き替えしていたのだ。そんでもってあたしがキスをするちょっと前、意識を取り戻していた。だから、キスをして目を開けた後、真っ赤になってこっちを見ていた彼に、名前を呼ばれた時は、正直あたしが死にそうだった。
医師の早とちりでお涙ちょうだいをくらったあたしたちは、泣いていいのか喜んでいいのが分からなかった。
ちなみに彼はその後、無事病気に勝った。彼の友達には「愛の力だ」なんて言いふらされて、学校中が大騒ぎになっている。
あれから一ヶ月。ついに水色のラブレターは届かなくなった。彼の友達が入れ損ねたそれが彼からのラスト・ラブレター。今でも大事にしてる。
文佳は手紙を開いた。中には、
どうか僕の分まで幸せになって下さい。
とだけ書かれていた。もちろん幸せになっている。彼と。