その3 謁見
「なるほど。確かにここは異世界だ」
そして夜。エリー姫の計らいで客間を与えられたのだが、窓から外の見てみれば、天頂に輝く二つの月。ここがプラネタリウムでもない限り、地球でないことは疑う余地がない。そして今見てるのは本物の空だ。
「めんどくせぇ……。取り合えず、飛鳥が勇者なのは選定の儀から言って確定で、ここは剣と魔法のファンタジーと。ついでに魔王だけならゲームの世界なのに国同士のごたごたとか国内の不穏分子とか内憂外患もいいところじゃねえか」
どうせ誰も聞いてないし、この世界の人間はこっちの言葉がわからない。聞かれても関係ねえので堂々と愚痴をこぼす。飛鳥とはまだ会ってないが、むしろこれを聞いて文句言いに出てくるならちょうどいい。ぶん殴ってやる。俺を巻き込むんじゃねえ!
ついでに、選定の儀の後に聞いてみたことを思い返す。過去にも呼び出された勇者がいるのなら、元の世界に帰る方法はないのか? 正直こんな危険地帯に長居したくないのだが、と。
返事はこうだった。
「申し訳ありません。過去の勇者様は全員この世界に残り幸せに暮らしたと記録に残されています。なので、その。帰還の術式、と言うのが、あるいは存在するのかもしれませんが、私たちには記録が残されていないのです」
と、言うことらしい。勘弁してくれ。ただでさえ面倒な状況なのに逃げ道すら不明ですかそうですか。物語だと魔王を倒すまで帰れないとかお約束だけど実際になってみると問答無用で暴れたくなる話だ。
「――取り合えず、まずは元の世界に変える方法を探さないと、な。この国もきな臭いし、あんまりいたくない」
こうして、召喚初日の夜は更けていった……
◆ ◇ ◆
「よくぞきた! 異世界より訪れし勇者たちよ!」
豪奢な衣装に身を包み、豪奢な椅子に座って高所から睥睨する王様。その視線の先で言われたとおりの作法に従って礼を取ってる二人の男。つまり俺と飛鳥。
つまりここでプロローグ冒頭まで話が戻るのだ。ちなみに俺たちの会話は、この国の筆頭宮廷魔術師と言う人が誰とでも会話ができるようになる特殊な魔術をかけたそうだ。
この魔術のおかげで特定の個人とではなく、俺たちは誰とでも会話ができるようになった。だが、この魔術はきわめて難易度が高く、さらに持続時間も短いらしい。
さておき。
「異世界よりの勇者・飛鳥。そしてその従者・啓太よ。おぬしらは我が国のために身命を賭して魔王を倒す覚悟はあるか?」
「だが断る」
即答してみた。ざわっ、と国王配下の兵隊さんや文官さんがざわめく。横にいた飛鳥も信じられないって顔で見てた。まあ、当然なんだが。
「し、失礼いたしました陛下! 彼はまだこの世界の礼儀に疎く! もちろん魔王退治の任は受けさせていただきますので!」
なんか飛鳥が頭を下げてる。まあ、こいつのことだからどっちにしろ受ける気だったのは理解できるが、俺のことでこいつに頭を下げさせるのは気が進まないし、俺が巻き込まれる流れなのでどうにかしないとだな。
俺は片膝をつき、頭を下げて、臣下の例のポーズを取る。
「無礼な口の聞き様、大変失礼いたしました、陛下。しかしながら、私はこのたびの命を受けることができません」
「……理由を聞こうか、従者よ」
「まず第一に、私は勇者飛鳥の友人ではありますが、従者ではありません。彼が勇者となったからといって、私まで従う道理はないはずです。
第二に、選定の儀の結果、私は特別な才能はなく、また武芸の心得も一般兵と比べてすらないでしょう。戦力として数えられるとは思えません。
そして第三に、私は私の意思を無視して無理やり召喚したもののために命を賭けることなどできません」
また場がざわめいた。多分最後の理由について反応したのだろう。王家への暴言と取られてもおかしくないし。
「……そうか。だが、おぬしの身分は、我が娘エリシエルが召喚した勇者、ないし勇者の従者として保障されたもの。魔王討伐の任に加わらぬとあれば、これを保証する理由もなくなるのだが、それはどうするつもりだ?」
「勇者の召喚は、勇者当人の意に関係なく無理やり呼び出されたもの。全ての責を、とは申しませんが、せめてこの世界で人並みに暮らせるよう便宜を図っていただきたいのですが」
「……具体的には?」
「この世界の歴史や常識、言葉や文字など、必要最小限の教養の訓練と、その間の生活の保障をお願いいたします」
過度な要望だろうか? 俺はそうは思わない。なにせ、国を救う勇者の召喚、と言えば聞こえがいいが、見方を変えれば国家レベルで誘拐拉致をしてるようなものだ。生活保障ができないならとっとと家に帰せと叫びたい。
「勇者殿はどうお考えか?」
「私は、異世界から来た人間ではありますが、やはり無辜の民が苦しんでいると言うのなら、やはり助けたいと思います。ましてや、幸運にも、自分にそれをできる可能性があるのなら、私は微力を尽くすことに異存はありません。
ただ、啓太は巻き込まれただけの人間。共に来てくれないのは残念ですが、できるだけ汲んでいただければと思います」
ああ、友情がありがたい。こいつのあほさ加減はいつものとおりだが、それでも俺のフォローまでしてくれるのは……なんか借りを作ったみたいで腹が立つな。
くそっ! この借りは倍にして返してやるからなっ!
「……勇者殿が旅立つまで、しばしの時が要ろう。勇者殿にも、この世界の言葉や文化を学び、武術の鍛錬を受けてもらう必要がある。勇者殿が旅立つまで、と言う条件ならば、啓太殿の望みもかなえよう」
おお! ラッキー! 何でもいってみるものだ!
こうして、召喚勇者改め王宮付き生活保護者(期限付き)が誕生したのだった。
◆ ◇ ◆
「で、何であんなこと言ったんだよ」
「何でって言われてもな。あれは当然のことだろう? 見方一つであれは国ぐるみの誘拐じゃないか」
謁見が終わり、廊下を歩く俺と飛鳥。話題はもちろんさっきの謁見の間での話だ。
「まあ、そういう見方もあるけどさ。困ってる人がいるんだから、こう、何と言うかだね」
これである。そもそも、自分たちの世界のことなんだから、自分たちで軍を作って討伐なり何なりすればいいのに、わざわざ異世界から召喚する辺り、どう見ても使い捨ての人材ではないか。
まあ、こいつにそういう視点を求めるのは無駄の極みなのだが……。
「まあまあ。大体、俺なんか連れて行ったって足手まといだろ」
「そうかな? 啓太も色々やってるじゃないか、武術」
「俺のあれはせいぜいけんか用だ。爺さんにも言われただろ昔、才能はないって。そりゃあがんばればそこそこはいけるようになるかもしれないけど、俺はゲームなら序盤は汎用性が高くて重宝されるけど中盤以降は戦力不足で酒場行きになるタイプだよ」
「そうかなあ?」
「そうだって」
「……まあいいけど。それで、どうするの? ここで色々学んで、永住するの?」
「いや。……お前さ、帰る方法については何か聞いてるのか?」
「……うん。あ、でも、俺を召喚したジャスティンって人はいい人で、終わったら一緒に帰る方法を探してくれるって」
「そうか。俺はそれを探しに行くつもりだ。お前は魔王を倒して、俺はそれが終わったらすぐに帰れるように準備をしておく。OK?」
「う、うん、OK」
と、こんなわけで、二人の役割分担が決まった。
◆ ◇ ◆
翌日から、俺と飛鳥の勉強が始まった。
飛鳥は勇者だし、俺を抱えるのもお金がかかるから、国としてはさっさと出発して欲しいところだろう。厳しくされる、と思った方がいいだろう。さて、先生は……
「で、何でエリーがここに?」
「私がケイの担当ですから」
なぜだ。
「お父様が、私が呼び出したのだから私が責任を取れと」
なるほど。つーか、お姫様だろ? 俺みたいなどこの誰とも知らない馬の骨の相手をさせていいんだろうか? どう見てもおこちゃまだが、同時に比類なき美少女だ。俺はぼんきゅぼんのお姉さんが好みなので、まったくその気はないが、まかり間違って襲われる可能性とか考慮してないのか?
と、思ったら、背後から殺気が。振り返ってみたら10人近い兵士がずらっと立っている。
……なるほど、対策は完璧でしたか。
「さ、それでははじめましょう。ケイがきちんと生活できるように、びしびし行きますからね!」
追記。お姫様のお勉強は、高校の授業と比べると笑ってしまうほどスパルタだった。
さて。前回ここを設定コーナーにするといった舌の根も乾かぬうちに、今回本編の内容から話題にできる設定がないです。
とりあえず、主人公啓太と飛鳥のスペックでも。
まず基準値として、心得のない一般人をレベル0、正規の訓練を受けて一人前の兵士をレベル3、家柄やお金ではなく、実力で得た「本物」の騎士で最低レベル5、レベル10を超えたら世界レベルの実力者、と仮定してください。実際にこのレベル表現は本編のキャラクターたちの間では使われません。
ちなみに、このレベル10を超えたキャラクターは、ネームドクラス、と呼称されます。これは本編内で使われる表現。
世界のどこに行っても通用する二つ名を持つ英雄クラス、という奴ですね。
啓太は、レベル2に相当します。大体「チンピラごろつきよりは強いけど正規兵には勝てない、ごろつきの中にいる“兄貴”」クラスです。
飛鳥は、レベル4に相当します。熟練の兵士と互角に戦えるレベルですね。
ただ、飛鳥の場合、剣術、それも西洋剣ではなくて日本刀の技術に限定されているため、武器を用意できないと啓太にも勝てないでしょう。
でも啓太が飛鳥に勝ったためしはありません。なぜなら素手の飛鳥とはやってないから。書き忘れていたのですが、飛鳥は剣道部員なので普段から竹刀と木刀の入った竹刀袋を持ち歩いてます。いいから盗め、啓太。
ではアデュー♪